酩酊
仲介屋が四人の男女を連れて来る。
二人の剣士が二人の少女を護るように立っている。
剣士の一人は男、かなりガッチリした体格だ。
もう一人は女、細身だがバネになる筋力はありそうだ。
そして護られている二人の少女は見るからに非戦闘員だ。
「お姫様は一人って話じゃなかったか?。」と俺。
「無礼者!。
私はこの方の侍従です!。
この方は『ヘイムダル』皇帝のご息女にして、第四皇位継承者『フェニア』様ですよ!。」
「どっちが無礼者なんだか。
今となっちゃ唯一の生き残りで第一皇位継承者じゃねーか。
つーか、もう『ヘイムダル』なんて国は影も形もないんだから、アンタのその上からの言い分で、アンタらと話をするのイヤになっちまう下々の者だって俺以外にもいると思うぜ?。
アンタのその態度が主人の首絞めてるの覚えときな。
心配すんな、アンタらと話した事は誰にも言わんさ。
交渉は決裂以前の問題だったが、それは絶対に守る。
それともお姫様と接触した俺を消すか?。」と俺。
「そんな事はいたしません。
臣下の無礼は詫びます。」ローブを纏った少女が言う。
深々と被っていたローブのフードだったが、挨拶をするためローブを脱ぐと、長く美しい金髪が露になった。
俺は少女に目を奪われた。
スラムにも着飾った女はいた。
だが、目の前の少女は衣装で化粧で『美』を演出していない。
それどころかフードで『美』を隠していた。
『美』とは彼女自身なのだ。
指先一つがすでに完成された『美』なのだ。
俺は自分が女性に惹き付けられる事はないと思っていた。
夜の女は金を持った男に愛を語る。
そして女は本当に愛している女衒に貢ぐ。
で、女衒は夜の女を商品としか見ていない。
男女間の愛は存在するのだろう。
しかし男女間の『愛』など下らない物だ。
欲の上に成り立っている物だ。
男女の『愛』など『愛欲』と同義だ。
俺はそう思っていた。
だが、目の前の少女にいっぺんに心を奪われた。
・・・が、それも一瞬の事。
少女の俺を見下ろす目は俺がよく知るものだった。
〝どうせお前も私に惹かれるのでしょう?。〝
少女の目は売れっ子娼婦と同じ物だった。
(危ねー。
俺もつまんねー女にひっかかって、人生棒に振っちまうところだった。)
この手の男を食い物にする女はどこにでも存在する。
ただ、こういう女は悪くない。
必ずこういう女を調子に乗らせた男が存在する。
元は性格も悪くない少女である場合も少なくないのだ。
「人違いをしちまったのは俺だ。
許してほしい。」
「しょうがありません。
私は身体を隠していたんですから。
改めて挨拶させて下さい。
今となっては亡国の姫ではありますが『フェニア』と申します。」
参った。
この『エルグル』にだって王族だっているし、貴族だっている。
だけど『エルグル』なんて王族だって貴族だって元をたどれば海賊だ。
『エルグル』は海賊達が作った国だ。
こんな『お姫様になるために産まれてきた』ような存在は初めて見る。
まあ、貴族と関わりはほとんどないが。
『ほとんど』って言うのは、食い繋ぐためと、情報集めのために男娼紛いの事をしているのだが、断っても断っても俺を指名してくる貴族の男がいるのだ。
ソイツを客にしたヤツから聞いた。
ソイツは性行為は一切求めて来ないそうだ。
要求と言えば「後ろ手に縛れ」と「顔を踏め」とだけ言ってくるそうだ。
ソイツが何故か俺に御執心で、しつこく指名してくる。
それだけが俺の貴族との関わりだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、フェニアの自己紹介は終わった。
・・・が、それ以外の人達の紹介もフェニアがするようだ。
「二人、護衛が生き残っているわ。
男性の方が『ケイン』ね。
女性の方が『レナ』よ。
後は侍従が一人生き残っているわ。
彼女は『マリー』。
『レージングル』からここに逃げ込む前は20人はいたんだけど・・・。
みんな死んでしまったわ。
もう『モーズグス』まで逃げるのも貴方の力を借りないと無理なのよ。」とフェニア。
「この話は俺は聞かなかった。
誰かが引き受けてくれると良いな。」
「何で!。
引き受けてくれないの!?。」
「どうしてこの条件で引き受けると思うんだよ?。
『逃げるための絶対安全な馬車が準備されてる』『危険なミッションだから金は十倍払う』って言うなら、最初に言ってくれ!。
それでも仕事は受けないけどな!。」
「理由を聞いても良いかしら?。
『ギャランティの高さ』『ミッションの安全さ』で仕事は選ばない、と聞いたけど。
何か気にいらなかったんですか?。」
「あぁ、気に食わなかったさ。
アンタの仲間が16人死んだんだろ?。
ただ死んだんじゃない。
アンタのお家事情に巻き込まれて死んだんだ。
見た訳じゃないが、アンタを庇って死んだ人もいたはずだ。
何、他人事みたいに『死んだ』とか言ってるんだよ!?。」と俺。
「無礼な!。
フェニア様は父上や母上など全ての身内が殺されたのに、そこまで我々に気を使えと言うのか?。」とケイン。
「アンタらもあんまりお姫様を甘やかすなよ。
『家族を殺された?』当たり前だろ。
コイツの一族は年貢を払わせて、兵役を課して、国民に義務ばっかり負わせて、あげくにゃ『国民の平和を護る』って国の義務を放棄したんだよ!。
それに王族には名誉ある死が与えられてるんだろ?。
国民の家族は現在進行形で、父親はなぶり殺されて、娘や姉妹は犯されてんだろうが!。
気を使うのはコイツだよ!。
何でアンタらが、コイツに気を使わなきゃならないんだよ!?。
俺は『自分は施されて当たり前』って偉いさんが一番嫌いなんだ。
そんなヤツらのために賭ける命なんざねえ!。」俺は一気に捲し立てると火酒を煽ってわざとらしくゲップした。
俺は未成年だ。
それ以前に下戸だ。
挑発しようと酒を飲むフリをしようとした。
・・・が、大失敗だ。
少し火酒を飲んでしまった。
視界が歪む。
その後、どんなやり取りが行われたかはわからないし、覚えていない。
朝目覚める。
最悪だ。
これが二日酔いか。
あの後、どんなやり取りがあったんだろう?。
とりあえずベッドから起きる。
起きたのにベッドがこんもり膨らんでいる。
なんでこんな煎餅布団が?。
布団を捲る。
そこにはフェニアが寝ている。
「??????」パニックだ。
それなりに経験はある。
ただ酒を飲んだ上での大失態というのは初めてだ。
必死で記憶を辿る。
全く見に覚えがない。
ただわかっているのは合意だ、という事だ。
もし合意じゃなければ護衛や侍従が黙ってないだろう。
フェニアが目を覚ます。
「わかってます。
私達は一蓮托生。
確かに私は貴方に払う物がありません。
そのかわり、私の全ては貴方の物です。」とフェニア。
へ?
へ?