八話
「意外と、と言うか。全然荒れてないね。ここ」
「そうみたいだな」
鉄郎は燕の言葉にうなづきを返す。
二人は目的地に苦も無く辿り着いていた。駅の傍によく見るような、大型のショッピングモールである。
入り口には破られたシャッターがあったので、念入りに中を捜索するのだが、
「やっぱり人も悪魔もだーれもいないよ」
「それに、いたような痕跡は無し。けど血の匂いはするんだろ?」
「うん。かなーり薄いけど」
「じゃあやっぱり、悪魔が現れた最初以降は誰も来てないんだな」
悪魔は人をエサにする存在である。人がいなければ悪魔もいない。
鉄郎はそう結論付けると、体に張っていた緊張の糸を解いた。
「よし燕。お前は食料を探してきてくれ」
「いいよ。ご主人は?」
「俺は今からここに部屋を作る」
ここ、と言うのはこの4階建てのショッピングモールを貫く吹き抜け、その底面の空間のことだ。
「部屋?」
「おうよ。考えてもみろ。家具売り場の高そうなソファも、雑貨屋のよくわからない小物も、電機屋のでかいテレビも使い放題だ。ホームセンターも併設されてるし、うまくすれば発電機も手に入る」
「おおー!あ!はい!ご主人はい!」
「なんだ?」
「わたし一回札束風呂ってやってみたかった!!」
「ええ……?崩壊世界で一番に楽しむことがそれか?まあいいか。レジとか金庫とか、鍵空いてたら取ってきてやるよ」
「お願いね!じゃ、行ってきます!」
そう言って駆けて行く燕。
その後に続くように鉄郎も歩き始めた。肩に掛けるのは先ほどスポーツ用品店で拝借したボストンバッグだ。
ある程度部屋のイメージは付いている。後は必要なものを取りにいくだけ。
(台車どっかにないかな)
つらつらと歩く鉄郎の足が、とある店の前でぴたりと止まった。
ペットショップ。動物の飼い主向けに、エサやトイレ用品などを売る店。そして、ペットそれ自体も取り扱う店だ。
(……)
当然鉄郎の予定には無かった店だ。
しかし、見なかった振りも出来ない。
鉄郎は恐る恐る、その店の戸をくぐった。
中は静かなものである。今時のペットショップにしては珍しく、動物を店頭に置いていないらしい。
ならば、と目的地は自然と奥になる。
「……っ」
ごくり、と生唾を飲んだ。
そこにあった光景は、大方は予想通りであった。
ケージの中で横たわる動物たち。犬、猫、鳥、ハムスター。どれも生きてはいない。一部が腐り始めているようで、腐臭が鉄郎の鼻を突いた。
気温を考えればもっと腐乱していても良さそうだが、どうやらここの動物たちはケージに付けられた水差しの水だけでかなり生き延びていたらしい。
(それはつまり、それだけ長く飢えたってことだ……)
しかし一つ、予想を良い形に裏切るものもそこにはあった。
(エサ袋がぶちまけられている。いくつかのケージも空だ)
どうやら、自力でケージを破ったものが居たようである。しかも中から破られたらしいケージは一つだけで、他は外から開けられたらしい。
(どうやら強くて賢い犬がいたみたいだな)
見れば、取り残されているのは犬には手の届きそうにない高さにあるケージのものだけである。
一匹が自力で逃げだし、周りの動物のケージを開けたのだろう。
(もうここにはいないみたいだが……仕事が増えた)
鉄郎は辺りを見回す。どうやら、化けて出ている者はいないようだ。
これなら土葬で問題ないだろう。
鉄郎はそう呟くと、死体を一つ一つボストンバックへと詰めていく。
犬猫が終わり、次は鳥。どうやらジュウシマツのようだ。
鳥かごを開き、死体に触れる――
「うっ!?」
はじかれたように手を払う鉄郎。
なぜか。
まだ暖かったのだ。
(つい最近まで生きてたのか……?)
そう考える鉄郎の目に、ジュウシマツの翼がぴくりと蠢くのが映る。
まだ生きている。
そう認識した鉄郎の動きが、暫時止まる。しかし、動き出した後は早かった。
(まず水。その次にちょっとずつエサだ)
懐から取り出したのは、先ほど補充したばかりの水だ。勿論、風呂に入る前に補充している。
それをケージに付いている水差しに入れ、ジュウシマツの嘴に一滴二滴と垂らす。
舌が動いて、それらを舐めとる動きを確認できた鉄郎は、いくらか胸を撫でおろした。
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