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四話

 猪鹿倉木ノ実を中心にした生存者たちのコミュニティは、鉄郎曰くラスボスである番條が拠点としていた電波塔と、それに付属する記念公園を拠点にしていた。

 街中であるため物資が豊富で、なにより電波塔から情報発信が可能であることが、防衛拠点としての立地の悪さなどのデメリットを補って余りあると言う木ノ実の判断である。


「ご主人~。わたしゃまだ眠いよ~」

「しーっ!静かに!皆起きだしてからじゃ人目につくでしょうが!」


 辺りには朝霧が薄くかかっており、僅かに肌寒い。まだまだ残暑の残る時節であったが、秋の到来を感じさせる朝であった。


 鉄郎はふと立ち止まり、辺りを見渡した。

 朝という時間帯のせいでもあるにせよ、街中であるのにまったく人の気配がしないという光景に違和感が拭えないのだ。

 番條(ラスボス)が倒されて三週間。世界が崩壊したのはさらに一週間前になる。

 ビルの窓に電気の光は灯らず、車が走る音も、排気の臭いも無い。ただ、逆に言えばそれだけ。強いて言えば、少し雑草が増えた気がする。

 以前とは全く違うはずなのに、目に見えるような変化が少ない。

 そんな寂しさを含むような違和感が、鉄郎の胸に去来していた。


(感傷的になってるな。どうせ元に戻ることは無いんだ。すぐ慣れるはずだ)


 そう、元には戻らない。戻るとしても、鉄郎が生きている間ではない。それが確信できる程度には、人間社会というのは壊れてしまっているのだ。


「ご主人、何してんの?」

「足音が気になるから、靴を脱いどく」

「神経質だねー。大丈夫じゃない?誰も気づかないよ。入ってくる奴ならともかく、わたしたちは出てくんだからね」

「そうかもな……って、地面冷たいな」

「ご主人もわたしみたいに草履を履けばいいのに。蒸れないし、柔らかいから音もしないし」

「やだよ。昔そう言って、鼻緒と擦れて血が出たんだから……ていうか、そろそろ静かにだな」


 バサリ。その時、鳥が羽ばたくような音が二人の耳に飛び込む。


「――!」


 鳩、ではない。燕が臨戦態勢を取る。音を追って上を見る。

 そこには、女の顔と体、そして鷲の羽根と足を持つ怪物が浮かんでいた。


(ハーピー!)


 鉄郎の脳内を、いくつもの思考が同時に駆ける。


(見張りは!?数は!?こんな下級種族が結界を!?高空を飛んでたやつがたまたま迷い込んだ!?じゃあ――)


 鉄郎は視線をさらに上げる。すると、ぽつりぽつりと黒い何かが見える。


(あいつはもうこっちに気付いてる、まずい――)


「燕、殺せ――」


 言い切る前に。


「PIIIGAAAAAAAAAAA!!!!」


 ハーピーが叫ぶ。端正とも言えるその顔の、不揃いな牙がのぞく口から、舌を下品に振って叫ぶ。

 その叫びは、鳥のそれと女の悲鳴が混ざったようであり、久々の得物に喜ぶようであり、自らの業を嘆くようであり――


「――」


 次の瞬間。ハーピーの叫びが止まる。頭にその3分の1ほどの大きさの風穴を開けられたのだ。

 同時に羽ばたきも止まり、地面へぐしゃりと落下する。


「よく、やった。燕」

「うん」


 燕がその能力でハーピーの頭を穿ったのだ。


(けど、仲間を呼ばれた)


 鉄郎はもう一度空を見る。

 先ほどは点でしかなかったものが、今は鳥の形状を持っていることが分かる程度には近づいていた。数も心なしか増えている。


(たしか猪鹿倉はこの時間ラジオ放送だ――河西も寝てるだろう。他に動ける奴はいるのか?)


 やるしかない――その感情が、鉄郎をざわめかせる。

 そして、騒ぎを聞きつけた人々がテントから転がり出てくる。


「あ、くま?悪魔だぁあ!!!」


 悪魔。そう悪魔。

 サタン、デビル、デーモン。呼び方はいろいろある。人間を誘惑し、堕落させ、傷つける。そう言う――架空の存在。少なくとも、ほとんどの人間にとってはそうだった。四週間前までは。

 四週間前。たった一人の人間、番條の行いによって悪魔はそこら中に現れ、人々を襲い、喰らい、支配していった。

 元凶である番條は猪鹿倉木ノ実の手によって倒されたが、世に放たれた悪魔たちが消えた訳ではない。彼らは今も腹を空かせて今日の得物を探している。

 鉄郎たちの目の前に現れたこのハーピーたちも、勿論目的は人の肉だ。


「燕。一体一体狙い撃てるか?それか範囲でドカッとやるのでもいい」


 建物へと身を隠す人々をしり目に、鉄郎が問う。


「ちょっと遠すぎるかなぁ。それに散らばり過ぎてて、どっちもキツイかも」

「分かった」


 このままでは拠点のあちこちにハーピーが飛来し、収拾がつかない事態となるだろう。


(塾で習ったはずなんだが。ハーピー。女面鳥身の怪物で――食欲旺盛)

 

 ハーピー。またはハルピュイア。地獄にて自ら命を絶った人間を啄み続けるとされる怪鳥である。鋭い牙と爪を持ち、空中からの素早い攻撃は対抗策を持たない人間には致命的だ。


「燕。これと一緒にその死体を燃やしてくれ」


 鉄郎は懐から赤い液体の入った小瓶を取り出す。


「分っかりました!任せてよ!」


 燕が手のひらをハーピーの死体に向けると、突然死体が燃え上がった。しかしその炎は黒く、どこか戯画的で、現実のものではないように見える。

 それでも炎ではあるようで、死体の髪は縮れて無くなり、肉は黒く焦げていく。

 そこへ燕が小瓶の中身を振りかけると――


「おーおー。露骨にこっちに向かって来やがるな」


 ハーピーたちは明確に進路を鉄郎たちの元へと変え、殺到していく。

 鉄郎はそこでやっと、靴を履きなおした。


「ま、肉と人間の血が焼ける臭いだ。さぞうまそーなんだろうな……人間の顔だし、もしかしたら嗅覚味覚も人間に近いのかもな」

「戦いなんてひっさびさー!!よーし!奴らを残らずバーベキューして食ってやるっ!」

「腹壊すぞ」


 小瓶の中身は、鉄郎の血液であった。

 血で誘引する。それは割合シンプルな発想で、鉄郎のとっさの思い付きであったが、確かにハーピーを惹きつけている。


「数に惑わされるなよ!!」

「いくら多くても!鎧袖一触だあああい!!」


 ハーピーの群れが目前へと迫る。

 そして再び、戯画の炎が放たれた。

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