三話
「ねね、ご主人?」
「ん?」
昼間彼らが掃除したビル。その一室。各部屋からかき集めた絨毯を重ねて作った即席の寝床の上。
二人して眠らずに寝転がって月を眺めていた、そんな最中。
ぽつりと燕が言う。
「なんで主人公ちゃんのこと、あんなに避けるの?」
「なんだよ今更」
「だって事なかれ主義のご主人があんなに露骨なの、変なんだもん」
「露骨?そんなにだったか?」
「うん。主人公ちゃんが可哀そうになるくらい 。慣れない敬語なんて使っちゃって」
「敬語なのは尊敬してるからだよ。誰にも真似できないことをやったんだ」
「よそよそしすぎるよ」
鉄郎はむぅ、と唸った。
「ま!わたしとしてはご主人を独り占めできるので全然構いませんが!」
「なら聞くなよ」
と、鉄郎は燕とは逆の方向に寝返りを打つ。
「バーベキュー」
その単語に、う、と鉄郎がたじろぐ。
「お肉、食べたかったな~。久々のごちそう、ご主人のために我慢したのにな~」
「……じゃあ行けばよかったじゃねえかよ」
「そこはほら、使い魔的にはご主人を一人にできないって言うかね?てきなね?」
「……」
冗談めかして言うが、実際、燕が鉄郎を慮っていたのは事実なのだろう。それを感じた鉄郎は少し口を軽くしてやることにする。
「あいつのせいだ」
「え?」
「梟と、ニオ。あいつのせいで死んだ」
「……うん」
けどな、と鉄郎。
「本当は分かってんだよ。3週間前、あそこにいることを決めたのは結局俺だ。あいつに誘われたんだとしても。だから本当は俺のせいなんだ。二人が死んだのは」
「うん」
「だけどよ、耐えられないんだ、そんなの。俺のせいであいつらが死んだなんて」
だから、と鉄郎。
「恨んでいたいんだ。あの主人公みたいなやつを。あいつのせいにして、楽で居たいんだよ」
鉄郎は一拍置いて、
「満足したか?」
「うん。ありがと」
「……情けないって、思うだろ?世界を救ったような奴に、こんな子供みたいな感情のぶつけ方をして」
鉄郎は背後で、燕が身を起こす気配を感じた。
「だから話したくなかったんだ。いいか?妙な気は使わなくていいから――」
燕が鉄郎の手を取った。
急に感じられた他人の体温に、鉄郎の言葉が途切れる。
「――だから、そういうの、いらないって……」
「話してくれてありがとう、ご主人。二人がいなくなってから、無理して普段通りに振舞ってるみたいで心配だったんだ」
鉄郎は言葉を失う。
「けど安心した。ご主人は、卑屈で、後ろ向きで、寂しがりないつも通りみたいで」
「おい、そこまで言われる謂れは――」
「とにかく!ご主人は安心して欲しい!このわたし、ご主人の筆頭使い魔で、最強で、しかもかわいい燕ちゃんがついてるから!」
「最強ね……せめて河西の使い魔をタイマンで倒せるぐらいの実力が欲しいところだけど」
「えっへっへ。かわいいは否定しないんだね?ご主人」
鉄郎はやっと燕の顔を見る。
「当たり前だ。俺が作った使い魔なんだ。醜くてたまるか」
「も~、素直じゃないんだから」
燕は月の光を映す鉄郎の目をじっと見つめる。
「なぁ、燕。ここでの生活もそろそろ飽きてこないか?」
「うん?そうかも。ずっと雑用しかしてないし」
「だよな。そもそも最初だって、成り行きでここにいたってだけだったし」
(それに、そう。俺には燕がいる)
よし決めた、と鉄郎。
「明日ここを出てく」
「うん。分かった」