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一話

「――っても、なーんにも変わんなかったな~」

「何の話~?ご主人?」


 とある廃ビルの屋上で寝転がって日に当たる鉄郎は、そうぼやいた。


「あー、いたのか燕……いや、何でもねえよ」

「え~?なになにご主人?気になる~!」


 返事を求めた訳ではない言葉に食いつかれ、少しの困り顔を作る鉄郎。

 そんな彼の様子に気付きながらもお構い無しなこの少女。名前を燕と言った。


 二十歳より少し手前の年齢に見える。黒みを帯びた深い赤色の髪。白を基調に黒で縁取られた和風の着物――動きやすいよう、袴はずいぶん短い――に、黄色い目。愛嬌のある猫耳型のはねっ毛で、美しいというより可愛いと言える顔立ちだ。


「ねーご主人!わたし今暇なの!だから、ね?何でもいいから話して?じゃないと踏む!ご主人のこと踏む!」

「踏むってお前ね……」


 はぁ、とため息をつくと、分かったよと鉄郎。


「この前さ、ほんの3週間前。俺たちは世界の命運を背負った最終決戦に臨んで、それを乗り越えた訳だろ?でもさ、だっていうのに、俺も世界も、なーんにも変わってないなって」

「乗り越えた、ってご主人。ほとんど雑魚悪魔に追い掛け回されてひーこら言ってただけじゃない」

「うるせ。重要なのはあの場に居たっていう事実であって……とにかく、そういう事だ」


 それだけ言うと、もう語ることは無い、と言わんばかりにそっぽを向く鉄郎。

 燕はころりと鉄郎の隣に寝転がる。


「変わってないって言ったけど、ご主人はともかく世界はずいぶん変わったじゃない。前とは全然違うよ?」

「……確かにそうなんだが」

「人はすごく減ったし、そこらを怪物がうろついてるし、毎日サバイバルだし」

「そうなんだけど、俺にとっては同じなんだよ。結局毎日()()()()るだろ?」

「頑張る?」


 燕の口調に戸惑いと、何を当たり前のことを、と言った呆れを感じ取った鉄郎。


「だからよ、俺にとっては、将来のために勉強するのも明日のために缶詰めを探すのも、同じってことだよ。ほら、俺たちは3週間前、言わばラスボスを倒した訳だ。ゲームならクリアだ。クリアならハッピーエンドで、皆幸せわーいやったー、だろ?なのに――」

「こうして、毎日働かされている、と」


 燕は突然ガバッと起き上がると、ヒシッと鉄郎に縋りついた。


「わかる~わかるよご主人!!そうだよね!頑張ったわたしたちにはご褒美が必要だよね!ほら具体的には1週間おやすみとか血とかあれとか――」

「そういえば燕、頼んでた仕事は終わったのかよ?」

「ん、ん~っと?ほら3日間お休みとか……」

「燕、このビルの掃除は……」

「ほら、ほら……1日お休みとか……?」

「行けほら仕事。しっしっ」


 鉄郎はそう言って手を振る。


「あ~~~ん!!ご主人ひどい!ひどいご主人!!自分だって屋上で日向ぼっこしてるくせに!!サボってるくせに!!わたしもご主人と日向ぼっこしーてーたーい~~~!!!」

「うるさいうるさい!お前の燃料は俺だろ!実質俺が働いてるようなもんだ!!おらきりきり働け!!!」

「や~~だーー!や~~だーー!!」


 鉄郎は、彼にくっついて暴れる燕をあしらいながら、大きくため息をつく。


「はぁ~~ったく。こうなると結局怒られるのは俺――」


 そう言いかけたところで、屋上に続く階段がバンと勢いよく開いた。

 出てきたのは気の強そうな少女だ。歳は14,5に見え、流麗な黒髪をツインテールにしている。

 この少女の名を河西鮎と言った。


「あんた……真っ昼間から外で使い魔と乳繰り合うなんて、いいご身分じゃない……?」


 そのセリフにはこれでもかと露骨に怒気が込められていた。

 鉄郎は、このあまりの間の悪さにため息を抑えられない。


「ああいや、違うんだ違うんです河西。これは使い魔に1日休暇を与えてた所で――」

「ほんとっ!?ご主人ほんとっ!?」

「燕ちょっと黙っててお願い……」

「あんたらねぇ……そもそも、このビルの掃除って仕事は、あんたの使い魔の能力ならすぐ終わるって話じゃなかったっけ?それが様子を見に来たら、半分も終わってないじゃない!」


 燕は口をとがらせて文句を垂れる。


「だーって最近お掃除とか荷物運びとかばーっかりでつまんないんだもん」

「つまんないって、あんたたちねぇ――」


 鮎は目くじらを立てて、息を吸ってから、


「分かってんの?この仕事は今外で寝てる人たちのために寝床を作る、何より新しい人たちを受け入れられるようにするための大事な仕事なのよ?それを何よ。つまらない?自分の仕事が遅れるせいで犠牲者が増えるかもとか、ちょっとは危機感持てないわけ?」


 鉄郎はまくしたてる鮎に尚も反駁しようとする燕の口を塞ぎ、


「悪かったって。すぐに取り掛かるから」


 鉄郎がそう言うと、鮎もそれ以上詰るつもりはないらしく、フン、と踵を返した。

 しかし扉の一歩手前で立ち止まると、肩越しに振り返って、


「前から思ってたんだけど、言う事ちゃんと聞かない使い魔なんて何の役に立つの?なんであんたみたいなの、あの子は置いとくのかしら」


 言うだけ言うと、今度こそ鮎は階下に下りていった。

 ぱ、と鉄郎は燕を抑えていた手を放す。すると燕は腕をまくって地団駄を踏み、もう誰もいない扉に向かって


「何だとー!!このヤロー!!てやんでーー!!!」


 と、分かりやすく怒った。


「どうどう」

「うー……ご主人!言われっぱなしで悔しくないの!?」

「まあサボってたのは事実だし。それより早く取り掛かろう。またどやされちまう」


 今度は手伝うから、と鉄郎。

 燕はそれでもむー、と唸ったが、渋々と頷いた。

 だが鉄郎にはどうもやる気が出なかった。

 『新しい人を受け入れる』。鮎はそう言ったが、


(もうこの拠点の外に生きてる奴なんて、居るわけねーし)


 そんな思考が、重りとなって鉄郎の手足に纏わり付いているのだった。

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