プロローグ
(最近、よく考えることがある)
(それは、人間、いつまで頑張ればいいのか、という事についてだ)
青年――鳥本鉄郎は、場違いにもそんな思索を始めていた。
彼のいる場所は、とある大きな電波塔の前だ。
その場には、彼と年が変わらないだろうくらいの男女が十数人立っている。
(例えば、学生だ。学生なら、勉強か部活をきっと頑張るのだろう。これなら分かりやすい。勉強ならテストが終わるまで、部活なら大会が終わるか、卒部まで)
(だけど、勿論これで終わりじゃない。テストが終わったら次のテストがある。当然テストは卒業するまで続く)
彼らはみな一様に悲壮な顔だ。
――ただ一人を除いて。
(頑張っていい点を取って卒業して、大学に行ったとする。すると当然そこでも、テストやらレポートやらが待ってて、頑張らなきゃならない)
(大学の次は就職だ。だがこんなものは考えるまでもない。働くってのは、頑張るってことだ)
彼らの先頭に立つその少女は、その目に闘志を漲らせて、叫んだ。
「番條ォーーーーーッ!!」
(じゃ定年まで働いたとしよう。それで終わり?もう頑張らなくていい?……バカな)
「呼んだかよ~~、おー??」
電波塔の、あやとりの糸のように連なる鉄骨の中腹、その上に音もなく男が現れた。
「決着を!!付けに来た!」
少女が叫び、男が叫び返す。
「決着ぅ~~~??この前のは、オメーが負けて、それを見逃してやったんだろうが~~~?あー、それを、決着だって?」
「なんだっていい!私は、お前を倒しに来たんだ!!」
(だが……もちろん分かってる。生きるってのは頑張るってことだ。しんどい思いをして苦しむんだ)
(だが、だが。お前はこれから一生苦しむんだ、仕方ないんだ。なんて言われて、頑張れるやつがいるのか?)
「お友達をぞろぞろ連れてきたみたいだが……それで何か変わると思ってんのか?蟻を踏みつぶすのに1回も2回も変わらんぜ?」
「変わる、変わるさ!私は一人じゃないんだ!!」
(だからきっと皆言い聞かせているんだ。自分に。今日一日頑張れば。土日まで頑張れば。卒業まで頑張れば。正月まで頑張れば。定年まで頑張れば……何か変わる。今より楽になる、はずだって)
「そ~~~かい?だが忘れてもらっちゃ困る。こっちにもお友達はたくさんいんだよ」
そう言って、番條と呼ばれた男がパキリと指を鳴らした。
途端、辺りの空気が変わる。重苦しい、ジメジメとしたものに。
同時に、気配。
涎の垂れる音。荒い息遣い。牙を鳴らす音。金属を引きずる不快な音。そして肉と臓物が腐った臭い。
人ならざるもの。そして、この世ならざる者たちの気配に、周囲を囲まれる。
(勿論そんなのはまやかしだ。だから、頑張るってのは嫌いだ。言葉も嫌いだ。頑張ったら負けとすら思える)
そして気配の主たちが、露わになる。
赤い面に角を持つ、鬼。腐った体でなお動くゾンビ。空を飛ぶ巨大ヒル。獅子の顔にサソリの尾と翼を持つキメラ。全身凶器のよくわからない機械。巨大蛇。神々しい翼と輪を持つ天使。腕と目が6つある男。
悪魔、妖怪、化け物、神様、殺人機械と、どうにもまとまりのない魑魅魍魎たちが、殺意むき出しで彼らを取り囲んだ。
「みんな!気を付けて!」
少女が呼びかけると同時に、彼らの傍の空気が揺らめく。
そこからまた現れる、人ならざるものたち。だが、今度のは、彼らの味方だ。
青年――鉄郎の傍にも、彼を守るように3つの人影がある。
(けど、俺は今。このいかにも最終決戦です、みたいな空気のこの場を“頑張って”乗り切れたら、何かが変わるって信じてる。)
にらみ合う両陣営。
と、番條がつまらなさそうに手のひらを彼らに向ける。そこから驚くほど無造作に放たれる業火。
その炎は数人、数匹の命を奪い、爆発する。
爆炎に煽られ地に伏す鉄郎に、キメラの牙が迫り――
(じゃないと、やってられない)
初投稿です。
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