表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

真夜中の闖入者暴れだす。


 母親が来たから、真夜中の闖入者は母親に連れられてコンビニエンスから出ていくだろう。母子が店から出て行ったらすぐに商品を陳列棚に並べる作業を再開しようと私は考えていました。息子の無事を確かめた母親はレジカウンターに来て、私に一言お礼を言って店から出て行くと私は予想し、母親と真夜中の闖入者がレジに来るのを待っていました。ところが真夜中の闖入者と母親に予期せぬ事態が起こりました。


   真夜中の闖入者が暴れる


真夜中の闖入者はレジカウンターの方向とは逆の方向に歩き始めたのです。

「謙語ちゃん。」

と母親は引き止めようとしましたが、真夜中の闖入者は手首を掴んでる母親の手を振り切り、「うう、うう。」と大声を出しながら、店内を歩き回りました。レジカウンターにいる私に聞こえるくらいの大声を出しています。母親が来たのでおとなしくなると私は予想していましたが、私の予想に反して真夜中の闖入者は大声を出して歩き回っています。私は真夜中の闖入者が大声を出して歩き回っているのが理解できなくて呆然と眺めていました。

真夜中の闖入者は陳列棚の商品を取りました。母親に注意されるとその商品をぽとっと落としました。母親は真夜中の闖入者が落とした商品を拾いながら、

「店の商品を落としたら駄目ですよ。」

と真夜中の闖入者を注意しました。真夜中の闖入者は母親の注意を無視して別の陳列棚に行き、陳列棚の商品を掴みました。母親が近づいてくると商品をぽとっと落として別の陳列棚に移動しました。母親は闖入者の落とした商品を拾って陳列棚に戻し、闖入者に追いつくと、

「謙語ちゃん、商品を取っちゃ駄目よ。」

とやさしく真夜中の闖入者をたしなめました。真夜中の闖入者は母親の声を聞くとますます狂暴化していきました。まるで反抗期の少年のようです。

真夜中の闖入者は唸りながら店内を歩き回り、立ち止まって陳列棚から商品を取ってはぽとっと落としそれから次の陳列棚に移動して商品を取ってはぽとっと落とすという行為を繰り返しました。

 お菓子コーナーに来ると、真夜中の闖入者はお菓子を次々と抱え始めました。母親がいくらなだめても真夜中の闖入者はお菓子を取ることを止めません。抱えきれないお菓子の箱や袋は床にこぼれ落ちました。母親はこぼれ落ちたお菓子を陳列棚に戻しながら、真夜中の闖入者にお菓子を陳列棚に戻すように説得しました。しかし真夜中の闖入者はお菓子を取るのを止めようとしません。               

「謙語ちゃん。お菓子を買ってあげるからね。ああ、このお菓子が食べたいの。じゃこれとこれは棚に戻しましょうね。こんなに沢山買ったら駄目ですよ。ね、これとこれとこれだけにしましょうね。」

と母親は懸命に真夜中の闖入者がお菓子を取るのを止めようとしますが、真夜中の闖入者は母親の言葉に耳を貸さずお菓子を取り続け、お菓子を抱えたまま店内を歩き回りました。  

母親は真夜中の闖入者の腕を掴んで止めようとしましたが、小柄な母親は止めることができません。母親は真夜中の闖入者に引きずられました。

真夜中の闖入者はお菓子は抱えたまま陳列棚のかんづめを取って抱えました。するとお菓子がこぼれ落ちました。ラーメンを取って抱えるとかんづめがこぼれ落ちました。パンを取ると別の商品がこぼれ落ちました。真夜中の闖入者は次々と商品を拾い次々と商品をこぼす行為を繰り返しました。その度に母親はこぼれたお菓子やかんづめやラーメンやパンを拾い上げて陳列棚に戻しました。母親は陳列棚の商品を取らないように真夜中の闖入者をやさしく説得し続けました。

 言葉が通じないということは母親がよく知っているはずなのに言葉の通じない真夜中の闖入者に母親は話し続けています。母親の愛の言葉は店内に悲しく響き渡りました。


「謙語ちゃん。このお菓子がほしいの、それじゃ、これとこれとこれは棚に戻しましょう。」

「謙語ちゃん。お願い。おかあさんのお願いを聞いて。これとこれは謙語ちゃんには必要ないでしょう。これとこれは棚に戻しましょうね。」

「謙語ちゃん。いい子だから、そんなことをしないでおこうね。」


母親はしきりに真夜中の闖入者に話し掛けて真夜中の闖入者の横暴を止めさせようとしています。しかし、母親の愛とやさしさの言葉はなんの効果もなく、真夜中の闖入者はますます横暴になっていきました。

 愛する子に引きずられている痩せ細った母親の姿を見て、私は母親がかわいそうになってきました。母親は真夜中の闖入者が知的障害があると知った時から人一倍に愛情を注いできただろう。子供の時からずっと母親の愛情で真夜中の闖入者を包み込んできただろう。しかし、母親の愛情は真夜中の闖入者の心には沁みてはいないようです。

母親より大きい真夜中の闖入者は母親を引きずっています。母親の愛が無駄な愛のように私には思えました。引きずられながら、やさしい声で真夜中の闖入者をなだめている母親の姿はあわれでした。真夜中の闖入者と母親の関係はこれから五年十年と続いていくだろう。年々母親の体力は衰えていく一方です。母親はますます力が衰えて息子に引きずられるだろう。我が子にどんどん引きずられている白髪の老婆の姿が頭に浮かびましだ。哀れな情景です。母親はこれから死ぬまで、真夜中の闖入者に引きずられる人生を送っていくのだろうか。


店内を歩き回る真夜中の闖入者をか細い体で必死になって止めようとしながら引きずられている母親がかわいそうになり、母親の代わりに私が真夜中の闖入者の横暴を止める決心をしました。

母親が躓いて転びました。母親の手は真夜中の闖入者から離れました。

「謙吾ちゃん、待ちなさい。」

と真夜中の闖入者を呼びましたが、真夜中の闖入者は母親の声を無視して離れていきました。

真夜中の闖入者はおもちゃコーナーの前で止まり、おもちゃを取りました。私は真夜中の闖入者の側に行って、

「これを取ったらだめです。」

威厳のある声で真夜中の闖入者に言いました。突然現れた私に驚いた真夜中の闖入者はおもちゃを放して私から逃げて、ラーメンコーナーの方に行きました。そして、ラーメンを取ろうとしました。私は真夜中の闖入者に駆け寄って、

「駄目と言っただろう。」

と厳しい声で言いました。ところが、今度は真夜中の闖入者は私の厳しい声にたじろぎません。私の注意を無視して真夜中の闖入者はラーメンを取りました。


私は真夜中の闖入者の顔を見て驚きました。闖入者の顔つきが変わっているのです。真夜中の闖入者の顔つきが堂々とした恐れのない顔つきになっていました。無表情だった顔が「意思」のある顔に変化しているのです。私はひるみました。真夜中の闖入者から強引にラーメンを取ったら真夜中の闖入者は私に飛び掛かるかもしれないという恐怖があったからです。私は真夜中の闖入者からラーメンを取るのを躊躇しました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ