変な若者が入ってきた。
若者二人がやって来た
「いらっしゃいませ。」
と反射的に私は言い、真夜中の闖入者を掴んだままドアの方を見ました。背の高いがっちりとした体格の若者が入って来ました。若者は丸刈りで赤のバスケットシャツを着けていました。彼の後ろから入って来たもう一人の若者は髪を金髪に染めています。
「明日、上間先輩に総合グランドに呼ばれているんだ。」
「ええ、そいつはヤバイぜ。うさぎ飛びでグランドを一周とかさ、ヒンズースクワット千回とかをさせられるらしいぜ。」
「マジでかー。ヤバイなあ。」
若者二人は話し合いながらソフトドリンクコーナーに行ってペットボトルのポカリスエット二本を取ると、ファーストフードコーナーに行っておにぎり二個を取りました。そして、レジの前に立ちました。私は真夜中の闖入者に、
「そこに立っていろ。動くなよ。」
と忠告してから手を離し、走ってレジカウンターに行きました。
「別々に計算しますか。まとめて計算しますか。」
私は二人別々の会計をするのかどうかを聞きました。
「まとめて計算して。」
がっちりした体格の若者がそう言いました。私はカウンターに置かれたポカリスエットとおにぎりのバーコードにスキャナーを当てました。
その時、真夜中の闖入者がお菓子を抱えてすたすたとドアに向かって歩いていくのが見えました。
「すみません。少し待ってください。」
と言って私はレジカウンターから急いで飛びだし外に出ようとしていた真夜中の闖入者を捕まえました。真夜中の闖入者は、
「うう、うう。」
とうめきながら抵抗しましたがすぐにおとなしくなりました。私は真夜中の闖入者を引っ張ってレジカウンターに戻ってきました。
「君たち、この子を知らないか。」
「おじさんの親戚かい。」
「とんでもない。突然店に入ってきてお菓子を盗ろうとしたんだ。どうだ、この子を見たことがないか。」
「知らないなあ。雄二、お前は知っているか。」
「見たことないなあ。おじさん。それよりレジの計算を早くやってくれよ。」
「済まないけど。この子を捕まえていてくれないか。そうじゃないとレジの計算ができないんだ。」
「放しゃあいいじゃん。こいつはおじさんと関係ねえんだろう。だったらさっさと放してしまえばいいじゃん。」
「そういうわけにもいかないんだ。ほら見ろ。店のお菓子を抱えて離さないんだ。」
二人の若者は私の話を聞いて大笑いをしました。
「こいつ、食いしん坊なんだ。腹が減ったんでお菓子を取りに裸足で家を飛び出してきたんだ。」
「ああ、おまけにお金を持っていないんだ。」
「笑えるぜ。」
二人の若者はますます笑い転げました。
「お金を持たないで、裸足で、こんなに夜遅く、コンビニにお菓子を盗りにか。こいつアホだぜ。マジにアホだぜ。」
「この子、知的障害者みたいなんだ。」
私の言葉に二人の若者の笑いは止まりました。
「知的障害者というとあれのことか。そうか。」
二人は真夜中の闖入者をまじまじと見ました。
「お前、どこから来たんだ。お前の家はどこだ。オレ達か連れていってやろうか。」
二人の若者が言い寄ると真夜中の闖入者は後ずさりをしました。真夜中の闖入者は二人の若者を恐がっているようです。
「お前なあ。黙っていると警察に連れていかれちゃうぞ。警察で拷問されちゃうぞ。」
金髪の若者が真夜中の闖入者の脇腹を指でつつきながら脅しました。
「この子は言葉がわからないみたいなんだ。」
「まさか。それじゃ、話ができないということか。」
「そうなんだ。」
「嘘だろう。」
二人の若者は真夜中の闖入者が言葉が理解できないことに驚きました。二人は真夜中の闖入者の顔を覗き込みました。
「あれ、こいつ子供ではないぞ。よく見てみろ、雄二。」
「え、本当か。」
金髪の若者は真夜中の闖入者の顔を観察しました。
「清の言う通りだ。こいつは子供ではない。もしかするとオレ達より年を食っているかもしれない。言葉が分からないなんて信じられない。言葉が分からない振りをしているんじゃないのか。マジで話ができないなんて、清、お前は信じられるか。」
背の高い若者は首を横に振りました。
「知的障害とかなんとかいってもさ、オレたちと同じ人間じゃん。話ができないなんて考えられないよ。お前さあ、本当は話せるのに話せない振りをしているんじゃないのか。そうだったらよ。オレはマジで怒るぜえ。」
金髪の若者が真夜中の闖入者に言い寄りました。アルコールの臭いがプーンとしました。金髪の若者は酔っているようです。背の高い丸刈りの若者は酔っていないようです。
「この子を掴んでいてくれないか。レジ計算をするから。」
私は酔っていない背の高い丸刈りの若者に真夜中の闖入者を掴んでくれるように頼みました。
「ああ、わかった。」
私はレジカウンターに行き、カウンターに置いてある千円札でレジ計算を済ますと二本のポカリスエットと二個のおにぎりをビニール袋に詰めました。
「お前は人間だろう。人間なら話ができなくては駄目なんだぞ。話ができなかったら人間失格なんだぞ。だから、言葉を勉強しろ。お父さんお母さんという言葉から勉強するんだ。どうだ。オレの言うことが分かるか。お前だって人間失格なんてものになりたくないだろう。おい、オレの言うことを真剣に聞いているか。ヤキを入れちゃうぞ。世の中は厳しいんだぞ。言葉がぺらぺら話せるオレでさえ仕事がなくて困っているんだ。いいか。お前なあ。親に甘やかされてんだろう。んで怠けているんだ。もっと厳しくされなくちゃあ。」
金髪の若者は延々と真夜中の闖入者に説教を続けていました。
「ありがとう。もういいから。」
私はビニール袋を渡しました。
「おじさん。こいつは甘えているんたよ。甘えているから言葉を覚えようとしないんだよ。頭の悪いオレでさえ日本語はペラペラなんだぜ。英語は全然駄目だけどよ。人間だったら誰でも話せるんだよ。話ができない人間なんていないよ。お前はヤキを入れなきゃな。ヤキを入れたら話ができるようになるかもしんないな。」
次第に調子に乗って真夜中の闖入者に詰め寄る金髪の若者の頭を、
「いい加減にしろ、雄二。」
と言って背の高い若者が叩きました。
「痛い。あ、ごめんなさい。オレ酔っています。おじさん、頑張って。それじゃあな。」
二人の若者は出て行きました。
真夜中の闖入者の性で私は商品を陳列棚に並べる仕事ができません。私は真夜中の闖入者を事務所の椅子に縛りつけようかどうか迷いました。縛りつければ私は仕事ができます。しかし、もし、知的障害者を事務所の椅子に縛り付けたことが世間にばれてしまうと私は世間から責められるだろうし、深夜パートを解雇されるかもしれません。
誰にもばれないなら迷わずに真夜中の闖入者を椅子に縛りつけますが、椅子に縛られた真夜中の闖入者が唸り声を上げて唸り声が店内に漏れてお客の耳に聞こえてしまったら大変です。椅子に縛りつけたことが真夜中の闖入者の家族に知られたら知的障害者を虐待したとして裁判に訴えられて賠償金を取られるかもしれません。小心者の私は悪い結果を想像してしまい、真夜中の闖入者を事務所の椅子に縛りつけるのをためらいました。