闖入者がお菓子を抱えて逃げ出した
真夜中の闖入者が逃げる
どうすれはいいのだろう。真夜中の闖入者がいる限り私は仕事ができません。時間が無駄に過ぎていきます。私は真夜中の闖入者を探し回っている親の車がやってくることを期待して、新たに近づいてくる車のヘッドライトの光を探しました。しかし、ヘッドライトの光は見当たりません。
突然、真夜中の闖入者が私の腕を振り切って逃げ出しました。真夜中の闖入者がおとなしくしていたので彼を掴んでいる私の手が緩んでいたのです。
すたすたと逃げていく真夜中の闖入者。私はあわてて追いかけました。
コンビニエンスの駐車場を離れると闇が広がっています。道路沿いはところどころにネオンが点いていて明るい場所も見えますが、コンビニエンスの北側は閑静な住宅地になっていて夜は闇の世界です。真夜中の闖入者は北側の閑静な住宅街の闇の方に逃げました。
真夜中の闖入者はすたすたと逃げました。しかし、真夜中の闖入者の走りは遅い。真夜中の闖入者はただすたすたと競歩のような小走りをしているだけでした。私は難なく真夜中の闖入者に追いつくと真夜中の闖入者が着ているちゃんちゃんこの襟を掴みました。真夜中の闖入者は小脇に抱えているお菓子を私に取られまいと両腕でお菓子を抱えてうずくまりました。襟を引っ張って起き上がらせようとしましたが真夜中の闖入者は体をこわばらせて動きません。ちゃんちゃんこの襟を強く引っぱるとちゃんちゃんこが破れてしまうかも知れないので私はこれ以上強く引っぱるのはあきらめました。しかし、真夜中の闖入者をコンビニエンスに連れ戻すことをあきらめるわけにはいきません。真夜中の闖入者が抱えているお菓子を取り上げてしまえば真夜中の闖入者を放してやってもいいですが、真夜中の闖入者がお菓子を抱えている間は解放するわけにはいきません。強引に取ろうとすればお菓子の袋が破けてしまう恐れがあります。それに真夜中の闖入者が暴れ出す恐れもありますから強引にお菓子を取り上げることができません。
真夜中の闖入者が抱えているお菓子はせいぜい四、五百円の値段です。寛大な心の深夜パートならお菓子を持たせたまま真夜中の闖入者を逃がしたかも知れません。煩わしいことが嫌いな面倒臭がり屋の深夜パートも真夜中の闖入者を逃がしたと思います。しかし、私は小心者で社会規律を守ることが体に染み込んでいる五十五歳の初老の男です。私は真夜中の闖入者がコンビニエンスの商品を万引きするのを許すことはできませんでした。それを許すと私も泥棒になった気がするのです。真夜中の闖入者が抱えているお菓子はコンビニエンスのお菓子だからコンビニエンスのお菓子コーナーの陳列棚に戻さなければならないという考えしかその時の私にはありませんでした。
たった数百円のお菓子なのだから被害は小さいし、真夜中の闖入者がお菓子を盗んだことを誰にも言わなければなんの問題にもなりません。私の被害があるのでもないし、店の損失も極くわずかです。そのまま真夜中の闖入者を放した方がずっと私は楽でした。しかし、私には不正行為を見逃すことへの罪悪寒と、不正行為を黙認したことが他人にばれるかもしれないという恐怖があり、お菓子を持っている真夜中の闖入者を逃がすという気にはなれなかったのです。
なぜあの時、真夜中の闖入者を逃がしてあげるという機転が私にはなかったのだろうか。つくづく私の小心さと機転のなさにあきれるばかりです。私は小心者で機転を効かす能力のない哀れな初老の男なのです。
私は真夜中の闖入者を店に連れて行くために真夜中の闖入者の背後に回り、両脇を抱えて強引に立たそうとしました。すると真夜中の闖入者はますます背を丸めて「うう、うう。」と唸りながら抵抗しました。「うう、うう。」という声を耳元で聞くのは不気味なものがあります。私は気味悪くなり両手を離しました。
私は途方にくれました。しかし、途方にくれたからといって新たな解決法を模索して時間を無駄にすることはできません。店の深夜パートは私ひとりしか居ないのです。コンビニエンスを無人のままにしておくわけにはいきません。私は一刻も早くコンビニエンスに戻らなければならないのです。
私は最後の手段として抵抗する真夜中の闖入者を強引に引きずっていくことにしました。でもうまくいくだろうか。闖入者は必死に抵抗して暴れ出すかも知れません。それに知的障害者である彼を強引に引きずっていくことには迷いが
もありました。彼を引きずっていくのは哀れな者をそれ以上に哀れな存在にしてしまうな気がしました。しかし、私は善意の人間でもなければボランティア精神を持っている人間でもありません。ただのコンビニエンスの深夜パートです。深夜パートの収入で生活をしている初老の男です。不況の煽りで会社を合理化された私。やっとのことで見つけたコンビニエンスの深夜パート。不祥事を起こして深夜パートを首にされたら私は非常に困ります。善意やボランティアの精神を持つ余裕は私にはありません。
コンビニエンスの深夜パートは私ひとりです。もし、お客が来たら私はお菓子を抱えた真夜中の闖入者をそのままにして急いでコンビニエンスに戻らなければなりません。そうすると真夜中の闖入者は逃げてしまいます。
私はお菓子を抱えて抵抗している真夜中の闖入者が憎くなりました。幼児のように体が小さいのならなんなく持ち上げてコンビニエンスに戻ることができます。もし、真夜中の闖入者がせめて少年くらいの知能を持っているなら説得してお菓子を取り戻すことができます。真夜中の闖入者は体は大きいから幼児のように抱えることはできないし、言葉を理解できないくらいに幼児のように知能が低いから説得もできません。体が大きくて知能は幼児なみの真夜中の闖入者はとてもやっかいな存在です。
しかし、とにもかくにも真夜中の闖入者を引きずって強引にコンビニエンスに連れて戻るしか私には方法はないのです。暴れて抵抗するなら腕を締め上げよう。腹にパンチを食らわすのも遠慮しないでおこう。知的障害者への虐待と思わば思え。私は私の生活を守る権利がある。・・・しかし、実行は誰も見ていない内にやらなければならない。知的障害者への虐待と思われたら大変だ。・・・
決心をした私は辺りを見回して誰も居ないことを確かめてから、真夜中の闖入者の右脇に強引に腕を入れると、
「さあ、あっちへ行こう。」
とやさしい声を掛けながらしかし強引に彼を立たせました。私は真夜中の闖入者が抵抗するものと覚悟していました。抵抗したらこっちもあらん限りの力で彼を引きずってコンビニエンスに連れていく覚悟でいました。ところが私が引き上げた瞬間は少し抵抗する素振りを見せましたがすぐに私の腕は軽くなりました。頑固にうずくまっていた真夜中の闖入者は私の予想に反しておとなしく立ちあがったのです。彼の心変わりに驚かされましたが、どうやら最悪の事態は免れそうです。腕を掴んで強引に引っ張ると真夜中の闖入者は抵抗することもなく私に引っ張られました。私は急いで真夜中の闖入者をコンビニエンスの中に連れていきました。
コンビニエンスの中に入った真夜中の闖入者は外に出て行こうとしてもがきました。私は真夜中の闖入者が逃げようとしても絶対に逃がさないように力は強めました。すると真夜中の闖入者はほんの少しの間もがいてすぐにおとなしくなりました。
「さあ、お菓子をここに戻しなさい。これは商品なんだから。お金と交換して始めて君のものだよ。」
説教しても馬の耳になんとかやらであることは承知していますが、私はお菓子を陳列棚に戻すように闖入者を大声で説得しました。説得しているというより大声を出して威圧したというのが適切です。私は説得しながら真夜中の闖入者からお菓子を取ろうとしましたが、私がお菓子の袋に触れた瞬間に真夜中の闖入者は「うう、うう。」と言って後ずさりしました。真夜中の闖入者はお菓子だけは離そうとしません。私の苛立ちは頂点に達しました。私は真夜中の闖入者を殴ってでも強引に真夜中の闖入者が抱えているお菓子を奪い返そうとしました。
「お菓子をよこせ。よこすんだ。」
私は厳しい声で言いました。
「お菓子をよこさなかったらぶん殴るぞ。それでもいいのか。」
私は真夜中の闖入者を脅し、ちゃんちゃんこを掴みました。そして、お菓子を取ろうとしました。しかし、真夜中の闖入者は、「うう、うう。」と言いながらお菓子を離そうとはしませんでした。
「ほんとに殴るぞ。」
私が腕を振り上げた時にキーンコーンとチャイムが鳴りました。