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どうすればいいのだ

気味悪い男が真夜中のコンビニで

 どうすればいいのだ


午前三時過ぎ。ゾンビのような気味の悪い闖入者。少年と思っていたが少年ではなかった真夜中の闖入者。私の存在を無視している真夜中の闖入者。裸足の真夜中の闖入者。

私はどうすればいいのだ。

私は真夜中の闖入者をどうすればいいか分かりませんでした。

私が思案に暮れながら立っていると、真夜中の闖入者は陳列棚に手を伸ばして再びポテトチップスを掴みました。私はポテトチップスを彼の手から取るのを迷いました。彼が少年ではないということを知ったので私の彼に対する恐怖は増していたのです。さっきはポテトチップスを取るのにうまくいきましたが、今度もうまくいくとは限りません。しかし、そのままにすれば、彼はポテトチップスを開けてしまうだろう。

私はポテトチップスを彼の手から取らなければなりません。しかし、得たいの知れない真夜中の闖入者の体に触れるのは言い知れぬ恐さがあります。それに急に暴れないか不安です。しかし、私はこのコンビニエンスの深夜パートです。私は真夜中の闖入者からポテトチップスを取り戻さなければならないのです。

私は恐る恐るポテトチップスを掴んでいる真夜中の闖入者の手を掴みました。手を掴んだ瞬間に彼が暴れるのではないだろうかとびくびくしていましたが幸いにも私の悪い予想ははずれました。真夜中の闖入者は暴れることも私の手を強引に振り解くこともしないでポテトチップスを掴んだまま動きを止めました。暴れはしませんが、ポテトチップスも離しません。私は真夜中の闖入者の顔を見ました。相変わらず無表情な顔です。しかし、突然凶暴になって暴れ出すかも知れない顔に私には見えました。その恐怖があるために、真夜中の闖入者の手を掴んでいる私も簡単には動けませんでした。

動かない真夜中の闖入者。

動けない私。

気味の悪い沈黙の時間が過ぎていきます。

BGMは夏川リミの涙そうそうの歌が切々と流れています。

コンビニエンスの店内は明るい。

しかし、白い光は気味の悪い沈黙を緩和させることはできません。むしろ、静かな白い空間は不気味さを増しています。

私はじっとしているわけにはいきません。私には深夜パートの仕事があるのです。私は意を強くして、恐る恐るポテトチップスの袋を掴んでゆっくりと引っ張りました。しかし、私にポテトチップスを取られまいと真夜中の闖入者はポテトチップスを強く握っています。真夜中の闖入者は、「うう。」と喉の奥から気味の悪い唸り声を出しました。唸り声は怒りの声にも似ています。私は恐くなりポテトチップスから手を離しました。

真夜中の闖入者は怒って暴れ出すかもしれません。私は不安になりました。しかし、私の不安を無視するように真夜中の闖入者はじっと動かずにいます。私は再びポテトチップスを真夜中の闖入者の手から取り戻すのを試みました。ゆっくりゆっくり。そうっと。真夜中の闖入者の顔を窺いながら。私はポテトチップスを引っ張りました。今度は不思議なことに真夜中の闖入者は抵抗しないでポテトチップスを手から離しました。

私はほっとしました。

私は真夜中の闖入者を掴んでいる手を離しました。すると真夜中の闖入者は私から離れて歩いて行きます。そして、別の棚に行き、ビスケットの箱を掴みましだ。私は急いで真夜中の闖入者のところに行き、彼の腕を掴んでビスケットの箱を真夜中の闖入者の手から離しました。すると、真夜中の闖入者は私の手を振り切って私から離れて、別の棚にあるお菓子を掴もうとしました。私は走って行って真夜中の闖入者からお菓子を取りました。

困りました。これでは真夜中の闖入者と永遠に鬼ごっこです。鬼ごっこをしないためにはずっと真夜中の闖入者を掴まえていなければなりません。真夜中の闖入者がコンビニエンスに居る間は私は私の仕事ができません。

どうすればいいのだろう。

私はお菓子を掴もうとしている真夜中の闖入者の腕を掴んで、お菓子コーナーから離れさせようとしました。しかし、真夜中の闖入者は唸り声を発しながら抵抗してお菓子コーナーから離れようとしません。

「ねえ、君。お金を持っているのかな。お金を持っていないとお菓子は買えないよ。ここのお菓子は売り物だからね。君はお金は持っているのかな。」

私は説明しても無駄だと知りながら、お金がないとお菓子は食べられないことをやさしい声で説明しました。

幼稚園生でもわかる理屈ですが、予想通り私の親切で穏やかな説明に真夜中の闖入者はなんの反応も示しません。無駄だと分かっていても説明してしまった私の声は明るい店内に空しく響き、真夜中の闖入者は私の説得を無視して背をかがめてお菓子を物色し、気に入ったお菓子を抱え込もうとします。

私は、

「駄目だよ。お金がなければ買えないよ。」

と言い、

「お母さんと一緒に買い物に来なさい。」

と諭し、

「ここにあるのは売り物だからね。」

「君はお金を持っているのか。おじさんにお金を見せて。」

と私は思いつくままに話しながら真夜中の闖入者からお菓子を取り返しては元の場所に戻しました。その行為が何度も繰り返されます。


・・・真夜中の闖入者は知的障害者に違いない。・・・私はそう確信しました。

彼の名前を知らないから真夜中の闖入者と呼ぶしかありません。言葉を知らない知的障害者である真夜中の闖入者にどのように対応すればいいのか私には見当がつきません。外に追い出してもすぐに中に入って来ると思います。 

コンビニ強盗に対してのマニュアルでは強盗には抵抗しないでさっさとレジの金をあげるように教えています。しかし、真夜中の闖入者のような知的障害者にはどのように対応すればいいのか深夜パートマニュアルにはありません。

深夜に言葉を知らない知的障害者が入ってくるとは、深夜パートのマニュアルを作った人間は想像しなかっただろう。私もこんな事態が起こるとは全然予想していませんでした。

私はどうすればいいのだろう。私は途方にくれました。


    タクシーの運転手がやって来た


真夜中の闖入者が入ってきて数十分程が過ぎた頃、キーンコーンという音が店内に響きました。キーンコーンは客が入って来た合図です。私は真夜中の闖入者の親が入って来たのを期待しました。

「いらっしゃいませ。」

と言いながら、私はドアの方を見ました。入って来たのは真夜中の闖入者の親らしい人物ではありませんでした。私はがっかりです。

白髪まじりの五分刈り頭の男はコンビニエンスに入るとカウンターに向かって歩いています。まっすぐカウンターに向かう客はタバコを買う客です。私は真夜中の闖入者から離れて小走りでカウンター内に行き、タバコの陳列ケースの前に立ちました。ドアの外を見るとドアの近くにヘッドライトが光を放っているタクシーが止まっています。五分刈りの男はタクシーの運転手のようです。

「スーパーライトをくれ。」

スーパーライトとはマイルドセブンのスーパーライトのことです。私はマイルドセブンのスーパーライトを棚から取り客に渡しました。客は千円札を出しました。私は七百円のつり銭を渡しながら、

「あの子を知りませんか。」

と言って、お菓子コーナーでお菓子を物色している真夜中の闖入者を指しました。五分刈りの男は後ろを振り返り、真夜中の闖入者をちらっと見て、

「知らないなあ。」

と言いました。

「知的障害者のようなんだが。」

と私が言うと、五分刈りの男は全然興味を示さないで、

「どこかの病院から逃げてきたんじゃないのか。」

こともなげにそう言うと、さっさと出て行ってしまいました。


五分刈りの男にとってコンビニエンスの出来事は関係のないことなのです。彼には彼の仕事があります。迷い込んで来た知的障害者の問題でコンビニエンスの店員が困っているからといって手助けする気は彼には起こりません。それより、運転代行というタクシーの運転手にとって強力な商売敵が登場したためにタクシーの稼ぎが厳しくなっています。彼は生活のために水揚げを少しでも上げなくてはならないのです。コンビニエンスで油を売っている暇なんてタクシーの運転手にはないのです。

だから五分刈りの男は、

「どこかの病院から逃げてきたんじゃないの。」

と軽くセリフを吐くと真夜中の闖入者の顔を見ようともしないでスーパーライトの箱をコンコンと叩きながらタクシーに戻って行きました。五分刈りの男がコンビニエンスのドアから出て行った途端に私はお菓子コーナーの方に走って行きました。


途方にくれる


 真夜中の闖入者はかっぱえびせんとウエハーチョコレートとわさびーふの袋を小脇に抱えていました。私は走って行って真夜中の闖入者が抱えているお菓子を取ろうとしました。私がお菓子の袋を取ろうとすると真夜中の闖入者は、「うう、うう。」と唸って後ずさりをしました。さっきの反応とは違い真夜中の闖入者はお菓子を抱えて抵抗したのです。

私は真夜中の闖入者の抵抗に戸惑いました。強引にお菓子を取ろうとしたら暴れ出すかも知れません。しかし、真夜中の闖入者が暴れ出す可能性があってもそのまま真夜中の闖入者にお菓子を持たせておくわけにはいきません。真夜中の闖入者はお菓子の袋を開けるかも知れないし、お菓子を抱えてコンビニエンスから出ていく可能性もあります。私は真夜中の闖入者のお菓子を取り戻さなくてはならないのです。

私は真夜中の闖入者の脇に腕を差し込みお菓子を押し上げました。私は真夜中の闖入者が抵抗するものと覚悟していたので力を込めて押し上げました。ところが真夜中の闖入者は予想に反して脇を締めていませんでした。私の腕は真夜中の闖入者が抱えているお菓子を突き出してしまい、お菓子は空中に舞ってから床に落ちました。私は散らばったお菓子を拾い集めてお菓子の陳列棚に戻しました。私が散らばったお菓子を陳列棚に戻している間に真夜中の闖入者は別の陳列棚からビスケットの箱とちぎりいかの袋を取り脇に抱えました。私は脇に抱えているお菓子を取ろうしました。すると真夜中の闖入者は「うう。」と唸りながら座り込んで身を伏せ、お菓子を取られまいとしました。

最初は掴んでいたお菓子を抵抗しないで離しました。次は後ずさりして脇に抱えているお菓子を取られまいとしました。そして今度は座り込んで私の腕を脇に入れられないようにしています。真夜中の闖入者は真夜中の闖入者なりに知恵を働かして手に入れたお菓子を守ろうとしています。

私は座り込んている真夜中の闖入者の脇に腕をねじ入れようとしましたが真夜中の闖入者はきつく脇を絞めて私の腕の侵入を防ぎました。私はお菓子を取り上げることをあきらめざるを得ませんでした。しかし、真夜中の闖入者を、お菓子を抱えたままにしておくわけにはいきません。私は困りました。どうすればいいのだろう。

私は真夜中の闖入者を事務所に連れて行って、椅子に縛りたい衝動にかられました。店内から真夜中の闖入者を排除したいのが私の正直な気持ちです。私は送られてきた山のような商品を陳列棚に並べる作業をしなければならないし、お客が来たらレジに立たなければなりません。真夜中の闖入者をそのまま放置しておくと彼は店内をうろつき回りあちらこちらの商品を散らかしてしまうに違いありません。それをさせないためには真夜中の闖入者を事務所の椅子に縛り付けた方が一番いい方法です。しかし、それは真夜中の闖入者への虐待行為になります。実行するわけにはいきません。

私は真夜中の闖入者を紐で縛りたい気持ちを押さえながら、真夜中の闖入者の襟と腰を掴んで持ち上げました。すると今度はなんの抵抗もしないで真夜中の闖入者はすっと立ち上がりました。私は簡単に真夜中の闖入者が立ったので拍子抜けしました。もしかしたら抱えているお菓子も簡単に取れるかもしれないと思って私は真夜中の闖入者が抱えているお菓子に手を掛けました。すると真夜中の闖入者は「うう。」と唸りながら座ろうとしました。私がお菓子から手を離すと真夜中の闖入者は座り込もうとする行為を止めました。

強引にお菓子を取り上げた時、真夜中の闖入者はどんな行動をするのだろうか。暴れ出すのか暴れ出さないのか。私は予想することができません。私は真夜中の闖入者の腰を掴んだまま途方にくれました。

私は真夜中の闖入者を掴んだままでは仕事ができません。真夜中の闖入者を掴んでいる手を離して真夜中の闖入者を自由にしてしまえば真夜中の闖入者は陳列棚の商品を荒らした挙句にお菓子を抱えて外に逃げ出してしまうだろう。真夜中の闖入者の問題を解決しないと私は仕事ができません。私は途方にくれました。

途方にくれた私は真夜中の闖入者を連れてコンビニエンスの外に出ました。家から逃げ出した真夜中の闖入者を探し回っているはずの親を見つけるためです。私は通りの視界の届く限りを見回しました。真夜中の闖入者は裸足だから真夜中の闖入者の家はコンビニエンスからそれ程遠くない所にあるかも知れないという期待がありました。

二車線の道路沿いには寂れたスナックのネオンがポツンポツンと輝き、閉店した居酒屋やおでん屋のネオンも輝いています。五十メートル先にはガソリンスタンドのネオン。百メートル先にはファミリーレストランのネオン。それらのネオンの周りだけが小さな明かりのたまりを作っています。視界が届く数百メートル先の外灯の光。車のヘッドライトの光。それらの光の中に人影らしきものがないか見回しましたが人間の影はひとつも見当たりませんでした。

近づいてくる車がコンビニエンスの駐車場に止まって真夜中の闖入者を連れていくことを期待しましたが、車はそっけもなく素通りしていくだけです。



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