プレゼント
私は誕生日のプレゼントというものを貰ったことがない。
両親が共働きで私はいつも小学生の弟と中学生になったばかりの妹の世話をしていた。
それでも両親は、いつも弟と妹を可愛がる。
貴女はお姉ちゃんなんだからしっかりしなさい。もう高校生になるんだからいつまでも甘えないで。
そう言われて育ってきた。
別に、誕生日のプレゼントが欲しいとは思わない。
現実主義の私は手に入らない空想の物に恋焦がれたりはしないのだ。
それでもたまに、弟達を羨ましく思うことはあった。
当然こういう卑屈な私の性格では友達も少ないわけで。
進級に伴うクラス替えから半年以上過ぎたが、私が明日誕生日だなんて知ってる人は居ないだろう。
そもそも親ですら私が誕生日だなんて覚えてるか不安だ。
私はため息混じりにクラスの華やかな連中を一瞥し、手に握ったスマホに目を落とす。
そこに私の世界があるからだ。
現実で人間関係を築けなかった私はSNS、つまりインターネットの世界で友達を作ることにした。
それがもう、何年前の話だろう。
最初は虚しさこそあったものの、今となっては現実世界で授業を聞いたり、1人でお弁当を食べたり、アルバイトをして自分の学費を稼いだり、親がいない間弟達の世話をしているよりも私を受け入れてくれる画面の奥の電波の世界にいる方が楽しいとすら思える。
それに、今となってはそんな電波の世界に恋焦がれてさえいるのだ。
SNSを立ちあげると、私はすぐに個人メッセージの欄を開く。
そして、いくつか溜まったメッセージの中からすぐにひとつを選び出す。
渡瀬、という人物からのメッセージを私は心を踊らせながら開く。
「僕も今、遥さんのことを考えてましたよ」
崩れる顔を必死に隠し、彼に返信する。
「今日も楽しい話聞かせてください」
彼、ニックネーム「渡瀬」さんはインターネット上での友達だ。
作家を目指している大学生で、物静かで落ち着いた雰囲気の男性だ。
たぶん。
以前送って貰った写真や渡瀬さん本人が言っていたことを元にプロファイルしているため、事実とは異なる可能性も当然ある。
でもそんなことはどうでもいい。
私と仲良くしてくれて、いつも楽しそうにお話をしてくれて、たまに彼が書いた小説を読ませてくれる。
その小説も私は大好きで、彼がインターネット上に投稿している小説は毎日のように読み返している。
正直私は彼が好きだ。
会ったことも無いネット上の人を好きになるなんて馬鹿げていると自分でも思う。
それでも、年齢も場所も超えて好きになってしまったのは仕方ない。
「今夜もお話出来ますか?」
渡瀬さんからの返信だ。
私はこの気持ちを隠すように、少し時間を置いて「もちろんです」と返した。
家に帰ると夕日が静かにフローリングの床を照らしていた。
いつもの光景だ。
父は仕事で帰りが遅く、母は弟達を連れてよく外食に出かける。
もちろんそこに私は含まれていない。
両親にとって私は家族ではないのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今更彼らに家族のような扱いなんて期待していない。
夕飯はコンビニ弁当で済ませ、シャワーを浴び、自室に篭る。
ここからが私と彼の時間。
時刻は23時を回っている。
私はパソコンでSNSを起動する。
チャット形式の通話も出来ない至ってシンプルなものだ。有名なツールでもないため、利用者は決して多くはない。
友達一覧から渡瀬さんの名前をクリックし、会話履歴を開く。お気に入り登録しているため、それは簡単に見つかった。
「準備出来ました」
パソコンのタイピングはそんなに早くないので、最低でも誤字がないように一文字ずつ丁寧に打ち込む。
送信して一分も経たないうちに返事が来る。
「お待ちしてました」
顔文字もないシンプルな文面。
一見素っ気なく見えるかもしれないが、彼らしさが出ていて私は好きだ。
「今日も聞かせてください、渡瀬さんが作ったお話」
これが私と彼の時間。
渡瀬さんが作ったお話を聞かせてくれる。
私はただその話を聞いている。
それだけの時間。だけれど、その時間が私にとっては一番の幸せだ。
一日に二つか三つの短いお話を披露してくれるが、そのどれもが面白い。
恋愛、SF、ファンタジー等ジャンルは問わず、どのお話も彼の世界観が広がっている。
それだけでなく、彼の気持ちや考え、伝えたいことが伝わってくるのだ。
今日の一つ目のお話はファンタジーだった。
羽の生えていない飛べない妖精とお友達が少ない男の子のお話。
男の子の願いを叶えることで妖精は羽を得たけれど、代わりに男の子からは姿が見えなくなり、何かを得るには大切な何かを失うというメッセージが込められたお話。
私は思わず泣いてしまったせいで渡瀬さんは少し困惑してしまったみたいだ。
二つ目のお話はSF。
未来から来た自分と過去から来た自分、そして現実の自分が幸せな未来を掴むために奮闘するお話。
一つ目と違い、ギャグテイストが強かったものの最後には結局現実は自分の努力でしか変わらないという現実を私に突きつけた。
そして三つ目。
「と、その前に」
渡瀬さんが言った。
「お誕生日おめでとう」
突然のことだった。
時計は0時ちょうどを指している。
「え」
私は反応に困り、一文字だけ送信してしまう。
「あれ?」
私の反応に渡瀬さんも困惑したようだ。
「今日じゃないの?IDに1130って書いてあったからてっきり11月30日だとばかり…」
あ、そういえば。
私は物覚えが良くないため、忘れないように自分の名前と誕生日でIDを作っていた。
まさかそんなところまで見てくれていたなんて。
「ごめんなさい」
そう送ってくる渡瀬さんを見て私はすぐさま返事をする。
「違うんです。あ、誕生日が違うんじゃなくて、誕生日は確かに今日なんですけど、私の誕生日を祝ってくれる人がいた事が嬉しくて、こんなに嬉しいの初めてで、どう反応していいのか分からなくて…」
渡瀬さんは笑いを意味するネットスラングを送ってくる。
「何がおかしいんですか?」
「ごめん、まさかこんなに喜んで貰えるとは思わなくて。まだサプライズも残っているのに」
「サプライズ?」
そう言うと渡瀬さんは一つのURLを添付した。
「これは?」
「とりあえず見てみて」
私は言われるがままにそのページを開く。
それは、『プレゼント』というタイトルがつけられたお話だった。
内容はと言うと。
「これ、この主人公、私みたい」
私のような境遇の主人公が私と渡瀬さんのように男の子がお話作って女の子がそれを読む。
一つ目はファンタジー、二つ目はSF、そして三つ目。
「その前に」
と、男の子が言う。
「お誕生日おめでとう」
男の子が女の子に言う。
女の子は驚きのあまり言葉を詰まらせた。
男の子は恥ずかしげに笑っている。
まるで今の私たちみたいに。
しかし、お話には続きがある。
ピロン
またしても突然、今度はメールが届く。
メールは渡瀬さんからのものだ。
遥さんへ
お誕生日おめでとうございます。
突然のメールでごめんなさい。
伝えたいことがありましたが、僕はあまり気持ちを伝えることが得意ではないので予め文章にさせて頂きました。
遥さんとお話を始めて一年ほどが経ちました。
遥さんとお話をする時間、その時間が僕にとっては一番大切な時間でした。
その気持ちは今なお大きくなっています。
そして、遥さんは僕にとって大切な存在となりました。
僕は遥さんが好きです。
すみません、それ以上の言葉が浮かびません。
僕はそれ以上の言葉を知りません。
それでも僕は、遥さんが好きです。
渡瀬
そのメールは、同じだった。
お話の中で男の子が女の子に送った手紙と同じだった。
「好きです」
男の子と渡瀬さんの言葉がリンクする。
「…私も好き」
女の子と私のセリフも。
私たちの会話はお話の世界と合致していく。
ただ一つ。
一つだけ、違うことがある。
「これが、幸せ。これが、好き。これが、そういう気持ちなんですね」
「そうですよ」
「この気持ち、消えないですよね。この気持ちは、作り物じゃないですよね」
「当たり前じゃないですか」
「そろそろお時間ですか?」
「…はい」
「また明日、お話しましょう」
「はい、必ず」
私は『人工知能 渡瀬さん』とラベルのついたソフトを閉じた。