心像の引力
昼休み、俺はトイレの個室の中で奮戦していた。
なかなかヤツは姿を現さない。臆病なやつめ。
そこかしこから聞こえてくる騒々しい声に腹が立ってくる。
俺は俺の戦いに集中したいのに。
もしこのまま何も生み出せなかったとしたなら、
骨折り損の草臥れ儲けだ。
そもそも知ってのとおり小学校において大便をするのはタブーである。
だからこそ俺は辺りを窺いながらリスクを背負って個室に入ったというのに。
こんなことなら、我慢して和義とキャッチボールに行けばよかった。
そんなことが頭によぎったとき、視界の端にあるものが映った。
―――楽譜だ。
左側の壁の左下に、小さく、70小節ほどの楽譜が手書きで書かれていた。
テンポは75、4分の4拍子で、フラットが2つ書いてあった。
俺は楽譜を読みなれている。
というのも、今は亡き母に教わっていたから。
楽譜を読み進めていくと、変ロ長調ではなくト短調であることがすぐにわかった。
俺は母にピアノを教わっていたときのことを思い浮かべた。
思えば母が死んでからというものピアノに触ることは全くなかった。
その楽譜になんとなく、しかし強かに惹かれた俺は、
それをポケットに忍ばせてあるメモ帳に写譜した。
帰ったら、久しぶりにピアノに触ってみよう。
そんなことを考えて、午後の授業をやり過ごした。
ちなみにうんこは出なかった。