姉の計略
お昼の喧騒がウソの様な静けさの中、僕の携帯から小さな電子音が鳴った。
只今、絶賛授業中なのでコソッと受信したメールを開くと、そこには華美過ぎるデコメール、しかもひかりの写真付きが届いていた。
勿論、こんな嫌がらせはひかりに決まっているのだが、今回は少しだけ内容が詰まっていた。
今日の帰りに付き合って欲しいということだった。
しかし、僕が知る限り今日はモデルの仕事があった筈だから、買い物なんて出来ないと思うのだが?
怪しいから、メールで確認してみた。
『今日は仕事じゃなかったか?』
送信っと。
三十秒掛からずに返事が返って来た。
『だから、頼んでいるんじゃない。ひかるちゃん、お願いだから私の頼んだスカートを取りに行ってくれないかな?
今の格好では行きにくいと思うから、生徒会室の私のロッカーにセーラー服の予備があるので、それを着て行ってください。あっ、私のお友達も一緒だから絶対にバレない様にお願いね。それと報酬は、行けば分かるわ!』
って、僕には断る権利はないのか?
『ひかりちゃん、今日はダメ!
明日、自分で取りに行きなよ。
僕は今日は模試だから諦めようね』
これで諦めるだろう。
ひかりも僕の勉強には気を使ってくれるから、大丈夫だよね。
じゃあ、送信っと。
『ピピっ』ってまさかの展開か?
普通なら諦める筈だが?
『模試とつばさならどちらが大事?』
うっ!
模試とつばさ……、比べるまでもない。
『お姉ちゃん。ありがと』
二へらっと笑いが止まらない。
五限目が終わると、今日の全ての授業が終わる。
急いで、生徒会室に行くと姉がいた。
「ひかるちゃん。今日は特別なんだからね。
私の気持ち、知ってるでしょう?」
「いや、僕ら姉弟だから、ないない」
「ふーん。いけず! まあ、いいわ。
はい、これを着てね。それにリップを塗ってから髪は左側だけ、ワックスで流し気味にして……。
あとは、前髪を真ん中で分けて、このピンを使うのよ。はい、屈んで」
まずはセーラー服を着てから、リップを塗る時に間接キスを意識したが、家族だから気にしない。
ひかるよ、お箸を借りるのと同じと思え!
ワックスはひかりにしてもらい、前髪を分けてから、屈んだ。
『チュっ』って、頬に何をする?
唖然としながらひかりを見ると、赤くなりながらも「おまじない」と言って退けた。
なんのおまじないなんだか?
そのまま屈んでいると、頭を抱かれた。
ふんわりと柔らかないい匂いに包まれるが、姉はシクシク泣いている。
「なんで、姉と弟なんだろう」
そう呟くと、抱き締める力が強くなる。
前からひかりが言っている言葉なのだが、どうしてこんなブラコンになったのだろうか?
なされるがまま、少し時間が過ぎるとひかりの携帯が鳴った。
「さあ、ひかる。お願いね」
目を赤くしながらも、無理矢理笑顔を作り僕を送り出した。
ニノ一の教室に顔を出すとつばさが横から抱き付いて来た。
……鼻血が出そう。
「ひかり、待ってたよ」と柔らかな笑顔でひかりとなった僕にまとわり付く。
「ごめんねー! ひかるとお話ししてたから、遅くなっちゃいました」
『てへっ』っとばかりに頭を軽くコツンとする。
コレはひかりの仕草なのだが、自然に出て来る所が自分でも怖い。
「あれっ、ひかる君と話してたの?
じゃあ、私も呼んでくれたら良かったのにー。
ひかりは気が利かないよ!」
……それって、どんな意味?
「いや、つばさには悪いけど偶然だったし、私は毎日見てるから、そんなに焼くなって!」
「ふーん。まあ、いいわ。でも、ひかる君の事は教えてね」
「あーっ、まあ、あいつのどこがいいのやら?」
「ふふん、それはひかりにも秘密だよ。ライバルは増やしたくないもの!」
「えっ、私はひかるの実姉だけど?」
「いーや、ひかるちゃんを見るあの愛おしそうな横顔には秘密が隠されてるし。ひかりの小さな胸には秘密がいっぱいなのだ!」
えっ、ちゃん付け?
親近感が湧いちゃうぜ!
「いや、ひかるが失敗しないかなって常に心配してるだけだし、小さいって……。
そんなに小さいかな? だってCだよ」
「大きささじゃないし。
あの目は姉の視線でもないし。
いつも私を邪魔するし。
みんなを弟君に寄せ付けないようにしてるし。
ひかるちゃんへの愛は揺るがないわね〜!」
「えっ、そ、そうかな?
そんな事はしてないけどね。
でも、可愛い弟だからこそだよ!」
「まあいっか! でも、無意識なら尚更怖いわ」
なんか際どい話だが、まさかつばささんが僕のことを……、ってやっぱそれはないね。
あり得ない。
ひかりの話題に混ざりたいだけなんだよな!
そう思えば納得出来る。
じゃあ、出発しようかな。
行く先は決まっている。
母のお店だ。
母にお願いすればいいのだけれど、この頃はコンテストに出す作品作りに没頭して、帰らないことも多い。
電車で二駅通過して、三つ目で降りると北口に見えるビルに入る。
五階だったよな。
『T&T』というお店に着いた。てるてるを縮めた愛称から付けた名前らしい。ネーミングセンスが無い事は僕らの名前を考えれば至極当然だと納得出来る。
「いらっしゃいませ」と店員さんがやって来るが、僕を一目見ると、店の奥に入って行った。
入れ替わりに、スーツ姿の母者が出て来る。
一目見ると、「ははん!」と言ってひかるということが見破られた。
いつも思うのだが、母者はどうして僕らを見分けられるのだろうか?
「久しぶりね」
「あら、おばさま。先週も来ましたよ」
「そうだったかしら? 私も歳かな」
……まだあんた三十三だろうが!
母者が十八の時の双子だから十五となった今でも姉さんと呼ばされることは、つばさも知ってる筈だ。
この母にあの姉ありだ!
二人共、まともでは無い。
「はい、ひかるちゃん。これを着てみて」
…………oh!
「母さん。私はひかりなんだけど……。
失礼しちゃうわ」
母を見ると、くくくっと笑ってやがる。
チラリとつばさを見ると、全く疑って無いように見えるが、その穏やかな顔の下で何を考えているかは分からない。
もしや、バレているかもしれないし。
そん時はひかりのせいにしてしまおう。
「はい、これですよ」
奥に入って行った店員さんから渡されたスカート。
確かに可愛いのだが、なんでこんなに多いんだ?
「はい、ひかり。全部丈を合わせるからね」
……七枚か八枚か?
結構、面倒だな。
だからひかりは僕に押し付けたのか?
つばさという餌を使って……。
姉とはいえ、さすがに敵には回したく無い奴だ!