表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

亜麻色の髪の乙女 外伝 暴れん坊ターニャ

作者: 北浦十五

亜麻色の髪の乙女の番外編です。ターニャもストレスが溜まっているようなので、それを発散させてやる事にしました。とにかく先の展開は一切考えずに書いたので小説として成り立っているかどうか判りません。コメディーも初めて書いたので笑えるかどうかも判りません。それでも読んで頂けたら嬉しいです。

なお、この作品では誰も死にません。

「おら、ジジイ!いい加減に立ち去れ!」

一人の老人が十数名のガラの悪い男達に囲まれている。

ここは無法都市、腹黒市(はらぐろし)

そこにある腹黒原子力発電所の前で老人は鉢巻きをして、静かに目を閉じて座っている。

その鉢巻きには、原発再稼動反対と書かれてあった。

その老人から少し離れた所で二十人ほどの人達が不安そうに立ちすくんでいた。

皆、老人と同じように原発再稼動反対と書かれた鉢巻きや横断幕を持っていた。

この腹黒原発の再稼動が国会で正式に閣議決定されそうになっているので、その反対活動を行っていたのだ。

そこへ、指定暴力団の腹黒組のチンピラ達が力強くで排除しに来た。

ナイフを持ったチンピラに脅された人達は原発の正門前から退去させられていた。

残ったのは老人一人だけだった。

「ジジイ、いい加減にしろよ」

チンピラの一人が老人の肩を小突いた。

しかし、老人は動こうとはしなかった。

「ジジイ、痛い目に会わないとわからねぇみたいだな」

「やめろ!じぃちゃんに手を出すな」

立ちすくんでいる人達の中から端正な顔立ちの高校生くらいの少年が叫んだ。

「うるせえ!」

その老人を殴ろうとしたチンピラの手を何者かが掴んだ。

「な?」

チンピラはその手を振りほどこうとしたが、びくともしなかった。

その手を掴んでいるのは一人の少女だった。

亜麻色の長い髪が揺れていた。

「なんだぁ、てめぇは?うげっ!」

次の瞬間、そのチンピラはぶっ飛ばされて転がった。

その少女が殴り飛ばしたのである。

「なんだぁ?お前は?」

「俺達とやろうってのか?」

「まだガキじゃねぇか」

「お嬢ちゃん、ケガするぜぇ」

十数名のチンピラ達が亜麻色の髪の少女を取り囲んだ。

「ひゅっ」

少女は小さく息をもらすとチンピラの一人の正面に素早く動き、その顔面に右ストレートを叩き込んだ。

そして、その動きのままに隣のチンピラのこめかみに回し蹴りを喰らわした。

一瞬のうちに二人の男が地面に倒れたが、少女は息一つ乱していなかった。

「な、なんだ?コイツ?」

「かまわねぇ!やっちまえ!」

残ったチンピラがいっせいに少女に飛びかかった。

しかし、そこに少女の姿は無くチンピラの二人が頭をぶつけて気絶した。

少女は5メートルの高さを跳躍すると、うろたえているチンピラの一人の頭を踏んづけて地面にのめり込ませた。

そのまま次のチンピラの顎に左アッパーカットを見舞った。

アッパーカットを受けたチンピラが2メートルほど浮き上がっている隙に隣のチンピラの脳天に踵落としを喰らわした。

「うわわ!」

うろたえているチンピラにまたもや右ストレートを叩き込んだ。

「ひええっ!」

残ったチンピラ達は逃げ出した。

「逃がすかぁっ!」

少女はそう叫ぶと、逃げ出したチンピラ達を追いかけ手当たり次第に殴り飛ばした。

先ほど叫んだ少年達があっけにとられている間に三人のチンピラが宙に放り投げられ地面に叩きつけられて動かなくなった。

チンピラ全員が動かなくなったのを確認した少女はゆっくりとこちらに近づいて来た。

亜麻色の髪が輝いて、とても美しかった。

少年は思わず駆け寄った。

「あ、ありがとう。おかげで…ぐわっ!」

少年は喋っている途中で少女に殴り飛ばされた。

少年は殴られたまま地面を転がると殴られた顔を押さえた。

「な、なにするんだよぉ」

少年が抗議すると少女が叫んだ。

「うるせぇ!じいさんが殴られそうになってるのに、てめぇは何をボケっと見てやがるんだ」

「だ、だってあいつらヤクザだし…ぐえっ!」

少年はまた殴られた。

「ぽんぽん殴るなよ!大体、君は誰なんだ?」

少女は少年を二度殴って少しは気分が落ち着いたのか自分の名を名乗った。

「アタシはターニャ。悪を倒す為にやって来た」

「あ、悪って?」

そう言うとターニャがまた殴りそうになったので少年は身を縮めた。

「だから、殴るなって!なんでそんなに血の気が多いんだよ。えっと、そのタ、ターニャ?君の言う悪ってなんだ?」

「そんなもん知るか!アタシが悪だと思ったものが悪だ!」

言い切った。言い切ったよ、この子。

「と、とにかく落ち着いて。えっとまず自己紹介させてよ。僕の名は美少年明…ぐえっ!」

(あきら)はまた殴られた。

「だから殴るなって言ったろ!」

「てめぇ、よく自分で美少年とか言えるな?」

「ほ、本名だから仕方ないだろ!とにかく殴るな。話が前に進まない」

明がそう言うとターニャはやっと落ち着いたようだった。

「本名だったのか?それはすまない事をした」

ターニャは素直に謝った。

あれ?この子意外と素直なとこもあるんだな。

なにやら考え始めたターニャを明は見つめた。

しかし、この子って黙ってるとホントに超絶美少女なんだよなぁ。

明はターニャに見とれていた。

「おい」

いきなりターニャが顔を上げたので明はびっくりした。

「お前、こいつらのアジトを知ってるか?」

「え?ア、アジトってヤクザの?」

「それ以外の何がある?」

明は黙り込んでしまった。

ヤクザのアジトなんて知ってる訳がない。

「よし。ちょっとアタシと来い」

ターニャは明の腕をつかむと自分がのしたチンピラを一人一人確めるように覗いて回った。

そして、いきなり倒れているチンピラの頭を踏んづけた。

「ぐえっ」

「寝たふりしててもバレてるぞ」

そう言ってさらに深く踏んづけた。

「うぐぐぐっ」

チンピラは呼吸困難になってもがいた。

ターニャはチンピラの頭を掴んで持ち上げた。

「おい。お前らのアジトはどこにある?」

チンピラが答えないでいるとターニャは掴んでいた頭を地面に突っ込んだ。

チンピラは首まで地面に埋まってジタバタとあがき始めた。

しばらくそのままにしておいてから再び頭を持ち上げた。

「い、言う。言うから助けてくれぇ」

チンピラは泥まみれの顔で哀願した。

「よし、明。詳しい場所を聞き出せ」

明は息も絶え絶えのチンピラからなんとか場所を聞き出した。

ターニャはパンパンと手のひらを叩いて明に尋ねた。

「こいつらのアジトにアタシを案内できそうか?」

「う、うん。出来ると思うけど」

明は不安そうに言った。

「アジトに行ってどうするつもり?」

「決まってるだろ」

ターニャは親指を突き上げてポーズを決めた。

「殴り込みに行くのさ」

ちょ、ちょっとターニャさん?

相手は指定暴力団ですよ?

そこへ殴り込み?

たった一人で?

明はまた殴られそうだったので心の中でツッコミを入れた。

「あんだよ?その顔は?」

明はニカッと笑うターニャを呆然と見つめていた。

そんなわずかの静寂を甲高い少女の声が打ち破った。

一人の少女が脱兎のごとくターニャに駆け寄ると、いきなりターニャに抱きついた。

「な、な、な?」

あきらかにターニャは動揺している。

抱きついた少女は瞳をキラキラと輝かせてまくしたてた。

「ステキ、ステキ、ステキですぅ!お姉様ぁ!」

そう言ってターニャを抱きしめている手に力を込めた。

「う、うわ!なんだよ、お前!おい、明!こいつ誰だよ?あ、こらっ!髪に触るなぁ」

「あぁ、これが本物の亜麻色の髪なのねぇ。宝石みたいに輝いてとてもキレイだわぁ」

少女はウットリとしたように呟いた。

二人から少し距離をおいた明が冷めた目で言った。

「あー、そいつは僕の従妹で美少女美樹。ちなみに本名。中学三年生だ」

「な、名前なんてどうでもいい。こいつ何かおかしいぞ。あぁっ!髪の匂いを嗅ぐなぁ!」

「あぁ、お姉様の髪の匂いって香水みたい。クラクラしちゃう。ステキだわぁ」

ターニャは女を殴るつもりは無いようでなんとか美樹(みき)を引き剥がそうとするが、美樹はしっかりと抱きしめて離れようとしない。

ジタバタしている二人を明はさらに冷めた目で見ながら続けた。

「そいつ、百合系の同人誌とか描いてるからなぁ」

「ゆ、百合ってなんだ?同人誌ってなんだ?うわっ、頬っぺたを舐めるなぁ!」

「あら、お姉様。これは親愛のキスですわ。お姉様ってホントにステキ。あたしが今まで見てきた同人誌なんかとはレベルが違うわ。こんな人が実際に存在するなんて。生きて来て良かったぁ」

美樹は感極まったように涙を流した。

「お前、なに一人で陶酔してるんだよ!あっ!耳はやめて!耳はやめて!」

なおもジタバタと騒ぎ続ける二人を眺めていた明はもっと冷めた目で呟いた。

「なるほど。アイツは攻めに弱いのか」




一時間後。

三人は指定暴力団、腹黒組(はらぐろぐみ)の事務所の前に来ていた。

明が道案内をして来たのだが、美樹が「お姉様ぁ、お姉様ぁ」と言いながらまとわりついて離れないのだ。

ターニャは憔悴していた。

目の下にクマが出来ていた。

「…おい。こいつマジでかんべんしてくれ。今のアタシの戦闘能力はゼロだ。ってこら!髪に顔をうずめるなぁ」

明はつかつかと美樹に歩み寄ると、ひょいと身体を持ち上げた。

「美樹、ターニャはこれからこの事務所に殴り込みをかけるんだ。危ないから下がっていなさい」

「殴り込み?」

振り返った美樹の瞳は、またキラキラと輝いた。

「じゃあじゃあ、これからお姉様の華麗な戦闘シーンが見られるのね?」

そう言って、ぴょんと地面に飛び降りた。

「ステキ、ステキだわぁ。はっ!こうしちゃいられない」

そう言って美樹は拳を握りしめた。

「その戦闘シーンをビデオカメラに収めなくちゃ!」

そう言い残すと現れた時と同じように脱兎のごとく走り去って行った。

「あいつは何をしに行ったんだ?」

ターニャは心底、ほっとしたように明に尋ねた。

「家にビデオカメラを取りに行ったんだろう。おっと大丈夫かい?」

ターニャの足元はふらついていた。

「あいつの精神攻撃はすさまじいな。ちょっとエネルギーをチャージしなきゃ」

「エネルギーチャージ?」

「あぁ。ちょっと離れてろ」

そう言われた明はターニャから離れた。

ターニャは両足を踏ん張って地面に立つと深く深呼吸をした。

そして、まっすぐに頭上の空を見上げた。

ふわっ。

ターニャの足元から土煙が舞った。

亜麻色の髪がなびきはじめた。

ターニャの周りに風の渦が発生していた。

ターニャが目を閉じて両手を上げると、その風の渦は勢いを増し小さな竜巻のようになった。

「うわっ」

どんどん強くなる竜巻の風に耐えるように明は両手をついてターニャを見つめた。

竜巻の中心で亜麻色の髪が金色に輝いて踊っていた。

やがて、その金色の光りは髪からターニャの全身を包み込んでまばゆく発光した。

「か、風からエネルギーを得てるのか?」

そう呟く明の目はターニャの存在を確認できず、ただ激しく光る発光体を捉えていた。

「よし!」

ターニャの声が聞こえた。

ターニャは上げていた両手で勢いよく自分の頭を叩くと叫んだ。

「パイルダー、オーン!マジーン、ゴー!」

その叫びと共に竜巻は消え去った。

後には光り輝くターニャの姿があった。

ターニャはぴょんぴょんとその場で軽くジャンプした。

さっきまで金色に光っていた髪は元の亜麻色に戻り、美しく舞った。

「これでよしと」

そう言って明に微笑んだ。

「い、今のがエネルギーチャージ?」

「そうだ」

「最後のなんとかオーンっていうセリフは?」

「特に意味は無い」

そう言ってターニャはヤクザの事務所を眺めた。

「ずいぶん頑丈な造りだな。扉は防弾製で壁はすべて鋼鉄か」

そう呟くターニャを見て明は当初の目的を思い出した。

「ほ、本当に殴り込みをかけるつもり?」

「当たり前だ」

「さっきのはチンピラだったけど今度は本物のヤクザだよ?刀とか拳銃とか持ってるよ?」

「だろうな」

「ムチャだよ!死んじゃうよ!それに君が手加減なしでやったら相手方にも死人がでるかも知れない」

「心配するな。誰も死なない」

ターニャは自信たっぷりに言った。

「な、なんでそんな自信たっぷりに言い切れるんだよ」

ターニャは、はぁ?と言う顔で明を見た。

「お前、この作品のキーワードと前書きを読んでないのか?」

「へ?」

「そこに作者が書いてるだろうが。誰も死なないって」

「そ、それはどういう意味?」

「ごちゃごちゃ、うるせー!」

ターニャは明を殴り飛ばした。

「作者が死なないって書いたから死なないんだよ!わかったか!」

「わ、わかりました」

明は吹き出る鼻血を抑えながら不本意ではあったが納得した。

「ところで」

ターニャは指をポキポキと鳴らしながら尋ねた。

「ここのボスって誰なんだ?」

「ボ、ボス?」

明は鼻血を止めながら聞き返した。

「親玉の事だよ」

「…ヤクザの親玉って言ったら組長かな?」

「そうか。ここのボスはクミチョーって言うんだな」

ターニャは目を閉じて息を整えた。

「よっしゃ!行くぜ!」

そう言って事務所の扉に向かって突進した。

そして跳躍すると空中で一回転して扉に強烈なキックをかました。

ドゴォォン!

轟音と共にその防弾製の扉は粉々に粉砕された。

「な、なんだ?爆弾か?」

「まさか、殴り込み?」

中では複数の慌てふためく声がした。

ターニャは躊躇せずに粉砕された扉の中に走り込むとその場にいた数名をパンチで宙に舞わせた。

「な、殴り込みだ!」

「出会えー!出会えー!」

ターニャのパンチから逃げ延びた数名が事務所の奥に叫んだ。

すると奥からサングラスをした黒づくめの男達がわらわらと現れた。

さっきのチンピラどもとは違う鋭い殺気を放っていた。

その中でも特に体格の良い男がターニャの前に立ちはだかった。

「そこまでだ」

「ほう。少しは骨のあるヤツが出てきたな」

ターニャは嬉しそうに笑った。

男は問答無用で素早い身のこなしから鋭い右ストレートを放った。

それはプロボクサー並のスピードだった。

ターニャはそれを避けようともせず少しかがんで左ストレートを放った。

バキィ!

鈍い音と共に黒づくめの男は前のめりに倒れた。

ターニャのクロスカウンターが決まった。

「なっ!」

「兄貴がやられた!?」

動揺する黒づくめにターニャの膝蹴りがぶち込まれた。

倒れる男の陰に隠れたターニャは次々と男達の足を払った。

バランスを崩して倒れ込む男達一人一人の顔面に次々とターニャの肘打ちがめり込んだ。

拳銃を取り出そうとする男も数人いたが、ターニャはそれを目ざとく見つけ引き金を引く前に叩き落として行った。それでも拳銃を撃つ者もいたが、ターニャの動きが速すぎて狙いをつけられなかった。

ターニャは華麗な踊りを舞うように次々と回し蹴りで黒づくめ共を吹き飛ばした。

黒づくめが全滅すると事務所は大混乱におちいった。

「こいつ、バケモノか!」

「助けてくれぇ」

ターニャは逃げまどうヤクザの集団に飛び込んで行った。

ターニャが飛び込んだ集団からは殴り飛ばされた数人が放り投げられた。

そして次の集団に飛び込んで行くと、その集団からも数人が放り投げられた。

暴れまくるターニャを事務所の3階から鋭い目つきで見つめる男がいた。

体格の良いその男は角刈りの下の蛇のような細い目でターニャの姿を観察していた。

「コルク重曹さん。お願いします」

重曹(じゅうそう)と呼ばれたその男はスナイパーライフルを片手にゆっくりと立ち上がった。

白いスーツをビシッと着こなしていた。

「心配するな。俺のターゲットスコープから逃れた者はいない」

葉巻に火をつけてゆっくりと煙を吐き出すとスナイパーライフルを構えた。

そしてターゲットスコープにターニャの姿を捉えた。

ターニャはものすごいスピードで暴れ回っていたが重曹の驚くべき動体視力はその姿を適格に捉えていた。

「貰った」

重曹が引き金を引こうとした瞬間にスコープの中のターニャが重曹を見つめた。

「なにっ?」

次の瞬間、ターニャの姿はスコープから消えていた。

重曹は唸った。

「あの距離で俺が狙っているのに気がついたのかっ」

重曹はライフルをおろして辺りを見渡した。

ターニャの気配は何処にもなかった。

「重曹さん!上です!上!」

重曹は天井を見上げた。

ターニャの姿があった。

ターニャは一階から跳躍すると天井を蹴って重曹に突進して来た。

「ちっ」

重曹はライフルを撃った。

弾丸は亜麻色の髪をかすめた。

「うぉぉぉっ!」

ターニャのライダーキックが重曹の顔面に炸裂した。

「組長!逃げて下さい」

組長と呼ばれたハゲ頭のでっぷりした男は事務所の一番奥の部屋で歯ぎしりしていた。

「くそう!もはやこれまでか。腹黒電力の社長に電話をしておけ」

そう言って奥の壁のエレベーターのスイッチを押した。

「逃がすかぁぁっ!」

ハゲの組長が振り向くとターニャが土煙をあげながら突っ込んで来た。

「あわわわっ!」

「ロケット、パーーンチ!」

ターニャのパンチがハゲの後頭部にめり込んだ。




明と美樹の二人は事務所の前で立っていた。

事務所からは轟音が響き、時おり銃声も聞こえた。

大勢の人間の悲鳴のようなものも聞かれ、鋼鉄製の建物が激しく揺れ今にも倒壊するのではないかと思われた。

明は心配そうだったが、美樹は不満そうだった。

「もう。せっかくお姉様の華麗な戦闘シーンを記録しようと思ってたのにぃ」

家から持って来たビデオカメラを片手に怨めしげに明を睨んだ。

「バカ。あんな中に入ったら死んじゃうぞ」

「でも、お姉様は死なないって言ったんでしょ?」

「そんなのアテになるか。あの子はなんか訳の判らない事言ってたし。死なないにしても大ケガするかも知れないだろ?」

「でもでもぉ」

美樹はふくれっ面だった。

「あの子、ホントに大丈夫かな?あっ」

粉砕された扉の中からターニャが現れた。

右手でハゲを引きずっていた。

「よっと」

そう言って二人の前にハゲを放り投げた。

ハゲは気絶していた。

「こいつがクミチョーだ。ボスを倒したぜ」

そう言って笑ったターニャが美樹を見てギクリとした。

「良かった。無事だったんだね?」

駆け寄る明に手を振って、ターニャは恐る恐る美樹を見た。

「そいつ、大丈夫なんだろうな?もう精神攻撃はして来ないだろうな?」

「えっ?あれ、美樹どうしたんだ?」

美樹は羨望の眼差しでターニャを見ていた。

「…お姉様、スゴイ。あたしなんかが手を触れちゃいけない存在だわ。あぁ、お姉様ぁ」

そう言って美樹はその場にひれ伏した。

「新興宗教かよ、お前は。って、ホントにヤクザをやっつけちゃったの?」

ターニャは美樹が抱きついて来ないので安心したようだった。

「あぁ。このハゲがその証拠さ。久しぶりに良い運動したぜ」

ターニャはハゲを掴んでいた右手をぐるぐると回して明に微笑んだ。

「それで、この街にもう悪はいないのか?」

「いや、そうはいかん」

いきなり老人の声がした。

原発の前で最後まで抵抗していた老人だった。

「おじいちゃん!」

明と美樹が同時に叫んだ。

「原発を再稼動させようとしているのは腹黒電力だ」

老人は厳しい声で言った。

「…原発か。確かにあれは悪だな」

ターニャは呟いた。

「じゃあ、その腹黒電力とやらが次のボスか?」

「それがちょっと面倒な事になっておってな」

「おじいちゃん、面倒な事って?」

そう尋ねる明に老人は答えた。

「まぁ、それは来れば判る。とにかく三人とも車に乗れ」

老人は自分の運転して来た車に歩き出した。


「ねぇねぇ、おじいちゃん!お姉様ってホントにスゴイんだよ!」

車の中では美樹が興奮しながら喋っていた。

「そうだな。あの腹黒組を一人で壊滅させちまうんだからなぁ」

老人は車を運転しながら感心したように言った。

「ふん。あれくらい朝飯前さ」

ターニャは美樹が抱きついて来ないので安心していた。

とは言っても、べったりと隣に座る美樹を警戒していた。

「なぁ。あのハゲ、ほっといても良かったのか?」

「腹黒組は何処かの組織の傘下にあるわけじゃない。あれだけやられたら再起はできんじゃろう」

「それより、おじいちゃん。面倒な事ってなんなの?」

「あれだ」

車は腹黒電力の本社ビルの前で止まった。

「え?ええっ!」

車から降りた明は絶句した。

本社ビルの前はジュラルミンの盾を持った数十人の人間で堅められていた。

「あれって機動隊じゃないか!」

「ふうん。無法都市と言っても警察はいるんだな」

「ふん。ここの警察なんざ企業と癒着した私設軍隊みたいなもんだ」

老人は吐き捨てるように言った。

「ど、ど、ど、どうするの?」

明はうろたえていた。

「決まってるじゃねえか」

ターニャは不敵に笑った。

「悪はブチのめす!」

ちょ、ちょっとターニャさん?

相手は警察ですよ?

まがりなりにも国家権力ですよ?

さっきのヤクザとは訳が違いますよ?

「キャー!お姉様、カッコ良い!」

美樹が無邪気に手を叩いた。

「…お前なぁ」

明は頭を抱えた。

「おじいちゃん?」

「ここの警察なんざ一度、叩きのめしてやった方が良いんだが」

ダメだ。

じいちゃんも戦闘モードに入ってる。

「しかし、奴らは訓練を受けている戦闘のプロだ。ヤクザどもとは違う。どうする?」

「そうだなぁ」

ターニャは機動隊を見ながら考え込んだ。

「あの手で行くか」

ターニャは美樹を手招きした。

「お前、ちょっと来い」

「えっ?あたし?」

美樹はターニャに呼ばれて嬉しそうに跳び跳ねた。

「お前にはアタシのサポートキャラになって貰う」

「サポートキャラ?わかりましたっ!」

美樹はびしっと敬礼した。

「ねぇ、何を始めるの?」

明は不安そうに尋ねた。

「サポートキャラだ」

いや、そのサポートキャラってのが判らないんですけど。

「こいつはバリアーで守られるから心配するな」

いや、そもそも何をしようとしているの?

「今からエネルギーチャージするから離れてろ」

明はあきらめたように離れた。

「今からアタシとお前にエネルギーチャージするから目をつむってろ」

「はい。お姉様」

美樹は何の疑いも持たずに目を閉じた。

二人の周りに風が渦巻き竜巻が発生した。

亜麻色の髪が発光し二人の身体を包んだ。

ターニャは両手を上げて叫んだ。

「オーラ(ちから)よ!アタシに集まれ!」

ターニャが叫ぶと二人の身体は先ほどより激しく発光した。

「うわっ!」

明は思わず目を閉じた。

そして再び目を開けると竜巻は消え去り、眩しく光るターニャがいた。

しかし、美樹の姿が無い。

「み、美樹は?」

「チャムなら、ここだ」

チャム?

あのー、チャムって誰ですか?

「あたしは、ここだよ〜」

ターニャから美樹の声がした。

よく見るとターニャの肩に20センチくらいの美樹が乗って手を振っている。

「み、美樹!お前?」

「美樹じゃない。チャムだ」

だから、チャムって誰なんだよ?

「チャム。気分はどうだ?」

「良好です!お姉様のお役にたてるなんてチャムは幸せです!」

美樹はチャムとやらになりきっている。

「じゃ、そろそろ行くか」

ターニャは右手を上げて叫んだ。

「チェェンジ、ドラゴン!スイッチ、オン!」

あのー、ターニャさん?

なんか混ざってますけど?

「ところで」

ターニャは明を振り返った。

「今度のボスはなんて言うんだ?」

「え、えーと。会社だから社長かな?」

「シャチョーか。了解」

そう言うとターニャは機動隊に向かって歩き出した。

「いいか、チャム。お前は心を鎮めてアタシの精神(こころ)とシンクロしてくれ。それでアタシはハイパー化できる」

「お姉様とシンクロ…。わかりました」

チャム(美樹)はそっと目を閉じた。

「うわっ!」

ターニャはびっくりして声を上げた。

チャムが目を閉じた瞬間にターニャとシンクロしてしまったからである。

「スゴイな、お前。早くても5、6分。シンクロできないヤツもいるのに」

「あたしとお姉様の愛の力ですわ」

ターニャはそれを無視したが、チャム(美樹)との相性の良さは認めざるを得なかった。

「あー、あー、そこのテロリスト聞こえるか?繰り返す。テロリスト聞こえるか?」

機動隊に向かって歩いて行くターニャに拡声器の声が響いた。

「テロリスト!?」

思わず明は呻いた。

「ちくしょう!そう言う事になってるのかっ」

明は拳を地面に叩きつけた。

ターニャは拡声器の声など無視するように歩き続けた。

機動隊の車両の屋根で一人の機動隊員が拡声器で呼びかけ続けた。

「テロリスト。君の身柄を拘束する。ただちに止まりなさい。繰り返す。ただちに止まりなさい」

ターニャは傍らの小石を拾い上げた。

「オーラシュート!」

ターニャの右手が一閃した。

その手から放たれた小石は一直線に拡声器を持った隊員に飛んで行った。

「ぐえっ!」

拡声器を持った隊員のヘルメットが砕け散り、そのまま車両の屋根から転げ落ちた。

「隊長!目標は抵抗をするようです」

「ぐぬぬっ」

隊長と呼ばれた男は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「かまわん!どんな手を使ってでもヤツを止めろ!発砲も許可する」

「はっ!」

隊員達は機関銃を持って隊の全面に整列した。

「た、隊長!」

一人の若い隊員が隊長に詰め寄った。

「相手は未成年の少女ですよ?自分は承服しかねます」

ふん、と隊長はせせら笑った。

「腹黒電力の社長からの要請は聞いているだろう。あの腹黒組があいつ一人によって壊滅したんだぞ。これで腹黒組からの金も入らなくなった。あんな小娘が死んでもすぐに揉み消せる」

「ぐっ」

若い隊員は叫んだ。

「それでも我々は警察ですか!我々、警察は市民の安全を守る為に存在するんじゃないんですかっ!」

「青くさい事を言うな」

隊長は不敵に笑った。

「この腹黒市でそんな一般論が通用するか。腹黒電力からも多額の金を貰ってるんだ。お前も早く持ち場に着け」

若い隊員は警察バッジを破り取ると地面に投げつけた。

「自分は今日限りで辞めさせていただきます。これ以上は付き合いきれません」

そう言って歩き去った。

「好きにしろ」

隊長は振り向きもせず言った。

「お前は職場放棄として厳罰を下してやる。機関銃部隊、用意はいいか!」

歩き続けるターニャの前方に機関銃部隊が整列していた。

「お姉様。機関銃よ」

肩に乗ったチャムが囁いた。

「心を鎮めろ。ハイパー行けるか?」

「もちろん」

「よっしゃ!行くぜ!」

ターニャは猛然と走り出しながら叫んだ。

「ハイパァァァ、ターニャァァァ!」

走り出したターニャの身体は七色の光りに包まれた。

「目標、接近して来ます!」

「機関銃、斉射!」

ダダダダッ!

一斉に機関銃が火を吹いた。

「オーラ、バリアァァァ!」

機関銃の弾丸は七色の光りに全て弾き返された。

「隊長!機関銃が効きません」

「なんだと?」

隊長は椅子から転げ落ちそうになった。

「そんなものが効くかぁ!このアタシのオーラ力に!」

機関銃部隊に走り込んだターニャは一台の機関銃をむんずと掴んだ。

そして、それを振り回して残りの機関銃を次々と吹き飛ばした。

「第2部隊、整列!」

隊長のかけ声でジュラルミンの盾を持った部隊が押し寄せて来た。

「へっ!」

ターニャは不敵な笑みを浮かべてジュラルミンの盾に回し蹴りを喰らわした。

蹴りを喰らった隊員は盾ごとふっ飛んで行った。

背後から一人の隊員がターニャの肩を掴んで放り投げた。

「甘い!」

ターニャは空中で一回転すると、その隊員の顔面にキックをぶち込んだ。

掴みかかろうとする隊員達を次々と殴り飛ばして回った。

機動隊は総崩れとなった。

「隊長、部隊は壊滅的被害を受けております」

隊長は機動隊を載せて来た装甲車両に乗り込もうとしていた。

「やらせはせん!やらせはせんぞぉ!」

けたたましい音を立てて装甲車両は発進した。

「やらせはせんぞぉ!」

隊長の目は血走っていた。

機動隊をあらかた片付けたターニャの耳にその爆音が響いた。

装甲車両が土煙を上げながらターニャに突進して来た。

「お姉様。あれ体当りをするつもりよ」

必死にターニャにしがみついていたチャムが言った。

「あぁ。最後のオーラ力をヤツに叩きこむ」

「はい。お姉様」

ターニャの身体は再び七色の光りに包まれた。

そして突進して来る装甲車両に向かって走り出した。

「シャィィン、スパァァァク!」

そう叫ぶとターニャは七色の光りの(かたまり)から跳躍した。

装甲車両と光りの塊は真正面からぶつかった。

そして大音響を上げて装甲車両は爆発した。




明と老人は炎上する装甲車両を見て立ちつくしていた。

炎が燃えさかり、辺りは黒い煙で覆われた。

「だ、大丈夫かな?おじいちゃん?」

明の声は震えていた。

誰が見ても大丈夫じゃない光景だった。

「しっ」

老人が何かを見つけたようだ。

「え?あぁっ!」

明は思わず歓声を上げた。

煙の中からターニャと美樹が現れた。

美樹は元の姿に戻っていた。

「二人とも無事だったんだ…」

明は腰が抜けたようにへたり込んだ。

ターニャは誰かを引きずっていた。

「よっと」

二人の目の前に来たターニャは、その人物を地面に放り投げた。

機動隊の隊長だった。

隊長は白目をむいて口から泡を吹いていた。

「お姉様が助け出したのよ」

美樹が嬉しそうに言った。

「二人とも無事で良かった。よくやったな」

歩み寄った老人にターニャが答えた。

「こいつのおかげさ。こいつの精神エネルギーはかなりのもんだ」

ターニャは美樹の頭をポンポンと叩いた。

「あたしもお姉様と一つになれて嬉しかったですぅ。あぁ、もうお嫁に行けないっっ」

美樹は両手を頬に当ててぷるぷる震えた。

「あのー、美樹に何したの?」

明がジト目でターニャを見た。

「シンクロしただけだ。それより」

ターニャは右手をぐるぐる回した。

「ボスのシャチョーを倒さなくていいのか?」

「いや、その必要はないでしょう」

背後からいきなり声がして、皆はびっくりして振り返った。

機動隊の服を着た若い男が立っていた。

ターニャは皆を守るように素早く男の前に出た。

「あー、君達に危害を加えるつもりはありません。お礼を言いたかったものですから」

男は両手を上げた。

「お礼?」

「そいつですよ」

男は白目をむいている隊長をみやった。

「そんなヤツですが元上司ですので。助けてくれてありがとうございました」

ターニャは警戒をゆるめた。

「あんた、悪いヤツじゃなさそうだな」

「少なくとも、あなた方の敵じゃありません。私の名前は美青年了…ぐわっ!」

(りょう)はターニャに殴り飛ばされて転がった。

「やめろって。たぶん本名だよ」

明はやれやれと言った感じでターニャの肩に手をかけた。

「本当か?」

「は、はい。はは、ホントに元気なお嬢さんだ」

了は鼻血を押さえながら苦笑した。

「ところで…」

明が了に話しかけようとした時、老人がでかい声を出した。

「なんで、ワシには名前が無いんだ!」

…じいちゃん…気にしてたんだ。

「ワシは2行目から登場しとるぞ!なんでそのワシに名前が無いんだ!」

明は額を押さえた。

…じいちゃん、気持ちは判るけどまた話が前に進まなくなるよ。

そんな中、美樹がとりなすように言った。

「おじいちゃん。気持ちは判るけど、さすがに美老人とかは付けられ無いよ〜」

「付ける?誰が付けるんだ?」

老人Zはまくしたてた。

「あっ、Zが付いた。良かったねぇ、おじいちゃん」

「Z?そんなもんに何の意味がある?」

老人Zは納得していないようだった。

「とにかく」

明は咳払いした。

「腹黒電力でなにかあったんですか?」

「ああ。彼女の暴れっぷりを見て幹部連中がびびってしまってね。このままだと会社が潰されるって」

「そうだったんですか」

「それで原発再稼働はしばらく見送る事にしたそうだ」

了は笑いながら言った。

「…しばらく、ですか」

明の呟きに了はまじめな顔つきになった。

「ああ。いずれにせよ国会で再稼働が閣議決定されれば再稼働は時間の問題だろう」

皆は押し黙ってしまった。

「国会…国会ねぇ」

ターニャの呟きに明はギクリとした。

まさか?

まさか、ターニャさん?

「その国会ってのは何処にあるんだ?」

「ん?国会議事堂の中だが」

了が答えた。

「国会議事堂は何処にある?」

「東京だよ」

「直線距離で200㎞か」

ちょ、ちょっとターニャさん?

あなた、まさか?

「決まりだな」

ターニャはニヤリと笑った。

き、決まりって何が?

「国会議事堂に殴り込みだ!」

言っちゃった。

言っちゃったよ、この子。

「タ、ターニャ!」

明は叫んだ。

「君は自分が何を言ってるのか判ってるの?」

「殴り込みだ」

「だーかーらー」

明はじたんだを踏んだ。

「国会はこの国の最高権力機関だよ。さっきの地方都市の警察なんかとはケタが違うんだよ!」

「それが、どうした?」

ターニャは動じない。

「悪はブチのめす!」

マジだよ。

マジだよ、この子。

マジで国を相手にケンカするつもりだよ。

「…それもいいかも知れん」

老人Zが言った。

「今のこの国はおかしくなっとる。一度ぶち壊した方が良いのかも知れん」

「そうですね」

了も同調した。

「一度ぶち壊してから新たな秩序を構築した方が良いのかも知れません」

「ちょ、ちょっと!」

明は再び叫んだ。

「皆、マジで言ってるの?」

「いや、我々が何を言っても」

了はターニャをちらりと見た。

「このお嬢さんがやると言ったら、やってしまうんだろう」

「わかってんじゃねーか」

ターニャは親指を突き立てポーズを決めた。

「はぁ」

明はため息をついた。

「男なら腹をくくれ」

老人Zが明の背中を叩いた。

「あたしは何処までもお姉様に付いて行きます」

美樹は真剣な表情だった。

「たとえ、地獄の業火に焼かれても」

お前は殉職者か。

明は疲れきりながらもツッコミを入れた。

「さて、どうやって国会議事堂に行くかだが」

「それは私に任せて下さい」

老人Zの問いに了が答えた。

「警察車両を使いましょう。腹黒警察から警視庁に連絡が行っているでしょうから、かなり警戒されていると思います。私は情報解析部門でしたから私の車両はGPSでも探知されません。色々な情報も入手できますよ」

もう国会議事堂への殴り込みは決定事項のようだ。

明はあきらめてターニャに声をかけた。

「あの。なるべく穏便にね。あくまで原発再稼働を止めるだけだから」

「それは相手の出方しだいだ」

あのー。

それがとても不安なんですけど。

「それじゃ、国会議事堂にレッツゴー!」

美樹の明るいかけ声で、皆は了の警察車両に向かった。




「やはり、我々はかなり警戒されているみたいですよ」

警察車両を運転しながら了が言った。

「テレビでも実際よりも大げさに報道されてます」

了は苦笑した。

「ところで」

ターニャが明に尋ねた。

「国会の親玉って誰なんだ?」

「総理大臣だよ。今は安屁(あへ)って言う人がやってる」

「なるほど。そいつがラスボスだな」

ターニャは楽しそうだった。

いや、ラスボスって。

穏便にって言ったでしょ?

「着いたよ」

了は国会議事堂の近くに車両を停めた。

車両を降りた明は再び絶句した。

「じ、自衛隊…」

「ほう。戦車や対空ミサイルもおるのう」

「ど、ど、ど、どうするのさっ!」

明はまくし立てた。

「これじゃ戦争だよ!いくら君が強いからって個人でどうこう出来るレベルじゃないよ!」

「うーん」

ターニャは自衛隊を見ながら考えていた。

「仕方ない。ここは究極奥義を出すか」

「き、究極奥義?」

「ああ。イデの無限力(むげんちから)を発動させるんだ」

またワケのわからない単語が出て来た。

イデって何?

無限力って何なの?

「あのー、イデって何ですか?」

「お前、イデを知らないのか?」

いや、そんなびっくりした顔をされても困るんですけど。

「イデと言うのは第六文明人が造り上げた意思の集合体で、その無限力はそれこそ無限の莫大なエネルギーを持ち…」

「わかった、わかった」

話が電波の方に行きそうなので明は切り上げた。

「それで、そのイデってのを発動させるの?」

「ああ。しかし相手は無限力だ。このアタシでも発動できるかどうか」

「そ、それじゃどうするんだよ?」

「そこでだ」

そう言ってターニャは皆を見回した。

「お前らの出番だ」

皆は怪訝(けげん)な表情をしている。

「イデは()き心によって正しく発動する」

ターニャは続けた。

「お前らは善き心を持ってるからな」

そう言ってニヤリと笑った。

「善き心…」

「皆、手をつないでアタシの周りを囲んでくれ」

明と美樹と老人Zと了は、手をつないでターニャを囲んだ。

「今からイデを呼び出し無限力を発動させる。うまくいくかどうかはやってみなきゃわからない。でも皆がいれば大丈夫だ」

全員が真剣な顔つきになった。

「そんなに緊張するな。目を閉じてリラックスしろ」

ターニャは笑いながら言うと直立不動で空を見上げた。

竜巻が起こった。

今までよりも数倍激しい竜巻だった。

「イデよ!善き心によって目覚めよ!」

ターニャが叫ぶと空は暗雲に包まれた。

暗雲の中にイデのサインが浮かぶと激しい稲光(いなびかり)がターニャ達を襲った。

「うわっ!」

「きゃっ!」

「ぐっ!」

「ううっ!」

「心を平静に(たも)て!イデに流されるな!」

激しい稲光は数分続いた。

ターニャ達が吹き飛ばされそうになった時、ふいにそれは止んだ。

辺りを静寂が支配した。

「よし」

ターニャが呟いたので皆は目を開けた。

ターニャの姿は変わらなかったが、なにか莫大なエネルギーを秘めているように見えた。

自分達の中にもなにか強い力が宿ったように感じた。

「…これが無限力?」

「そうだ。イデは発動した。後はこれを制御するのがちょっとやっかいだが」

ターニャは微笑んだ。

「なんとかなるだろう」


遠くでバタバタと大勢の人が移動する気配がした。

「しまった!」

車両に取りついていた了が舌打ちした。

「今の儀式をしている間に包囲された」

「あら、大変」

「少人数のワシらが包囲されるとやっかいじゃな」

「ど、ど、ど、どうするの?」

「よし。翔ぶぞ」

「ええっ!?」

ターニャ以外の全員が声を上げた。

「と、翔ぶって?」

「イデが発動したんだ。空くらい翔べる。全員集合!」

ターニャのかけ声で皆が集まった。

「これから翔ぶ。少し危険な目にあうかも知れないがアタシを信じてくれ。いいか。常にアタシを信じるという気持ちを持ち続けてくれ」

ターニャの言葉に皆は神妙な面持ちでうなづいた。

「時間がない。行くぞ!」

ターニャが跳躍した。

それと一緒に皆の身体も浮き上がった。

ターニャ達は一気に高度300mの位置まで飛翔した。

「よし。国会議事堂とやらが丸見えだぜ。突っ込むぞ」

ターニャがそう言った瞬間、轟音が響いた。

「なっ?」

「対空ミサイルを発射しやがった」

「え〜、ミサイル〜〜」

「バカなっ!こんな都心の真ん中で!」

ターニャはミサイルに向かって突っ込んで行った。

「タ、ターニャ!逃げなくちゃ!」

「アタシ達が逃げたら、あのミサイルはどうなる?」

「そうだ!都心のどこかに命中するぞ!」

「で、で、で、でもどうするのぉ?」

「なんとかする」

ミサイルはターニャ達の目前まで迫っていた。

「うおぉぉぉぉっ!」

ターニャは両腕を突き出した。

両腕と髪が激しく発光した。

バシッ!

ターニャは素手で突進して来るミサイルをつかんだ。

「無限力ををををっ!」

ターニャとミサイルは空中で激しくぶつかりあった。

「なめるなぁぁぁぁっ!」

そう叫んだターニャはミサイルを上空に放り投げた。

そして、素早くそれを反転させると国会議事堂に叩き込んだ。

ドゴォォォン!

ミサイルは国会議事堂のてっぺんに命中して大爆発を起こした。

しかし、何かのバリアーに包まれているように議事堂の敷地の境界線で爆炎も爆風も遮断された。



「…お姉様、スゴイ」

「まさか、ミサイルを素手でつかむとはな」

「しかし、これで被害は最小限で済んだ」

「あわわわわわっ」

ターニャ達は国会議事堂の頭上に飛来した。

議事堂の天井は崩れ落ち、激しい炎と煙を上げている。

戦車にはミサイルの破片が突き刺さっていた。

自衛隊員達は右往左往していて、全く統制はされていないようだった。

「アへ総理とやらは、あの中にいるのか?」

「うーん。首相官邸にいるのかも知れないし、ここからではちょっと判らないな」

「いるわ!」

突然、美樹が叫んだ。

「み、美樹?」

「感じるのか?」

「はい。お姉様」

そう言って美樹は了を向き直った。

「了さん。ここの地下って?」

「うん。防空壕があるが」

「…そこに、いるわ」

美樹は確信したように呟いた。

「よっしゃ。降りるぞ」

五人は半壊した議事堂に降り立った。

辺りには所々で激しい炎が燃え盛っていた。

「こんな状態でも全く熱さを感じない。これも、その、なんとか力のおかげか?」

「…無限力だよ。じいちゃん」

明は疲れ果てていた。

目眩がしそうだった。

このターニャという少女とは今日初めて会ったのに、それからの展開が凄まじかった。

たった一日で何年も経ったような感覚だった。

自分のような無力な凡人には刺激が強すぎる。

明は、そう感じていた。

「その、防空壕とやらは何処だ?」

「ここが衆議院の本会議場だから…こっちだ」

そう言いながら了は美樹に目で確認をした。

「…ええ。そっちにいるわ」

五人は防空壕に向かって歩き始めた。

途中で大きな瓦礫がいくつもあったが、ターニャがパンチで粉砕した。

了は時々、立ち止まって辺りを確認しながら的確に防空壕に向かって行った。

「お前、この中詳しいなー。来た事あるのか?」

ターニャが感心したように言った。

「いや、ここまで車を運転している間に、ここの内部構造を頭に入れておいたのさ。裏情報もね」

「へぇー、使えるヤツ。使えないのもいるけどな」

そう言ってターニャは明を振り返って、きししと笑った。

「…どうせ僕なんて何の役にもたたないよ」

明は歩くのを止めてうつむいてしまった。

ターニャが駆け寄って来た。

「冗談だ。すまん」

「…いいよ。僕なんて無力で何もできない人間なんだ」

「イデの発動はお前がいたから出来たんだぞ?誰が欠けてもダメだった。皆がいたから出来たんだ」

「………」

「このっ!バカ野郎!」

ターニャは明をぶん殴った。

ふっ飛ばされた明は転がった。

「自分は無力?何もできない?ふざけんなっ!」

ターニャの怒鳴り声が響いた。

「自分で自分の限界を決めてどうする?最初からなんでも出来る人間なんているかっ!皆、壁にぶつかってそれを乗りこえようともがいてるんだ!お前はそれもしないであきらめてるだけだ!もっと自分の可能性を信じろ!それでも男かっ!キンタマついてんのかっ!」

それでも明は無言だった。

「この野郎!」

「やめろ!」

了が二人の間に入った。

「明君だってわかってるはずだ。今は仲間割れをしてる場合じゃない」

老人Zが明に手をかけた。

「とにかく立て、明。今は前に進むしかない」

ふらりと立ち上がった明に美樹が寄り添った。

「明ちゃん。明ちゃんがいるからお姉様は無限力を制御できてるのよ?あたしにはわかるの。明ちゃんは必要な人間なの」

明は無言のまま歩き出した。

ターニャはまだ何か言いたそうだったが、プイと前を向いて歩き始めた。

やがて五人は地下に降り鋼鉄製の扉の前にたどり着いた。

「ここが防空壕の入口だ」

ターニャはゴンゴンと扉を叩いた。

「ずいぶんと頑丈な扉だな」

「15㎝の鋼鉄製だ。どうする?」

「へっ。下がってろ」

ターニャは助走をつけて走り出すと扉にキックをかました。

轟音と共に扉は破壊された。

「やった!」

その時、美樹が叫んだ。

「お姉様!」

ターニャが倒れていた。

皆は慌てて駆け寄った。

「大丈夫か?」

「…う、ちょっと、無限力の…制御が…」

防空壕の中できしんだ機械音がした。

5mほどの四つ足のロボットが現れた。

ロボットの操縦席で、アへ総理が不敵な笑みを浮かべていた。

「第6世代バイオコンピューターを使った戦闘ロボット?完成していたのか!」

「どうするの?お姉様がこんな状態じゃ」

「今は逃げるしかないじゃろ」

「逃げると言っても…明君!?」

ロボットの前に明が立ちはだかった。

「僕が皆の和を乱したからターニャが制御不能になったんだ!皆、逃げて!」

「し、しかし君はどうする?」

「いいから逃げて!」

明は何も考えられなかった。

ただ、皆を守らねばと思っていた。

戦闘ロボットの前足がゆっくりと持ち上がった。

明を叩きつぶそうとしているようだ。

「うおぉぉっ!」

明は両手を上げて叫んだ。

明の両手がわずかに発光していた。

振りおろそうとされていたロボットの前足が止まった。

両者の力がせめぎあっていた。

しかし明の方が押されている。

「ちっくしょおっ!」

「明!下がれ!」

叫び声と共にターニャが明の脇をすり抜けた。

そのままロボットに右ストレートを叩き込んだ。

バランスを崩したロボットの側面に回り込んでその側面を掴んだ。

「あわわっ」

操縦席ではアへ総理が慌てていた。

ターニャはロボットをひっくり返すと跳躍してライダーキックをぶちかました。

「くだけちれぇぇぇっ!」

ロボットは完全に機能を停止した。

「ターニャ、大丈夫かい?」

明はターニャを心配そうに見つめた。

「ああ。お前のおかげだ」

「え?」

「お前の気持ちが流れ込んで来て、無限力を制御できた」

ターニャは近づいて来て右手を上げた。

明も右手を上げた。

パンッ!

二人はハイタッチを交わすとターニャは明の手を強く握りしめた。

ターニャの(ぬく)もりが感じられた。

「やれば出来るじゃねーか。ちゃんと付いてたみてぇだな」

「…はは」

「さっきの気持ちを忘れるな。もっと自分に自信をもて」

そう言ってターニャは微笑んだ。

初めて見る優しくて美しい微笑みだった。

「…おい」

「へ?」

「いつまで握ってんだよ」

ターニャは少し恥ずかしそうだった。

「あ!ゴ、ゴメン」

明は慌てて手を話した。

二人はしばらく見つめ合っていた。

「さてと」

ターニャはロボットを見上げた。

「最後の仕上げと行くか」

軽くジャンプしてロボットに飛び乗ると操縦席をぶち破ってアへ総理を引きずり出した。

皆もターニャと総理の回りに集まって来た。

「おい、起きろ」

ターニャは総理の頭を掴んでびしびしと顔を叩いた。

「う、う〜ん…ひっ!い、命ばかりはお助けを」

「はぁ?お前の命にそんな価値はねぇよ」

ターニャはぐいっと顔を近づけた。

「原発の再稼働を止めろ」

「へ?」

「再稼働を止めろと言っている」

「げ、原発は100%安全だ。調査委員会からの報告も来ている…うげっ!」

ターニャは総理の頭を踏んづけた。

「お前はバカかっ!人間が造ったものに100%安全なんてものがあるかっ!」

なおも、げしげしと踏んづけた。

「なんか事があると想定外とかぬかしやがって。人間の考える想定なんてもんが自然現象に当てはまるか!」

「し、しかし…ぐえっ!」

ターニャは総理を蹴り飛ばした。

「うるせー!大体、核のゴミだって穴を掘って埋めるだけだろうが。今の人類の科学力じゃ放射性物質を無害化する事はできねーんだよ。そんなもんを作り続けてどうすんだ!」

総理は息も絶え絶えだった。

「とにかく原発の再稼働は止めろ。わかったかっ!」

「わ、わかりましたぁ」

フンと、ターニャは髪をかき上げた。

「終わったな。帰るぞ」

そう言って歩き出した。

ターニャの後を歩きながら老人Zは了に話しかけた。

「どう思う?」

「さあ?政治家や官僚は様々な団体と癒着してますからね。こればかりはなんとも」

「そんな事は」

ターニャが振り返った。

「お前ら国民が決める事だ。これ以上アタシは面倒みきれん」

五人は議事堂の外に出た。

「じゃあ、これから腹黒市までテレポートするぞ」

「テレポート?」

「アタシらテロリストって事になってんだろ?ぐずぐずしてたら拘束されちまうぞ?200㎞もテレポートすりゃ発動した無限力も無くなるだろう。全員集合!」

皆はターニャの周りに集まった。

「この火災はどうするの?」

「議事堂の敷地外には出ない。議事堂を燃え尽くせば消えるだろう。行くぞ」

ターニャ達はまばゆい光りに包まれた。

そして、次の瞬間には腹黒原発の前に立っていた。

空は夕焼けに染まっていた。




「やれやれ」

ターニャは大きく伸びをした。

「全て終わったな」

「長い一日だったわねぇ」

「…長すぎるよ」

明は原発を見上げた。

ここでターニャと出会ったんだ。

そして凄まじい体験をした。

自分は少しは変わっただろうか?

いや、変わらなきゃいけない。

明は自分の拳を握りしめた。

「でもでもぉ。国民議事堂を壊しちゃって大丈夫かしら?」

今さらかよっ。

明は久しぶりのツッコミを入れた。

「まぁ、議事堂が無くても国会は出来るからね。今の内閣は潰れるだろうけど」

了は苦笑した。

「後はワシらの問題だ。自分の国だ。国民一人一人が真剣に向き合うべきじゃろう」

老人Zが続けた。

「じゃあ、これでお別れだな」

「ええっ!」

全員が声を上げた。

「アタシにずっとここにいろって言うのか?アタシはこれでも忙しいんだ」

「お姉様ぁ…」

美樹は涙目だった。

ターニャは優しく美樹の頭をなでた。

「お前の精神エネルギーは素晴らしい。それを良い事に使え」

ターニャは美樹のほっぺたにキスをした。

「あぁ、お姉様ぁ…」

美樹は失神した。

「お前にも世話になったな」

「それはこちらのセリフですよ。ありがとうございました」

「こいつらの事なんだが…」

「任せて下さい。ほとぼりが冷めるまで僕が責任を持って保護します」

「お前に任せときゃ安心だな」

ターニャと了はがっちりと握手した。

「お別れだ。じいさん」

「ああ。あんたもあまりムチャをするな。自分の力を過信しちゃいかん」

「じいさんらしいな」

ターニャは苦笑しなから老人Zと握手した。

最後にターニャは明と向き合った。

二人は無言だった。

亜麻色の髪が夕陽に染まって美しく輝いていた。

ターニャがぽそりと言った。

「良い大人になれよ」

「うん。頑張るよ」

不意にターニャの両手が明の顔を優しく包んだ。

そのまま明の唇に口づけをした。

甘い香りがした。

「それじゃ、皆、元気でな」

ターニャは夕焼けの中で消えて行った。

失神している美樹をのぞいた全員がしばらくターニャが消えた夕焼けを見つめていた。

「結局、ワシは老人Zのままか!」

…じいちゃん。

最後のセリフがそれ?

明は最後のツッコミを入れた。







おしまい

作中に懐かしアニメがいくつか出て来ますが判る人いるかなぁ。

読んで頂いて本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スカッとするストーリーで良いと思います!昔のアニメの必殺技名が出てくる所は懐かしく思いながら笑ってしまいました^_^次回は是非《ブレストファイヤー!》も盛り込んで下さい^_−☆ [気になる…
[良い点] とにかく痛快です。特に明のキャラが面白い。頭も顔もよさそうなのに、なんとなく運が悪そうな・・・。ターニャ語単細胞らしいのといいコンビです。途中、どこでしたか、「言い切った、言い切ったよこの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ