冷気制御<ラジエーター>
第一話より二か月ほど前の話です。
今回も残念な言語力です。それでも良ければ、どうぞ。
6月10日、昼。
雲ひとつない空。言うなれば、晴天。
そんな空を眺めつつ、八尋は自転車に跨ぎ、両手でハンドルをしっかり握ってゆっくりとペダルに足をかける。
そして、足に力を込める。
まったりと自転車を漕ぎながら、八尋の唇から小さな歌が漏れ出す。
『休暇』。その言葉が八尋の頭をぐるぐると回っていた。
誰にも支配されず、自由で気軽な一日。こんな日を無駄にする訳がない。
八尋が向かっているのは。
『能力測定所』。
科学が発達、そして生活に実用出来る超能力を手に入れた人間達に、これまた科学でつくられた無人の建物。
殆どの市区町村にあり、外見は小さな病院のようなもの。
それは<能力>がどれ程実用性に長けているものかを判定するための公共施設であった。
何故そんな無機質なものに八尋が期待しているのか、というと。
その目的は、「自らの成長が見られるから」。
勿論、能力値は勝手に上がるものでもなく、そして必ず誰でも上げることができる訳じゃない。
元から八尋は<無能力者>。能力値は100まであるというのに、たった10だかその程度。能力値は低いほど伸びも遅く、例外はあるが努力しても実らない事が多い。そしてそんなことは本人も知り尽くしている。
それなのに八尋は何故ここまで心を弾ませているのか。
それはただ単に、彼が単純だからだ。
測定室を出る。測定のための機械は「またお越し下さいませ」等と決まり文句をスクリーンに映し出していたが、八尋の測定結果はまたお越ししたくなるような数字ではなかった。
結果は、『12』。一か月前の測定から1しか上がっていない。まだまだ無能力者だ。
勿論、無能力者にとっての1は大きいものだが、まだその域だという自分に悔しさと切なさを覚えた。
これでも八尋の小学時代からはかなり上だ。中学生で開花し、高校2年生になってようやく二桁まで昇りつめた。
そこからは少しずつ上がっているものの、やはり少ししか上がらない。一度努力を怠った時には大幅に下がったことすらあった。
しかしそんな中での「1」は素晴らしいものだ、と八尋は自分で自分を慰める。こんなに悲しい事は無かった。
「はぁ……」
ふと溜め息を吐いた時、ドンと音を立てて何かにぶつかった。
いや、『何か』というより、『誰か』。
「う、うおぅっ!だだだだだ大丈夫ですか!ごめんなさい!」
目の前に転んでいる『誰か』に、八尋は戸惑いつつも即行で謝った。
どうしよう。怒られたらやばい。能力測定に来る人なんて、殆どが自分の能力値に自信がある人のはずだ。
そして転ばせてしまった相手の手をゆっくりとる。
自分より背が低く、華奢な腕。恐らくは八尋より年下、おおよそ14歳くらいだろうか。
能力なんて無ければ、明らかに年上な八尋が怯えることも無かった。
栗色の髪、水色のTシャツ。そして肩にかかっている黒いショルダーバッグを八尋が握っている左手の反対の右手でぎゅっと握りしめていた。
そして彼は立ち上がると、小さな声で言った。
「い、いや、僕が前をちゃんと見てなかった、から……」
あれ、怖がらせている?
八尋は静かにそう思った。うん確かに俺はキモいが、まさか変質者だと思われた?いやいやいやまさか……と自問自答を繰り返す。
「あ、あの、ごめんなさい!」
考えている間に、その少年はわたわたと測定室に入って行った。
どれだけ焦っていたのか、目的地につくまで壁に体を何度もぶつけていた。
「…………痛そう」
八尋にはそれ以上の感想が出てこなかった。
八尋はまた自転車に跨り、ゆっくりと漕いでいた。
これからどうしようか。
特に行く場所もない。こんなときはちょっとした旅に出たかった。
と、考えていると。
―――珍しく、あの喫茶店が空いてる。
八尋が目を向けたその店は、ほぼ毎日満席のはずだ。
今日は暑いから?まあ確かにコーヒーを飲むよりもキンキンに冷えたコーラを飲み干したいような温度ではあるが。
まあせっかくだし……、そう思って八尋は静かにその店に入った。
からん、と気持ちのいい音を立ててドアの鈴が鳴る。
適当に端の席に座る。店員は可憐な声でとても綺麗だ。将来嫁にしたい。
しかしそんな煩悩が叶う訳もないので、とりあえずアイスコーヒーを頼む。
横に座っている、大体同じくらいの年の男女三人が楽しそうに話している。
「ほら、これにしようぜ。良さそうじゃないか」
「いやいやいや、これは難しいだろ……」
「まあまあ、せっかくだしやってみるだけいいでしょ!」
一番がたいのいい男が右手首に付けた腕輪のようなものをいじっている。そして一番小柄な少女が空中を指差して楽しそうに話している。
腕輪と少女の指差す場所でわかった。これは最新型音楽プレーヤーだ。
とにかく長所が溢れかえっている、最先端技術の塊。いや、結晶と言った方が良さそうであろう。
殆ど自分と同い年であろうに、友人と三人で仲睦まじく音楽を聞いているところから、なんとも自分とはまったく違うような気がした。特に、女性を交えているところが。
無論八尋にも友人はたくさんいる。元々協調性には長けている、と思う。が、こんなに楽しそうに自分達の趣味を分かち合えるのはとても素晴らしい事だと思った。同時に妬ましくもある。特に、可愛らしい女性を交えているところが。
本日二度目のむなしい感情が八尋を襲う。
なんとも悔しくて仕方が無くなったために、まるで何事もなかったかのように静かにそこから逃げた。金は払った。
「……疲れた」
店を出て、まず一言出た言葉だった。
なんともどうしようもないので、せっかくだから音楽を聴こう。
先程の男女のような高額なものは八尋には買えない。そのため、中学時代に買った、かなり昔の世代のプレーヤーを使う。イヤホンをプレーヤーの下に刺し、耳につける。
そしてまた自転車に跨り、ゆったり漕ぎ出す。
音楽を聴いてるうちに八尋の機嫌が良くなってきた。
―――ああ、歌いたい。
密かにそう思った八尋は、人通りの少ない道へ進んだ。
これは八尋の寮には遠回りだ。それでも、八尋は歌いたくて仕方が無かった。
そして道に入った瞬間。
大きな声を出して、音楽にのって歌を歌う。
リズムに乗せて、大きく声を張り上げて。
彼は音楽の成績はそう悪くなく、歌は上手い方だった。
そのため、大声で歌っても恥ずかしい気持ちは昔からなかった。
楽しくて仕方が無く、ずっと歌っていると、金髪の青年一人と目が合った。
しまった。いや、しかしもうどうでもいい。今は楽しくて仕方が無いのだ。
すると、金髪の青年は急いで追いかけてきた。
そして、
「あっ待って!そこの君ぃーッ!」
声を張り上げた。
人の少ない中、君と言ったら俺しかいない。
八尋は我に返って青年の方へ振り向く。
「えっ、あっ、……俺、ですか?」
まずいぞ、超恥ずかしい。
今まで自分の謎の独唱タイムをずっと聴いていた金髪の青年にがっちりと見られている。しかし青年、というより同い年くらいに見えた。背が高いからか、なんとなく大人っぽかった。
恥ずかしさのあまり、視線を落とす。金髪の少年の白いワイシャツと黒いズボンが見えた。バッチやベルトがたくさんついている派手な服だった。
しかし問題は依然として何も解決していない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。頭がショートしそうでどうしようもない。
そんな時、相手が所謂「イケメン」のその顔で、にっこり笑いながら言った。
「君、歌上手いね!」
「……はい?」
―――それが、『鈴村詩温』との初めての出会いだった。
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