イワナ
「やい、岩魚。お前はどうしてそんなに流されているんだ」
「やあ、川蝉。僕はもう、泳ぐのをこっきりやめてしまうことにしたんだ」
「なんだ、お前は魚のくせに泳がないのか」
「泳いだって、仕方がないじゃないか」
「なぜだ」
「泳ぐなら、今日も明日も明後日も、泳いでなきゃならないだろう」
「おかしなことを。お前は魚なんだから、そんなことは当たり前だ。俺だって、今日も明日も明後日も、変わらず空を飛んでいる」
「きみは、そうでなければ、いけないよ。でも僕は、泳がないことに決めたんだ」
「おかしなやつだ。泳がなかったら、お前は餌を取れないだろう。それでは飢えて泳げなくなる」
「それだって、仕方がない。泳ぐために餌を取って、餌を取るために泳ぐなんて、泳ぐために泳ぐみたいで、変な話だ」
「それじゃこのまま、死骸みたいにぷかぷか流れてしまうつもりか」
「それでもいいかと思っているよ。僕は泳ぐのをやめたのだから」
「いいや、だめだ。やはりだめだ。お前は、泳がなければ、いけない。魚なのだから、泳がなければいけないよ」
「結構。僕は、泳がない。泳いだって、仕方がない」
「泳がなければ、ぷかぷか流れて、まるで病で死んだかのようだ」
「そんなことは、気にならない。こうしてぼんやり見ていれば、外はどんなに美しいかが分かるじゃないか」
「ならば、餌を取って、泳いでいよう。外をもっと見ていられる」
「うん、そうだろう。でも僕は、こんなに素敵なことを"ついで"にするつもりはない」
「このまま流されていけば、下流できっと死んでしまう」
「泳いでいたって、いつかはきっと死んでしまう。なら、それだって、いいじゃないか」
「死んでしまうから泳がないなんて、それは、ばかな話だよ」
「分かっているよ。僕はきっと、とてつもないばかだ。それだから、きみは、飛んでいなければいけないよ」
「おかしなことだ。お前は泳がないくせに、俺には飛べと言うのだろうか」
「そうさ。どんなにか美しい外を、きみは飛んでいけるだろう。きみは、飛んでいなければいけないよ」
「そんな話があるものか。空はお前が思うほど、美しいばかりのものではない」
「川もきみが思うほど、泳ぎやすいものではないさ」
「泳がなければ、餌が取れないのだから、泳がないことには仕方がない」
「ほうら、ごらん。泳いだって、仕方がない」
「……」
岩魚はかぷかぷ笑った。
川の色が変わって、ゆるゆると流れていた岩魚はがくがく震えて、えらをぶるぶる動かして、窒息して死んでしまった。
川蝉はくるりと回って飛び去っていく。