味噌汁・頂上決戦
さらし者だと思った。
私は、やつにはめられたのだ。
アシスタントディレクター、俗に言うADの私はスタイリストの菜月さんから相談を受け、彼女を悩ませているストーカーを罠にかけた。
捕まったのはディレクターの鈴木さん。
鈴木さんはスタッフのみんなに「二度としないよ」と頭を下げたが根に持っていた。
「バラエティ番組の味噌汁王・選手権で、参加を予定していた食堂のオヤジが風邪で寝込んだので、代わりに出てくれないか」と言われたのだった。
お笑い陣が集まる気軽な番組と聞いていたが、違っていた。
参加者は・・・、
赤坂の高級料亭“練作”から板長・褐盛。紀尾井町割烹“舟山境”から包丁人・高坂。ホテル・グラントワレから料理長の脇本。中国料理(?)からも“京鳳飯店”の黄晋平。フランス料理界からは、シェ・クープランのシェフ、シュペール・エタンダール、という思いっきりハードな料理番組だったのだ。
そんな中、私の前に置かれた名札には「ばっちゃん食堂・田村、料理長、美香子」とあった。
確かに田村は母の実家で、今も祖母が細々とやっているが、お客さんは常連ばかりで1日5・6人。
家庭の味といえば聞こえはいいが、誰でも作れる献立を並べて一皿150円、ご飯100円という、リーズナブルな小料理屋さんだ。
料理に命を駆けている料亭や、割烹旅館と並べられる方がおかしかった。
その為か、私が紹介されると会場からは失笑が起き、居並ぶ料理人からは舌打ちが漏れた。
今すぐ消えてしまいたいという衝動に駆られ、何もかも辞めて引き籠りたかったが、それこそ鈴木の思うつぼだと思うとくやしかった。
それにいつもは怖いプロデューサーの山部さんからも「今日は出来る限りのことをしてくれればいいから、頼むよ」と頭を下げられては嫌だと言えなかったのだ。
とはいえ、他のプロの料理人達が、弟子達を使って次々と高級食材を加工していくのをしり目に、一束187円のネギを刻む私の姿はみじめそのものに見えただろう。
「さあ、いよいよ戦闘が開始されました」
アナウンサーの沖山さんが場を盛立てる。
「舟山境の包丁人・高坂さんは、利尻昆布の最高級品を大量に投入して、なんとわずか5秒で引きあげました。そこに、これは取り寄せたばかりの伊勢エビでしょうか。ブツ切りにして鍋に放り込む。さらに、お~っとタラバ蟹のミソを加えました」
会場からはオーっと言うため息が漏れた。
「おっとー、こちら赤坂の高級料亭“練作”の褐盛も負けてはいない! 使っているのは信濃の吟醸味噌・酵皇を、灘のこれも大吟醸・秘酒、泰境で練り始めた。煉作の煉もここからきているのかー。さらに具にはクエを使うようです。そしてそこにアワビも投入かー!」
沖山さんは、こちらには来ないで欲しいと切に願った。
だが、甘かった。
「さて、注目のばっちゃん食堂、美香子さんはどうだー? ダシに使っているのは・・・え~っと、ニボシでしょうか。特別な物なんですか? 美香子さん」
「は、はい。そのウチの食堂伝統のニボシです・・・。」
私はなんとか場から浮かないようにと気を使った。
しかしそれがいけなかった。
「ほう? 伝統のニボシ、元気印の特用パックですね。でもここにスーパー・イトーケンタロウの袋がありますね」
会場からどっと笑いが起こり、私は顔が真っ赤になった。
「まあ田村食堂さんには、この後もがんばってもらいましょう。では次に、グラントワレの料理長のコーナーに行ってみましょう。おっとー、ここでは最高級のイベリコ豚を使っているぞ! どうやらトン汁を極めた料理となりそうです。そこに隠し味として、マンゴーだ! 一個二万円のマンゴーが惜しげもなく投入されています」
会場からは「すげえ」という驚きの声があがった。
「さて中華料理から参加された京鳳飯店はどうでしょうか。これはすごい! 上海蟹でスープを取り、そこにツバメの巣、フカヒレ、シカの肉に干し鮑、満漢全席です。これは味噌汁の満漢全席です!」
演出なのかドラがジャーンと鳴った。
「そしてこちらはフランス料理界からの攻撃機、シュペール・エタンダールさん。なんと味噌汁の中に入れているのはシャトー・ムートン・ロッチルド・1973年もの! これはワイン通なら誰もが憧れる最高のワインのひとつです。そこにフランスはベリゴールから取り寄せたフォグラと、オランダのゼーラントから取り寄せたムール貝、そこに松阪牛のタンも加えるのかー、これをゴージャスと言わずしてなにをゴージャスというのでしょう」
審査員達が舌なめずりをしているのが見て取れた。
「元気印のニボシを使った伝統のお味噌汁はどうなっているんでしょうか。美香子さん、味噌汁の具はなんでしょうか?」
「あの、お豆腐とお揚げです。すみません・・・」
私は小さく答えざるを得なかった。
「で、肝心のお味噌は?」
「信州ミソ・一番合わせです。すみません・・・」
私はスーパーで買ってきた、味噌のパックをひょいと上げた。
またまた会場がどっと沸く。
そんな中、一カメの横でニヤニヤしている鈴木が目に入った。
泣かないぞ! 私は堅く誓った。
放送作家が書いた、殆ど筋書きのある料理番組。
もしかして、みんなグルだったんだろうか。審査員も会場の客達も・・・。
私は針の蓆に座らされながら、ひたすら番組の終了を待った。
審査の結果は予定通り、味噌汁には定評のある赤坂の高級料亭“練作”と紀尾井町割烹“舟山境”の一騎打ち・・・に、なるかと思いきや、
食通の俳優、島畠さんと陶芸家の香山さんが、なんと私に票を入れてくれたのだ。
その結果、会場のお客さんによる審査となって、ばっちゃん食堂が優勝!
おかげでプロの料理人はふてくされ、食材を投げ捨てるわ審査員に詰め寄るわ。
そんな荒れたようすを見た視聴者からは「ふざけるな!」と、お叱りの声が上がるわで、
番組はめちゃくちゃ。
鈴木ディレクターはプロデューサーと共に、局に呼びだされ大目玉を食らった。
もちろん、勝ってしまった私にも混乱があった。
久しぶりに祖母から電話が来たと思ったら「どうしてくれる」という内容。
なんでも、一日5・6人だったお客さんが一挙に100倍に増えたのだそうだ。
味噌汁ってシンプルな方がいいんだね。
( おしまい )




