加藤くん
加藤君は加糖するかどうか葛藤していた。ホットコーヒーのカップを、額に小さなシワを寄せて、穴を開けんばかりに見つめている。テーブルの隅を、スティックシュガーを握った手が行ったり来たりする。苦いのは嫌だけど、ここで砂糖を使ったら社会人として負けだ、なんてきっと考えてるんだろう。
「こちら生チョコのケーキになります」
加藤君はふっと息をひとつ吐き、カップをずらす。ウエイトレスがその前にケーキを置く。加藤君は俯いたまま軽く会釈した。加藤君は可愛い子に弱い。
「ごゆっくりどうぞ」
ウエイトレスは少し鼻にかかった声で言い、ぴょこと頭を下げ、踵を返した。なるほど、ツボを心得ている。加藤君はまたまた微かに会釈を返す。赤いチェックのロングスカートの裾がテーブルの向こうへと消える。
「あの子、可愛いじゃない」
敢えて、私は言う。
「え、そうですか? 」
いま気付いたかのように加藤君は言った。少し後ろを顧みる。
まったく。
私はチーズケーキの先を崩し、口に運ぶ。ふわっとした甘みがやさしく溶けた。
とうとう加藤君は砂糖を脇に押しやった。口元を引き締め、カップに口を付け、ぐいと飲む。目が合った。加藤君は堅い笑みを浮かべながら、すばやくフォークを手に取り、ケーキを頬張った。満足そうな微笑み。安堵の表情だ。
「おいしい? 」
「おいしいです。佳織先輩は?」
「おいしいわよ」
二口目三口目と嬉々としてケーキを頬張る加藤君。
「本当にコーヒーによく合うわね」
加藤君は曖昧に微笑む。そして勢いよくコーヒーを呷った。すばやくまたケーキに戻る。
私はふーふー息を吹きかけてコーヒーを啜った。
私が半分くらい飲んだときには加藤君はすでにケーキとコーヒーを片付けていた。
「速いのね」
「佳織先輩が遅いんですよ」
ちょっと生意気。
「すみません」
さっきの女の子に声を掛ける。店内はそれほど賑わっていない。はい、と返事をして、彼女はすぐにこちらへ来る。ちらと加藤君が振り返る。私は軽くカップを持ち上げ
「コーヒーのおかわりお願いします」
頼んだ。
加藤君の顔が一瞬にして渋くなった。ウエイトレスは素敵な笑窪を浮かべて私のカップに、そして当然のように加藤君のカップに注いだ。
加藤君は半分泣きそうな恨めしい顔でこちらを見やる。思わず吹き出す。
「先輩、わざとでしょう」
私は笑顔で答える。
「コーヒー代、奢ってあげる」
「サービス券じゃないですか」
「明日、休んでいいよ」
「定休日です」
「可愛くないなあ」
「可愛くなくて結構です」
加藤君は結局カルピスを追加で注文した。
しょうがないから奢ってやった。