3話 魔術陣の奥
倉庫の火災は対応不能の外部要因であった。
よって、火災と倉庫内外の破損は、全て保険適応となる。
ギルドで手続きを終えたセラフィーナは、従者のロランと共に邸へ帰る。
馬車に揺られながら、セラフィーナはあの調停調査員のことを考えていた。
変わっていない。
片目を失っていても。
会った瞬間に分かった。
セラフィーナの姉、レビルスの婚約者だった男性。
いずれ、セラフィーナの義兄になるはずだった人。
セラフィーナは想い出す。
アルベリオ家の東屋で、姉と、姉の婚約者であったオーグリーが笑い合っていた日々のこと。
美しい姉と美丈夫の婚約者。
それはまるで、おとぎ話の姫君と、姫を守る勇者のよう。
幼心に憧れた二人の姿だった。
オーグリーは、セラフィーナにとっても、理想の男性像だったのだ。
「良かったですな、お嬢様」
ロランが声をかけた。
「え、ああ……まあ」
セラフィーナの曖昧な返答を気にすることなく、ロランは言う。
「保険の金額は想定よりも多かったですし、火災が発生したといっても、内装は床以外、殆ど綺麗なままで。強面で訳ありと聞いていた調査調停員も、まあまあ使える人材でしたね」
使える人材……。嫌な言い方だ。
オーグリーは元々、貴族の出自。
ロラン如きが言って良い言葉ではない。
セラフィーナの視線に慌てたロランは、急いで話題を変える。
「ま、その、なんですかね、一緒にいたあの少女。ああ、言葉使いは男子みたいな」
そう、それもセラフィーナは気になることだった。
ジェンナ、と呼ばれていた少女。
何故オーグリーは、危険性のある倉庫まで、彼女を連れていったのだろうか。
どんな関係なのだろう……。
まさか。
彼の実子……?
「面白いことを言っていましたよ、あの娘。自分は魔術陣や炎なんて、封印出来るからコワくない、とか」
セラフィーナの眉が動く。
魔術陣の無効化なんて、王都の精鋭魔術師団でも出来るかどうかだ。
はったりか……。
そう思いたいセラフィーナは、思考を隠して薄く笑う。
「短期間で、ずいぶん仲良しになったのですね、ロラン」
高齢の従者は、顔を赤くした。
セラフィーナと従者ロランを見送ったオーグリーは、調査調停室の窓から海を眺めていた。
連続火災防止に向けて、ギルドと町の警備隊には連絡をした。
全ての倉庫を見回り、魔術陣や魔道具の有無を確認するように、と。
勿論、調査調停員に捜査権はない。
だが、助言は可能であり、有効でもある。
波を見つめながら、オーグリーはセラフィーナの姿を思い浮かべた。
ふとした仕草や表情に、かつての婚約者を見つけてしまう。
抜けない棘の痛みを伴って。
未練だろうか……。諦めて捨てたはずの……。
「そりゃあ未練だね、おっさん」
いつの間にか隣にジェンナがいた。
「おっさんヤメロ。それと、勝手に思考を読むな」
「へえへえ」
「返事は」
「はいはいって、おっさん、倉庫で視たモノ、知りたくないのか?」
軽く舌打ちをして、オーグリーは座る。
「何を視た?」
「甘い物食べたら思い出す」
白い歯を見せ笑うジェンナの額を指で弾き、オーグリーは机の引き出しから、焼き菓子を一つジェンナに放る。
「なんかさ、おっさん、恨み買いやすいみたいね」
「なんだと?」
「倉庫の魔術陣、あれ紐がついててね」
「ひも、だと……?」
ジェンナは机の上に、指で図を書いてみせた。
だが。
「よくわからん」
「ああっ! もう面倒だから、直接おっさんに送るよ」
ジェンナは自分の左眼に手を当て、何かを呟く。
同時にオーグリーのアイパッチが赤く光る。
オーグリーの脳裏に次々流れてくる風景は、ジェンナが視たものだ。
――――誰かが、魔術陣を描いている。
魔術陣のその奥に、別の術式が描かれている。
長い術式を辿ると、港町の倉庫街から、何処かの塔に繋がっている――――。
オーグリーがハッと顔を上げる。
「呼び水、いや、呼び火とでも言うものだな」
ジェンナが頷く。
「一応、この前の倉庫の陣は、オレが触れたから紐は切れたよ、でも」
「本体を突き止めない限り、火災は発生するということか」
「うん」
「その塔の場所は分かるか?」
「いや、でも、この近くではないと思う。中継する場所は、港の近くだ、きっと」
中継場所は港の近くと聞き、オーグリーは過去一年分の火災の記録簿を開く。
そして港町ウエンビーの地図に、発生場所を赤い点で記していく。
「なんか、火災ってバラバラな場所で起こってるな」
ジェンナが感想を言う。
それには答えずオーグリーは、発生場所の点同士を線で繋いでいく。
何本かの線を引くと、一か所だけ、線が重なった。
「ここだ。ここがおそらく、魔術の中継場所だ」
「ほへえ、なんかすげえ」
勝手に引き出しから持ち出した、二つ目の焼き菓子を頬張りながら、ジェンナの目が輝いた。
「ところで、お前さっき、俺のこと『恨み買いやすい』って言ってたな」
「うん」
「なんでだ。なんで俺が恨まれる。爵位を剥奪された上、王都を永久追放された俺の方が、そういう指示を出した人間を恨んでも、おかしくないと思うが」
ジェンナは頭を掻く。
「だって、そう言ってたもん」
「誰が?」
「紐付けの術式、組み立てたっぽい奴が。『今度こそ、全部奪う。カイラス家の……』って」
奪う?
これ以上何を奪うというのだろう。
地位も名誉も眼球も、そして婚約していた女性だって、あの時に失われたというのに……。
オーグリーは頭を振る。
そんなことよりも今は、火災を止めなければ。
「まずは、中継点の調査だ」
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