2話 炎の過去
オーグリーとセラフィーナは、一旦調停調査室に戻った。
このところの倉庫火災は、深夜に発生している。
準備を整えてから、再度向かうとオーグリーは彼女に伝えた。
「わたくしも行きます」
セラフィーナの言葉に、オーグリーは首を振る。
室内で待っていた従者も言う。
「危険です、お嬢様」
「でも!」
必死に訴えるセラフィーナの肩を、ジェンナがポンポンと叩く。
「おっさん、じゃないや、オーグリーとオレに任せろって。必ず守るから、倉庫」
ジェンナの笑顔に毒気を抜かれたのか、セラフィーナは頷いた。
ほっとした従者は、ジェンナに頭を下げる。
二人はこの街唯一のホテルに、一晩泊まるそうだ。
「俺は少し休む。お前も寝ろ」
ジェンナたちを送り出した後、オーグリーはジェンナに毛布を渡す。
彼はそのまま、来客用のソファに横になった。
「オレ、毛布いらないんだけど、まあ、いっか」
ジェンナも床にゴロンと横になり、毛布を抱えたまま、すぐに寝息を立て始めた。
「必ず守る、か。……簡単に言ってくれるぜ」
目を閉じたオーグリーは、セラフィーナの表情を想い出す。
――大きくなったな。
俺のことなど、覚えていないだろうが……。
雰囲気や声も似ている……。
当たり前か。姉妹なのだから……。
そう、守りたいと思った。守れると信じていた。
あの頃は。
二人の未来は、明るく輝いていたのだから。
◇◇
『オーグリー・カイラス。北部カウレリア地方の暴動制圧を命ずる!』
(なっ! カウレリアだと?)
カウレリアは禁足地と言われていた。武器を持って足を踏み入れた者は、二度と帰って来ることがない。
まさか。
そこへ軍を送るというのか!
ましてやオーグリーは、一月後に結婚式を控えていた。
『待っています』
彼女は言った。
彼女。レビルス・アルベリオ。
アルベリオ家の長女だった女性。
つまり、セラフィーナの姉だった。
◇◇
「起きろよ、おっさん。夜だぜ」
ハッとしてオーグリーは体を起こす。
確かに窓の外は、どっぷりと暗くなっている。
「ああ、すまん」
ジェンナが「ほいよ」と、オーグリーに何かを投げる。
「食っとけ。今夜は長いだろ?」
「ああ、そうだな」
オーグリーは、ジェンナのお手製らしい干し肉を齧った。
オーグリーとジェンナは、街灯一つない夜の倉庫街に、足を踏み入れた。
目指すは南区十七番。
迷わず最短でオーグリー達は行きつく。
倉庫は今のところ、何も起こっていないようだ。
だが。
ジェンナは鼻を擦る。
「なんか、ヤバい」
「ああ」
二人は、アルベリオ家所有の倉庫に入る。
その瞬間だった。
外からの足音は複数。
風を切り飛ぶ、矢の音を拾う。
矢が窓を突き破る。
ドンッ!!
矢は床に刺さり、魔術陣が赤く光る。
オーグリーはジェンナに叫ぶ。
「伏せろ!!」
次の瞬間。
轟音を生み出し、魔術陣が爆ぜた。
倉庫の床から炎が吹き上がる。
オーグリーはジェンナを抱えたまま転がり、崩れた棚の影に飛び込んだ。
炎が天井を舐める。
外から声がした。
「中にいるぞ!!」
オーグリーの片眼が細くなる。
「……なるほど」
昼間、セラフィーナから話を聞いた時に、オーグリーは一瞬疑った。
自作自演の火災保険詐欺を。
まさかと思うものの、念のための夜間調査だった。
それが調査員調停員の仕事である。
『良い子なのよ、妹って』
不意に声が蘇る。
十歳ほど年の離れた妹を、婚約者だったレビルスは可愛がっていた。
『セラは、妹は、私と違ってね……』
オーグリーの頬を矢がかすめた。
「おっさん、ぼうっとしてんなよ!」
「ああ、悪い。だが、これで確定した」
「何が?」
「保険金目当ての火事じゃない。今夜のも、今までのも」
剣を抜く。
鋼が低く鳴った。
「最初から、俺を、俺たちを殺すつもりの計画だ」
そして記憶がよみがえる。
燃える床と魔術陣。
禁足地と呼ばれていた、北部辺境のカウレリア。
住人たちの信仰の対象だった女神。
オーグリーたちより早くに派遣されていた、国王直属の黒い騎士団。
無抵抗の住人までも、殲滅されていた。
『君たちの任務は残党狩りだ』
命令されたオーグリーと配下の騎士たちは、女神を祭る教会へ向かった。
オーグリー達が教会のドアを開けた瞬間、爆発音と共に、一帯が炎に包まれたのだ。
その時のドアにあったものと、同じ文様が展開されている。
オーグリーは声を出さずに笑う。
忘れたくても消えない過去が、勝手にやって来たのだ。
「因縁ってやつか」
炎の中で剣を構える。
ジェンナはオーグリーの背後にまわる。
「十年越しの喧嘩か、おっさん」
「そんなところだ」
倉庫の扉が蹴破られた。
黒装束の男たちがなだれ込む。
先頭の男が言った。
「片目のオーグリー」
オーグリーはゆっくり立ち上がった。
炎が背中で揺れる。
「誰の差し金だ」
男は答えなかった。
ただ短く言った。
「カウレリアの亡霊……」
オーグリーの片眼が細くなり、剣が閃く。
次の瞬間、先頭の男の剣が床に落ちていた。
その腕ごと。
港町ウエンビーの倉庫火災は、この夜をもって、王国全体を巻き込む陰謀へと姿を変えていく。
そしてオーグリーはまだ、十分に気付いていなかった。
カウレリアの業火が飛び火となって、王都で燻り続けていたことを。
炎は倉庫の梁を舐め、乾いた音を立てていた。
お読みくださいまして、ありがとうございました!!




