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港湾火災調査録 ― オーグリーと異能の残滓  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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1/3

1話 片目の調査官

本作は、琥珀様主催の「春の異世恋推理’26」参加作品です。

 崩れかけた神殿の床に、男が横たわっている。顔の左半分が黒く濡れているようだ。

 床の朱は、薄く差し込んだ夕陽が染めているのか、それとも……。

 半壊した神殿の女神像の背後から、立ち昇る気配がする。

 圧倒的な力と重量感。

 男は人生の終焉を覚悟した。

 気配から声がした。


 ――我、この先を見置かむ



 ◇◇◇




 港町ウエンビーは、昼は帆と叫び声、夜は灯りと噂でできている。

 潮の匂いと何がしかの香辛料、そして金の響きが混ざり合う。

 王国の流通を担う、活況たる街。

 人、物、金が動けば、闇もまた蠢く。


 朝の市場が解散した頃、一人の若い女性が、街の通りを歩いていた。

 地味な服装をしているが、石畳を踏む靴は高級品。

 おそらくは貴族の子女であろう。

 この港町には、似合わない風体だ。


 女性は従者と一緒に、大通りの一角にある街のギルドに入る。

 居合わせた連中は、下品な口笛を吹く。

 ぽってりとした唇の受付嬢は、気怠そうに、女性の問いに答えた。

「そんなら、『片目のオーグリー』に聞いてみな」

 その名が出たとたん、ギルド内は静かになった。


 女性は軽くお辞儀をして、受付嬢が示した場所へ向かう。



 ウエンビーの中心部、石造りの古い建物の三階に、保険組合の調査調停室がある。

 三階の窓際に立つ男は、港を見下ろしていた。


 男の身長は百八十を越え、肩幅は広く胸板も厚い。年齢は三十代半ばだろうか。無精髭があっても、端正な顔立ちを隠しきれてはいない。長く伸ばした銀髪と服装を整えれば、荒くれ者が多い港町よりも、王都の夜会が似合いそうな雰囲気を持っている。


 ただ一つ。


 男の生業を象徴するかのような、持ち味がある。

 左眼にある黒革のアイパッチがそれだ。

『片目のオーグリー』

 それがウエンビー保険組合調査調停室室長、オーグリー・カイラスの通り名である。



 オーグリーの机には、調停記録や契約書などが積み重なっている。

 そして焼け焦げた木片が、一つ置かれていた。

 倉庫の不審火の現場から、持ち帰ったものだ。


「……普通の火事じゃないな」

 オーグリーは低く呟いた。


 木片には油の匂いがない。

 火薬でもない。

 そして、焦げた木片を小さく削り、口に含む。

 ()()味はない。

 小さく息を吐く。

 だが、焼け方が妙だった。内側から弾けるように燃えている。


 ——魔術火か?

 それも、かなり古い形式のものだ。


 扉がノックされた。

「入るぜ」


 若いというより女性、というより少女が顔を出した。

 自称『第一秘書』のジェンナだ。

 男子みたいな髪型と体型のジェンナは、いつの頃からか、この調査調停室に住み着いている。


「おっさん。依頼人だってよ」

「おっさんはヤメロ」

「へえへえ」

「返事は『はい』だ」

「はあい。通すぜ、いいよな」


 オーグリーは椅子に腰を下ろした。

「お茶をお出ししろ」


 数秒後、地味なドレスの女性が入ってきた。

 年の頃は二十代後半。高齢の痩せた男を伴っている。

 二人とも、貴族らしい気品がある。


「はじめまして。保険組合の調査調停員、オーグリーです」


 女性と従者に椅子を勧め、オーグリーは挨拶をした。

 女性は優雅に礼を執る。その姿に、オーグリーはふと、既視感を覚える。


「セラフィーナ・アルベリオと申します」


 家名を聞いた瞬間、オーグリーの眉がわずかに動いた。

 アルベリオ家。

 王都でも名の知られた古い貴族だ。

 更に言えば、些かオーグリーに因縁のある家でもある。


「わたくしは現在、屋敷や資産等の管理を任されている者です」


 確か数年前に、アルベリオ侯爵家の当主は没したはずだ。

 セラフィーナ嬢は次女だったはず。

 婿はいなかったろうか。


 オーグリーの僅かな表情の変化を捉えたのか、従者の男が「恐れながら」と口を開く。


「侯爵家の内情は、他言無用と……」

「心得ております」


 乱暴にドアが開く。


「お茶持ってきたぜ」

 両手でお盆を抱えたジェンナが入って来た。ドアは足で蹴ったのだろう。


「ご相談の内容をお伺いしましょう」


 セラフィーナは視線を逸らすことなく語る。


「ご存じの通り、我がアルベリオ家、海産物の輸出が事業の一つです」


 確かに、海産物と言えば「アルベリオ」と言われていた。

 そう、嘗ては……。


「はい、存じております。このウエンビーにも倉庫があると」

「ええ。港の南区に。古いものですが……このところ火事が多いでしょう」

「……そうですね」

「心配なのです」


 セラフィーナは小さく息をついた。

「もしこの港の倉庫が火事になれば、家の財政は終わりです」


 オーグリーは机の上の書類を捲る。


「倉庫の場所は?」

「南区十七番倉庫」


 オーグリーの手が止まる。

 そこは、数日前に燃えた倉庫の隣だった。


「……なるほど」

 彼は立ち上がった。


「現地を見に行きましょう」

「今から?」

「火事は夕方以降に起きることが多い」


 オーグリーは剣帯を腰に締めた。

 手入れの行き届いた長剣だ。


「今夜が一番怪しい」


 セラフィーナは少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。

「わかりました」


「少し出て来る」


 オーグリーはジェンナに言う。


「オレも行きたい」

「ダメだ。お前はこちらのお相手をしてろ。すぐ戻る」


 ジェンナはぶうぶう言いながらも、セラフィーナの従者にお菓子を出していた。



 二人が組合を出た頃、港は午後の光を受けていた。

 穏やかな波が船を揺らしている。


 倉庫街は静かだった。

 今の時間、歩く人も少ない。


 南区十七番倉庫は、年季の入った建物だった。

 オーグリーは壁を指でなぞる。


「最近修理しました?」

「いえ」

「……妙な感じだ」


 彼は倉庫の扉を開けた。

 中は暗く、干し魚や香辛料の箱が積まれている。

 オーグリーの足が止まった。

 床に、薄く刻まれた紋様。

 魔術陣だ。


 オーグリーの顔から表情が消えた。


「どうしました?」

 セラフィーナが近づく。


 オーグリーは静かに告げる。


「この倉庫……燃える予定ですよ」

お読みくださいましてありがとうございます!!

そのうち恋愛出てきます。

なんとなく推理あります(多分

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