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魔導都市の記憶外科医  作者: 紅茶


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9/10

執刀開始

「――ギ、ガァァァァァッ!!」




 少年――始祖の器から放たれる漆黒の波動が、時計塔の機械室を蹂躙する。



 巨大な歯車が飴細工のようにねじ切れ、暴風雨が吹き込む中、バルツはその嵐の中心へと一歩を踏み出した。




「シド、援護は期待しない。自分の客だけ相手にしてろ!」

 


「へいへい、そっちこそ死ぬなよ、小3並みの大先生!」




 シドは口角を上げると、重火器のトリガーを引き絞り、高笑いする宰相ヴォルガードへと躍りかかった。




 バルツの目の前には、泥のような翼を広げた異形の少年。



 その瞳に理性はなく、ただ破壊への渇望だけが渦巻いている。



 少年が右手を振り上げると、空間そのものが圧縮され、見えない巨大な爪となってバルツに襲いかかった。




「……粗いな」



 バルツは眼鏡の位置を直しながら、その場から動かなかった。



 爪がバルツの体を切り裂く――直前、その攻撃は霧散した。




「な、なに……!?」




 ヴォルガードが驚愕の声を上げる。



 バルツの手には、『魂の穿孔針ソウル・ドラフト』が握られており、その切っ先には青白い光の糸が絡みついている。




「攻撃の『意志トリガー』が見え見えなんだよ。君の脳波きおくから、攻撃命令が出力される0.5秒前に、その回路を遮断させてもらった」



 バルツはまるで庭木の剪定でもするかのように、空中の見えない糸を断ち切っていく。




「記憶外科医を舐めるな。僕にとって、君の攻撃魔法は『患部』だ。切除対象に過ぎない」



「ガ……アァッ!!」




 少年は苛立ち、更なる魔力を放出する。今度は全方位からの無差別爆撃だ。



 さすがに全ては遮断しきれない。バルツは爆風に煽られ、床を転がった。




「ぐっ……! さすがに出力が桁違いか……!」




 バルツは膝をつきながら、背後でうずくまるエレーネを一瞥した。



 彼女の体からは、未だに黒い霧――「絶望」が溢れ出し、少年に魔力を供給し続けている。


 この供給源を断たない限り、少年は無尽蔵に再生し、暴れ続けるだろう。




「エレーネ! いつまで被害者面して座ってるんだ!」




 バルツは怒鳴りつけた。




「君の絶望が、この怪物のガソリンだ! 君が泣けば泣くほど、こいつは世界を壊す!」



「……で、でも……もう……」




 エレーネは虚ろな瞳で首を振る。




「夫は戻らない……私の人生は……もう……」



「戻らないなら、新しく作ればいいだろ!」



 バルツは瓦礫を避けながら叫んだ。




「過去に執着して、今あるものを壊すな! 君の夫が忘れたのなら、君が覚えさせ直せばいい! 新しい思い出を、上書き保存すればいいだろ!」




「……っ!」




 その言葉は、外科医のメスのように鋭く、彼女の硬直した心臓を突き刺した。



 黒い霧の噴出が一瞬、弱まる。




「今だ……!」




 その隙を、バルツは見逃さなかった。



 彼は全速力で少年へと突進し、その懐へと飛び込んだ。




緊急手術オペだ。――開頭!」




 バルツは『魂の穿孔針』を少年の額に突き立てた。



 物理的な肉体ではなく、その奥にある精神の中枢へ。


 ――強制ダイブ。



 バルツの意識は、少年の精神世界へと侵入した。



 そこは荒れ狂う嵐の海だった。黒い泥の波間に、本来の少年の自我――あの「別邸の少年」が溺れかけている。




『……助けて……』




 少年の弱々しい声が聞こえる。



 その体には、無数の黒い鎖が巻き付き、彼を海の底へと引きずり込んでいた。



 その鎖の先は、現実世界のヴォルガードへと繋がっている。




「見つけたぞ、こりゃあ悪性の腫瘍だな」




 バルツは精神の海を蹴り、少年へと泳ぎ寄った。



 手にした穿孔針が、眩い光を放つ。




「君は王様になりたいのか? それとも、ただの人間として生きたいのか!」




『……僕は……僕はただ……』




 少年が涙を流して手を伸ばす。




『外の世界を……見てみたかっただけだ……!』



「なら、その鎖を断ち切れ! 僕が執刀してやる!」



 バルツは全身全霊の魔力を込め、少年に巻き付く黒い鎖――ヴォルガードの支配プログラムを一閃した。




 パァァァァン!!



 鎖が砕け散り、精神世界に光が戻る。



 現実世界。



 少年の背中の翼が崩れ落ち、彼を覆っていた黒いオーラが霧散した。



 少年は糸が切れたように崩れ落ち、バルツがそれを抱き止める。




「……手術、成功だ」




 バルツは荒い息を吐きながら、勝利を確信した。



 一方、その背後では。




「な、何をした!? 始祖とのリンクが……!」




 ヴォルガードが狼狽する隙を、シドの重火器が捉えていた。



 さらに、足元にはいつの間にか転がっていたペロペロキャンディ。


 ヴォルガードがそれを踏みつけ、無様に体勢を崩す。




「おっと、足元がお留守だぜ宰相閣下ァ!」




 ズドォォォォン!!



 シドの放った超至近距離の一撃が、ヴォルガードの仮面ごと彼を吹き飛ばし、壁に縫い付けた。



 静寂が戻る。



 嵐は止み、雲の切れ間から月光が差し込んでいた。

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