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魔導都市の記憶外科医  作者: 紅茶


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8/10

刻まれない記憶。

 帝都の中央に聳え立つ「大時計塔」。


 

 その最上階は、都市の心臓部とも言える巨大な機械室だった。



 直径数メートルはある真鍮の歯車が幾重にも噛み合い、轟音を立てて回転している。



 壁一面のガラス窓の外では、暴風雨が荒れ狂い、稲妻が時折、暗い室内を青白く切り裂いていた。



 その巨大な文字盤の裏側で、儀式は執り行われていた。



 中央には、豪奢な椅子に座らされた少年――「器」。



 その足元に跪くエレーネ。



 そして、仮面をつけた長身の男が、指揮者のように両手を広げていた。




「素晴らしい……! 時は満ちた。今こそ、帝国の歴史が書き換わる瞬間だ!」




 男の声が、雷鳴に負けじと響き渡る。



 エレーネは縋るような目で男を見上げた。




「あ、あの……約束は? 始祖様は復活したわ。これで、時間は戻るのよね? あの人が私を忘れる前の、幸せだったあの日々に!」



「焦ることはない、夫人は黙って見ていればいい。……おや?」




 男がふと、入り口の鉄扉へと視線を向けた。



 同時に、重厚なロックが爆破され、扉が内側へと吹き飛んだ。




「――往診の時間だ。随分と高いところに病室を構えたもんだな」




 硝煙の中から現れたのは、コートをなびかせたバルツと、巨大な魔導重火器を構えたシドだった。




 その背後の影の見えないところに、ペロペロキャンディを舐めるココも控えている。この場を顔は出したくないらしい。



 

「ようこそ、バルツ・シュライバー。待ちかねたよ」




 仮面の男は動じることなく、優雅に一礼してみせた。




「君のおかげで『檻』は開かれ、中身は無事にこの新しい器へと定着した。感謝するよ」



「どういたしまして。……で、アンタがこの三文芝居の脚本家か。随分と趣味が悪い」




 バルツは油断なく間合いを詰めながら、冷ややかに言い放った。




「目的を聞こうか。……いや、その前に一つ確認だ」




 バルツは懐から、クシャクシャになった自分の手配書を取り出し、男に見せつけた。




「僕らを皇帝暗殺犯に仕立て上げ、即座に都市全域へ指名手配を回す。さらに報道管制を敷いて、死体なき暗殺事件を『事実』として定着させる……。そんな芸当ができるのは、この国に一人しかいない」



「……ほう?」



「軍部ですら即断できない権限を持つ、行政のトップ。――帝国宰相ヴォルガード閣下。アンタだろ」




 バルツの指摘に、仮面の男は一瞬沈黙し、やがて肩を震わせて笑い出した。




「クックッ……。やはり君は優秀だ、記憶外科医」




 男が仮面に手をかけ、ゆっくりと外す。



 現れたのは、ニュース映像でよく見る知的な初老の顔――この国の政治を実質的に取り仕切る、宰相ヴォルガードその人だった。




「宰相様が、国家転覆のテロリストとはな。笑えない冗談だ」




 シドが軽蔑を隠さずに唾を吐き捨てる。



 だが、ヴォルガードは悪びれる様子もなく、両手を広げた。




「テロリスト? 心外だな。私は『革命家』だ」




 ヴォルガードは少年の肩に手を置いた。




「貴様らも知っての通り、歴代の皇帝は始祖を封印する『生きた柩』に過ぎなかった。私も含め、愚かな官僚どもは、偉大なる始祖の魂を、ただの国力を維持するための『電池』として扱い、飼い殺しにしてきたのだ!」




 その瞳には、政治家の理性ではなく、狂信的な崇拝の炎が宿っていた。




「だが、今の腐敗した帝国を見ろ! 貴族は肥え太り、技術は停滞し、民は希望を失っている。今のシステムでは限界なのだ! だからこそ、私は始祖を柩から解き放ち、完全なる自我を持った『真の支配者』として君臨させる!」



「それで、ご自慢の権力を使って自作自演の暗殺劇ってわけか。……電池じゃなくて、独裁者として再利用したいだけじゃないか。それに俺たちに変な罪着せやがって」




 シドが呆れたように鼻を鳴らす。



 だが、エレーネだけは政治の話など耳に入っていなかった。彼女はふらふらと立ち上がり、ヴォルガードの袖を掴んだ。




「そ、そんな話はどうでもいいわ! 時間よ! 始祖の力で時間を戻して! 私の夫を返して!」




 その叫びを聞いた瞬間。




 ヴォルガードの表情から、革命家の熱が消え、冷酷な管理者の顔に戻った。




「……まだそんな寝言を言っているのか」



「え……?」



「エレーネ夫人。君は聡明な人だと記憶していたが、いささか買いかぶり過ぎていたようだね。君の旦那も錬金術師だったはず。ならば妻である貴女も知っているはずだ。錬金術における絶対の法則を」



 ヴォルガードは冷酷に、事実を突きつけた。




「『等価交換』。過ぎ去った時は、神ですら戻せない。等価交換する対価など、この宇宙のどこにも存在しないのだよ」



「う、そ……嘘よ……だって、あなたは……!」



「ああ、嘘だとも。君を動かすための甘い餌だ」




 ヴォルガードはエレーネの手を無慈悲に振り払った。


 彼女は床に崩れ落ち、虚ろな目でバルツの方を見た。


 バルツは痛ましげに目を伏せることしかできない。




「じゃあ、私は……何のために……?」



「君の役割は『燃料』だ」




 ヴォルガードは恍惚とした表情で宣言した。




「始祖の完全覚醒には、足りないものが多くてね、その一つが、莫大な感情のエネルギーだ。研究の結果、最も純粋で、最も爆発力のあるエネルギーが分かった。それは『絶望』だ。信じていた希望が砕け散り、愛が憎悪へと反転する瞬間の負の感情こそが、怪物を目覚めさせる糧となる!」




「あ……あああぁぁぁぁッ!!」




 エレーネが絶叫した。



 騙されていたことへの怒り、夫を取り戻せないという絶望、自らの手でバルツを陥れた罪悪感。


 全てが混ざり合った漆黒の感情が、彼女の身体から黒い霧となって噴き出した。



 その霧を、座っていた少年が吸い込んだ。




「――ギ、ガァァァァァッ!!」




 少年の口から、人間とは思えない咆哮が上がった。



 華奢な体がビキビキと音を立てて膨張し、肌の下でどす黒い血管がのたうち回る。


 

 瞳の白目が反転し、そこから溢れ出した魔力が、物理的な衝撃波となって時計塔のガラスを吹き飛ばした。


 


「おっほっ! うまく言ったようだな。見ろ、偉大なる始祖の再来を!!」



 ヴォルガードが高笑いする中、暴走した少年の背中から、黒い泥のような翼が噴出した。



「なぁ、世の中お前みたいなやつばっかなのか?」




 シドが防壁シールドを展開し、暴風を防ぐ。




 ココは柱の陰に隠れながら、「うわー、Bプラン確定だねぇ♡」と呑気に実況している。





 バルツはコートの裾を翻し、『魂の穿孔針ソウル・ドラフト』を構えた。




「僕みたいなのって、どういう意味だよ」



「つまりぃ? なんていうの? ちょっと痛い感じ」



「よく考えてみろ。国の宰相があれなんだぞ? つまり僕がスタンダードで、君みたいに冷めた人間がイレギュラーなんだよ」



「はあ、やっぱり亡命しときゃあよかったぜ」




 シドが重火器を構えて、宰相に向ける。




「俺はあいつを担当するよ。お前は小さい方な」



「すぐに終わらせろよ。自慢じゃないが、僕の腕力は小3並みだ」



「誰も自慢だと思わねぇよ」




 バルツは、暴走する少年――世界を壊そうとする「神の器」へと向き直った。



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