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「あなたが新しい甘味役の人なのね。はじめまして。会えて嬉しいわ!」
「えー、ツイファと申します。こちらこそ賢妃様にお会いできて大変光栄です...」
「そんな堅苦しい呼び方は止めて。気軽にシャンお姉さんって呼んでね」
そう言って目の前の女性は花が咲き誇るような明るい笑みを浮かべた。
呼べるわけないだろ。
思わずツッコミが零れそうになるのをなんとか耐える。
今目の前にいるのは3人目の三夫人こと、賢妃の喬珊様である。
18歳と他の三夫人よりも若いせいか。
それとも生まれついての雰囲気がそう感じさせるのか。
シュエメイ様やズージン様に比べて背筋を伸ばしたくなるような雰囲気の重さがない。
側仕えたちも賢妃やシャン様とかではなく姫様と呼んでいる。
この方は本家筋ではないらしいが、それでも西家で有力な家系の生まれなので身分は高いはず。
しかし、言動を見る限りでは違和感があった。
なんともチグハグな方だ。
改めてシャン様をじっくりと眺める。
緩く波打った明るい色の髪が特徴的で、それに合わせて服も明るい桃色を中心に統一されている。
高めの声と口調に幼さと甘さが残っているのは年齢のせいか。
美女というよりは美少女、美人というよりは可愛らしいといった容姿だ。
圧倒的な明るい雰囲気を撒き散らしていて、眩しさに目が焼かれそう。
満開の花畑に座っていればさぞかし映えるだろう。
微笑み1つで男たちが夢中になる姿が目に浮かぶ。
一見すると化粧は濃くなく、爪も比較的短めで目立たない明るい色で塗られている。
全体的にケバケバしさはないが、よく見ると塗り忘れのような隙は全くないので、化粧に手を抜いているわけではない。
いわゆる自然な感じに仕上げた、男性が好みそうな化粧だ。
側仕えの仕事なのだろう。
匠の技が光っている。
えー、正直なところ、個人的な感想としてはあまり近づきたくない人物である。
いや、人間的に嫌いだとかそういうわけではない。
部屋に並ぶ側仕えたちは無駄口を叩かずにジッと立っており、この妃に忠誠を誓っているのがよく分かる。
それが女性としてなのか、それとも庇護される対象としてなのかは分からないが、魅力があるのは確かだろう。
だが私は巻き込まれたくないのだ。
彼女の第一印象は女に嫌われそうな女を具現化した存在。
夫や恋人の近くにいてほしくない女を決める大会があったら、圧倒的1位を取りそうだと直感が告げる。
会話していてウッとなると言えば分かってもらえるだろうか。
言動が礼を逸しているわけではないが、ところどころで距離感がおかしく、一瞬で間合いを詰めつつ自分の可愛らしさを最大限に振りまいてくる。
突如現れて暴れるだけ暴れて去っていく、北方の騎馬民族のようだ。
もちろん大変失礼なので死んでも口には出せない。
この言動が天然なのか狙ってやっているのかは分からないが、男の前でどんな振る舞いを見せるのか興味が湧いて仕方なかった。
ただ、その場合は遠く離れた安全な場所から眺めていたい。
彼女は安全でも、彼女に狂わされた男たちが刃傷沙汰を起こしてはこちらの身が危うい。
普通の男では簡単に転がされるに違いないが、あの可愛げのない上司をぶつけたら、さぞかし愉快な光景が広がりそうである。
「あなたは西方人に料理を習ったのよね?どんな人だったの?目が緑色や赤色をしてるって本当?肌が青色の人もいると聞いたのだけれど」
「いえ、流石に赤色の目や青色の肌は聞いたことがありません…。私の知っている西方人は地平の彼方の国の出身で緑色の目でした。砂漠を越えたすぐの辺りの国になると、また目の色や肌の色も変わるそうです。どうしてそのようなご質問を?」
誰がそんなことを教えたのか。
…もしかして私が知らないだけで本当に青い肌の人間がいるのか?
「だって我が家は西にあるのよ。西方人との付き合いが増えるのは当然だし、他の人の感想も気になるでしょ?家にいた頃には、何かと物騒だから気をつけるようにお父様からも言われていたの」
「ご実家でですか?」
いいところのお嬢様が西方人とお目見えするなどそうあることではない。
せいぜい商人が売り込みに来るぐらいだ。
はて?と不思議そうにしていると、側仕えの1人が口を開いた。
「姫様が幼い頃、西方の国々から間諜が送り込まれ、この国の情報を集めようとしていたのです。先帝の頃は特に活発で、政治の重役にも手を伸ばしていたとか。西家でも怪しい人物は捕らえていますが、完全に防ぐことは難しくあります」
ああ、なるほど。
西から間諜が送り込まれるなら、西家の領内に拠点を作ろうとするのが当然か。
護衛は付いていただろうが、人質にされる危険を考えて娘に釘を差したわけだな。
「ところで、あなたのお母さんってどんな人?」
側仕えの話を踏まえて色々考えていたところに、シャン様がまた別の話を放り込んできた。
なぜ今そんなことを聞くのか?
顔色を伺うが笑顔の奥にある意図が読めない。
「……既にこの世にはおりませんが普通の人でした。側室故に派手な生活ができないことを差し引いても、至って普通の町人のように暮らしていました。ですが、父の話は楽しそうに聞いていました」
「つまり、あなたのお父様にとっては特別な人だったということね。素敵!」
シャン様はキャーと一際甲高い声を上げながら身をよじらせる。
それは恋の話に夢中になる年頃の娘にしか見えなかった。
だが、この後宮という場所にあっては極めて浮いていた。
しばらくして、ようやく落ち着いたシャン様は少し頬を赤く染め、コホンと咳払いをしてから改めて話し出した。
「お願いしたいことが2つあるのだけれど……いいかしら?」
シャン様は申し訳なさそうに頬に手を当てながら首を少し傾げた。
たおやかさをこれでもかと発揮したその姿に一瞬だけ心が揺れるが、冷静になって言われたことを振り返る。
1度に2つとはワガママですね。
だが、立場の差があるので無下に断ることもできず、こちらの足下ギリギリを見抜いたお願いを伺うしかなかった。
「非才の身ですからシャン様のご要望を全て承ることはできませんが、まずはお話だけでも伺いたく思います」
私の言葉を聞いて側仕えたちがピクリと揺れた。
目が細く鋭くなり、こちらを射抜くように見つめてくる。
「ウチの姫様の願いを断ろうとするとは」とか、そんな感じの怒りが透けて見えた。
どうやら男だけではなく、女にも気をつけねばならないようだ。
「ええ、それで構わないわ。まずはお話だけでいいから聞いて。1つ目のお願いは白玉柿という果実を使ってお菓子を作ってほしいの。西家の名産品なのだけど知ってる?」
「いえ、申し訳ありませんが存じ上げません」
そんな柿は聞いたことないぞ。
白くて玉のように丸いのか?柿なのに?
「姫様。白玉柿は生産数が少なく、高位貴族の間で全て消費される高級品です。後宮には用意してありますが、普通は市場に出回りません。甘味役殿がご存知でないのも仕方ないかと」
困っていると年嵩の偉そうな側仕えが補足してくれた。
こちらは普通の菓子屋出身なので、そんな高級品なんて使ったことなどないわ。
「あら、そうなの?じゃあ、西家の珍しい果物はどれも駄目?お菓子は作れそうにないの?」
シャン様は少し悲しげに目を伏せる。
居並ぶ側仕えたちが目をカッと見開いた。
ここで出来ませんとか言ったら殺されそうだ。
「いえ、柿の一種ということであれば、なんとかなるかもしれません。西家の珍重な果物は取り扱ったことはございませんので、十分に良さを引き出せるかは分かりませんが」
「できるのね!」
今度はシャン様の顔がパァッと明るくなる。
子どものように表情の移り変わりが激しい。
しかし、おかげで側仕えたちの表情も元に戻った。
「じゃあ、2つ目のお願いなのだけれど、久々にお茶会を開いてほしいの」
「お茶会?」
「そう、三夫人が集まるお茶会よ」
そんな言葉を聞いた記憶があるなと必死に思い出そうとすると、あの上司の顔が浮かんできた。
確か庭園に面した部屋で優雅にお茶を楽しむ催し物だと言っていたな。
関係が良好とは言えない三夫人を集めたお茶会。
上手くこなせば褒美は期待できるが、何が起きるか分からないだけに危険性も高い。
頭の中で天秤にかける。
うむ、できることなら関わりたくない。
「そちらに関しましては私では判断致しかねます。そのようなご要望は全て管理官殿の決裁を仰ぐよう言い含められております」
頭を下げて丁重にお断りする。
悪いのはあの上司だ。
文句はあちらに言ってください。
だが、これで片付いたと思いきや、シャン様は引かなかった。
「それなら、お手数だけど管理官様にお伝えしてね」
柔和な笑みを浮かべながら、当たり前のように押し込んできた。
えっ、諦めないの?
「それと…」
それと!?
「久しぶりのお茶会なのだから、皆が楽しめるような要素を取り入れた方がいいと思うの。そうね…………三夫人がそれぞれお題を出すのはどうかしら?そのお題に合ったお茶とお菓子を楽しむ。いい案だと思わない!?」
シャン様は子供のような笑顔を浮かべ、目をキラキラと輝かせていた。
側仕えたちも口々に「素晴らしいお考えです」とか褒め始めている。
待ってほしい。
菓子を作るこちらとしては勘弁して頂きたい。
「……それも含めて管理官殿にお伝えさせて頂きます」
顔を伏せ、歪みそうになる表情を隠す。
こうなったらあの上司が頼りだ。
当面の間、茶会はやらないと言っていたのだから、ここはバシッと「駄目だ」と叩き切って貰うしかない。
「もちろんよ。許可が下りた時の話だけど、お題を聞くのは他の2人を優先して」
「それはどうしてでしょうか?シャン様が発案者ですよね」
発案者が最初に例を提示し、それを見て残りがお題を決める方が円滑に進む。
だが、当の本人は首を横に振った。
「発案者だからよ。言い出した本人が先にお題を決めたら、押し付けられたみたいで気分が悪いでしょ?それに指定する材料が被ったらあなたは困るじゃない。お茶を3つ指定されたらどうするの?」
「あー、はい。まことにおっしゃる通りです。最後に伺います」
大変ごもっともな指摘を受けて文句をつけることすらできない。
それにしても、こういうところは頭が回るんだな。
うーむ、どこまでが天然の行動なのか判断できない。
こうなったらなるようになれ。
色々と諦め、まずは今日の菓子作りを始めることにする。
「それでは、ご希望の白玉柿を使った菓子作りに取り掛かろうかと思います」
有無を言わさず頭を下げて部屋を出る。
ついてきた側仕えに台所を案内してもらうが、結局2つとも、実際は3つの要求を飲むことになったことにため息が漏れた。
一段上手の商売人相手に交渉したような疲労感が体を包んでいた。
いや、まだ何も終わってないが。




