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「ふむ、なかなか良い腕前をしている。管理官殿は良い部下を持ったようだ」
「恐縮です」
お褒めの言葉を賜ったので頭を下げる。
目の前で菓子を食べているのは貴妃の霍子衿様。
挨拶と自己紹介もそこそこに、「では何か作れ」と言われたわけだが、どうやら満足頂いたようだ。
いきなり台所に連れて行かれたので容姿もろくに確認できなかった。
なので、失礼がない程度に改めて確認する。
ズージン様は南家の本家筋の生まれで21歳。
藍色のまっすぐな髪とスラリとした体型が特徴的だ。
そして、シュエメイ様に比べて肌の色が少し濃い。
小麦色といったくらいだが、これがもっと濃くなれば南方出身だと一目で分かる。
格好いい系の女性なので、女性が憧れる女性といえば分かりやすいか。
すぐに菓子作りをやらせるあたり、即断即決型で先頭に立って指揮を取る類の人間なのだろう。
女性からモテそうだが、顔と色気で誑かそうとする上司と違って嫌悪感は湧かなかった。
(なにもここまでシュエメイ様と正反対にならなくとも…)
胸の中で悪態をつく。
歳や身分は似ているが、容姿や人間性が反対では比較したがる者も多いだろう。
当然、口さがない者も出てくるし、当人たちの耳にも入る。
後宮では煙の無いところにも火が立つが、燃える材料があればその火は容易に大きくなる。
燃やされる側からすればいい迷惑だ。
「料理の説明を頼む」
「はい。側仕えの方、材料を並べてください」
私の指示に従って、側仕えたちがテキパキと机の上に材料を並べていく。
主が仕事に厳しいせいか、軍のように動きが早く無駄がない。
嫌々に従っているわけではない。
調理の時もしっかりと監視役がついていたので、側仕えからも忠誠を向けられる御仁のようだ。
本来は料理の説明をしてから試食して貰う予定だった。
しかし、「何も知らぬまま試してみたい」とズージン様が言い出したのでこんなことになっている。
実に豪胆である。
それでいて、私のような新参者を率直に褒めるあたり度量が大きい。
「ズージン様から指定された課題は甘い粥。南から中央に来て体調を崩した側仕えのため、高血圧改善の効果がある食材を使うこと。そして、指定の黒茶にあった味わいにしろとのことでした」
「そうだな」
確認事項を述べる私に対して、ズージン様が鷹揚に頷き肯定する。
ここに来て高血圧対策とは、食堂で聞いた話は本当だったようだ。
「今回使用した食材は柿、リンゴ、杏仁、クルミ、栗。そして、厚みのある板春雨となります。柿は古来より生薬として用いられるほど薬効が高いと言われています。そこで、他の食材と合わせて高血圧を改善し、体調を整える料理を目指しました。栗を加熱した後に潰して水を加えて滑らかな粥にして、切った他の食材を加えて煮込みました」
食材が乗った皿を1つずつ指差しながら説明していく。
どれもズージン様が手配した南家から取り寄せた薬効の高い食材なので、効果は折り紙付きだ。
「今回は西方でポタージュと呼ばれる料理を元にしました。本来であれば汁物の一環であっても菓子料理ではありません。ただ、あちらには甘い穀物粥の料理もありますので、この国で伝統的に食されている甘い粥とも親和性が高いと判断しました」
クルミと杏仁は滋養に富んで高血圧を改善するとされる。
リンゴは消化を助け、体調を整える。
柿は干し柿や葉が生薬として使われるほど薬効が高い。
こんな調子で説明を続ける。
なお、板春雨だけ薬効とは関係がない。
「板春雨は何のために入れた?高血圧の改善効果などないはずだ」
案の定あっさりと突っ込まれる。
このやり取りで、問題や手抜かりがあると容赦なく指摘してくる類の人間だと確信した。
これは側仕えの人たちも大変だな。
「満足感を増すためです。リンゴと柿は加熱すると僅かな歯ごたえを残して柔らかくなり、杏仁はとろけるような食感になります。ポタポタとした栗の粥では歯ごたえが不足しますので、モチモチとした板春雨を団子代わりに入れました」
「それならば小麦粉の団子でもよかろう」
やたらと追求が厳しい。
何かの試験かこれは?
いや、試験だったな…。
「南家といえば、小麦の麺よりも透明な春雨を好むとされていますので、そちらの方がよろしいかと判断しました。それに、小麦よりも板春雨の方が弾力に富みます」
「ふむ…」
ズージン様が顎に手を当てて思案し始める。
今言った通り、南家では麺の細さに関わらず透明な麺が上品であるとされ、白く濁った小麦の麺よりも春雨が好まれている。
ちなみに、南家と仲の悪い北家では全く逆で、小麦の麺の方が上である。
どちらも原材料がより多く収穫できる関係でそうなっているのだろうが、だからこそ和解の道は酷く遠い。
中央育ちの人間からすると、こんなところで喧嘩しなくてもと思うが、食べ物の恨み辛みは根深いのだ。
「よろしい。大変よろしい。杏仁やクルミを使って脂を加えているから、風味の強い黒茶にも味わいが負けていない。満足したぞ」
ズージン様がパチパチと拍手しながら褒めてくれた。
「ありがとうございます。ご満足頂けて一安心しました」
これで無事一仕事終えられたとホッと一息ついた。
仕事に厳しそうな相手だったが、評価に私情を入れないので、むしろやりやすかったといえる。
しかし、完全に油断したところに手痛い一撃が飛んできた。
「徳妃にも体に配慮した菓子を作ったのか?例えば牛乳のような食材を使ったものを」
何気ない一言だが、体がビクリと震えた後、私の表情が岩のように硬直した。
背中や脇が汗でジットリと濡れるのが分かる。
どこで知った?
当然だが、私はシュエメイ様に作った菓子の話などはしていない。
「そんな厳しい顔をするな。後宮では食材は食堂にて管理することになっている。どこの側仕えが、どんな食材を手配したのかを知れば、自ずと想像もつくだろ」
ズージン様は苦笑するが、こちらは全くもって笑えない。
つまり、食堂の関係者を買収したか、配下を送り込んだか。
口ぶりからすると、側仕えにまでは手は及んでいないようだが。
シュエメイ様の側仕えであるメイファンは「どこの妃も弱みを隠そうとしている」と言っていたが、相手の弱みを集めようとする者がいるのも当然か。
しかし、それだけでは誰がとまではいかない。
残り半分はカマをかけた。
そして、私の迂闊な反応を見て、予想の正しさを確信した。
不味い。
非常に不味い。
大失態である。
「そうでしたか。それでは本日はこのあたりで…」
「待て」
これ以上ボロが出ないうちにサッサと退散しようとするが止められる。
後になって上司から叱られるようなことは避けたいのだが、ズージン様は犬に合図をするようにこちらに手のひらを向けたまま、近くにいた側仕えに小声で何か伝える。
その側仕えは部屋の隅にある箪笥を漁り始める。
はて?と疑問に思いながら待っていると、側仕えが小瓶をこちらに差し出してきた。
「それは褒美だ。そのまま使っても良いし、不要なら売って金策に使え」
「…これは香でしょうか?」
青い紋様が入った白磁の小瓶の蓋を開けると、中の黄色の粉末から非常に甘い香りが漂ってくる。
これは香だ。
火を点けて焚きしめるのではなく、少量手に取って肌に擦り込むようにして使う塗香だった。
最近では油に香りを染み込ませた西方式の香も流行りつつあるが、どうやらズージン様は古風な香を好まれているらしい。
「南家の領地に咲く金木犀の一種。私のお気に入りの花を使った塗香だ。私も使っている。風呂上がりに使えば格別だぞ」
「南の方はお風呂は熱いと仰られることが多いのですが、ズージン様はお風呂好きでしたか」
「南に比べればこちらは冷えるからな。体を温めようとついつい長風呂してしまう。側仕えたちからも、のぼせないようにと厳しく言われているよ」
ズージン様は「もう寒くなるのは諦めたがな」と自嘲気味に笑う。
暑いのには慣れていても冬は辛そうだ。
それはともかくとして、問題はこの塗香である。
「よろしいのですか?貴重品ですよね?」
「構わん。この宮にも花は咲いているから、必要なら作ればよい。帰りに改めて庭園を見てみろ。一際黄色い花がそうだ。私もよく眺めている。なんなら、舞踊や楽器よりも好きなくらいだ」
そう言われて宮に入った後のことをふと思い出す。
渡り廊下を歩いていた時、確かにこんな香りが漂っていた。
体を動かすのが好きかと思いきや、花を眺めるのが好きとは。
存外、素朴な人柄をしているんだな。
問題はこれが情報提供の対価と見なされな
かねないことである。
あの甘味役は職務上で知り得た話を他の妃に売り払っている。
そんな噂が立てばとうなることか。
「勘違いしないように。これはあくまでも菓子に対する褒美だ。今日出た話は決して言いふらしたりはしない」
ズージン様はそう言ってくれるが、周囲がどう判断するかは別の話だ。
こうして人は逃げ道を失っていくのだなと思いつつ、礼を述べて小瓶を懐にしまい込む。
それにしても、自分が使ってる塗香を褒美として贈るとは。
情が深いのか、それとも重いのか。
売っていいとのことだが、本当に売ったらブチギレられそうなので売るに売れない。
しかし、全く使わなければ、それはそれで失礼だ。
まあ、ボチボチ使っていこうと腹を決め、ズージン様に改めて頭を下げて退室する。
宮を出る途中で渡り廊下から庭園を見渡したが、確かに一際目立つ場所に黄色い花が咲いていた。




