7
「仕事ぶりは問題ないようだな」
顔の良い男が報告内容に満足気に頷き、茶を啜った。
口では褒めてくれてはいるが、「まあこれくらいはやってもらわないとな」という空気が漏れているのが癇に障る。
ちなみに今飲んでいる茶は、目の前の男が「茶を淹れてくれ」と言い出して、仕方なく私が淹れたものだ。
こういう時の世話役だろと老女の方を見たら、彼女は部屋の隅でせっせと手紙らしきものを確認し、返事をしたためていた。
飾りのついた封筒に入っているのは身分が高い貴族からのものか。
彼女と自分を比較するに、こちらに雑務を依頼するのは当然の話だった。
茶葉の指定が無かったので、炒った豆や干しブドウ、棗、干し龍眼、ミカンの皮などを放り込んだ八宝茶を淹れた。
八宝茶は体に良さそうなものを適当に突っ込めばいいだけの簡単な茶だ。
いっそ精力増強に効く食材でも放り込んでやろうかと思ったが、後で何かあったら責任問題になるのを危惧して止めた。
感謝して飲むがいい。
「ヤオ様、報告内容を疑わないのですか?出来過ぎと言われてもおかしくないほどですが」
少し突っ込んでみるが、ヤオ様は「お前の言葉に心底驚かされた」と言いたげに、芝居がかった仕草で両腕を開いた。
「追って徳妃からも報告が入る。嘘をついていればすぐに露呈することくらい分かっているだろ?」
「......…そうですね」
つくづく可愛げのない上司だ。
菓子屋で雇っていた女性たちが、「男は多少抜けていたり隙がある方が良い」と力説していたが、その理由がなんとなく分かってきた気がする。
「とはいえ、ここまで高い評価を得られたのは想定外だ。側仕えたちからも信頼を得られたのなら、この先の仕事は随分とやりやすくなる。念のため確認だが、徳妃は何と言っていた?」
「希望が見えた。もっと前向きに頑張ろうって思えた。そんなことをおっしゃっておられました」
「ふむ。希望に、前向きか」
「意味がよく分からなかったのですが。ヤオ様ならお分かりになりますか?」
ヤオ様は顎に手を当ててしばし思案する。
だが、その答えを口にすることはなかった。
「...さてな。女心は男が理解するには難し過ぎる。それよりも次の仕事だが、残りの三夫人のところも回って貰おうか」
「えっ、もう次の仕事ですか?人使いが荒くありませんか?」
話を誤魔化すように仕事を押し付けてくる上司に対して遠慮なく文句を言う。
短い付き合いだが、この御仁がどういう性格なのかはなんとなく掴めてきた。
この程度の無礼さなら笑って許してくれるだろうし、むしろそれくらい度胸がないと評価を下げる種類の人間だと判断した。
「人使いが荒いか。では、今回の仕事に対して褒美を与えよう」
ふむと呟き、ヤオ様は机の中から布袋を取り出し、机の上に置いた。
少し重い金属音が響く。
もしや!
思わず背筋が真っすぐに伸び、直立不動の姿勢を取った。
「小遣い程度だが、金子を用意した」
「ありがたく頂戴致します!」
表面だけの申し訳なさを取り繕いながら布袋を持ち上げる。
見た目は小さいがズシッとした重みがあった。
ちらりと中を覗くと、そこに入っていたのは銅貨ではなく金貨。
ゲェッ!
どこが小遣いだ!
下級官吏の月給くらいあるし、育ち盛りの弟の服代やら小物代は十分賄える。
これだから上流階級の人間は常識というものをわきまえていないと揶揄されるのだ。
「この調子で仕事をこなしてくれれば追加分も支払おう」
「おまかせください!」
力いっぱいの返答を聞いて、ヤオ様がにんまりと笑う。
いけない、これは嫌な予感がする。
「では、まずは貴妃、次に賢妃のところを伺ってくれ。用件は今回と同じでよい」
「......おまかせください。それと金子ですが、家族に送り届けて貰ってもよろしいでしょうか?後宮では使い道がありませんし、持っておくのも不用心です」
「分かった、手配しよう。どうせならお前からも一筆添えるがいい」
「では、手紙は後ほどお渡しします」
頷いて布袋をヤオ様の前に戻す。
手紙に「上司が酷い。金払いはいいけど」と書こうかと思ったが、手紙は検閲されそうなので止めた。
ヤオ様は布袋を机の脇にどけ、指でトントンと机を叩いて注意を促してきた。
「この先、仕事を務めるにあたって、1つ申し伝えておくことがある」
「はい。なんでしょうか」
「まず、私と皇帝陛下の仲は悪くない、むしろ極めて良好だ」
「はぁ...。ご兄弟と仲が良いのはなによりですね」
いきなりよく分からないことを言い出した。
確かに左遷としか見えない職に就いていることを踏まえれば、継承争いをした弟とは仲が悪いようにしか思えない。
だが、今更そんなことを言われてどうしろというのか。
「次に、私の目的は後宮の立て直しだ。先帝の頃は後宮が乱れ、妃が官僚と繋がって政治に口を出し、大いに国が荒れた。それ故、皇帝や政治に悪影響を及ぼすような妃は排除せねばならない。そんな妃が皇后になれば、再び大惨事が起きるからな」
「あの、その、大惨事とは具体的にどんなことがあったのですか?」
「四家同士での戦争。財政悪化による国庫の払底や無理な増税、庶民の生活圧迫。汚職や権力争いの拡大と官僚機構の機能不全。10人いた継承権持ちも生き残りは皇帝陛下と私だけだ」
それは暗殺とか毒殺ということですよね。
本当に厳しい世界だ...。
ヤオ様は仲の良い弟君が相応しい妃を皇后にできるよう、汚れ仕事を請け負ったということか。
ようやく状況が理解できた。
心底関わりたくない。
「...ヤオ様はご結婚されないのですか?独り身ですよね?」
ヤオ様は22歳だから結婚していてもおかしくない。
皇族が足りないのなら、さっさと子供を作れと言われているはずだ。
そんなだから悪い虫が寄ってくるのだと暗に揶揄する。
「皇帝陛下に公子がいない状況で自分に子供ができると、継承権と政治でまた揉めることになる。公子が育つか、私の身分が剥奪されるまで結婚はできない」
ヤオ様は大きなため息をついた。
公子が育つということは赤子が生まれる必要があるので、早くても10年くらいはかかる。
さっさと結婚したければ皇籍を返上するしかない。
それまで結婚できないとはなかなか大変だ。
女なら降嫁だが、男の場合はなんと言うのだろうか?
「それで、その話を踏まえて私はどのように振る舞えばよろしいのでしょうか?」
「基本的には今まで通りでよい。お前を前に妃たちがどのような対応をしたのかを、それだけは漏らさず報告せよ」
「私がどう見たかではなくて?」
「相手は取り繕うことに慣れている。見破るのは難しいだろう。だが、人品というものは何気ない一言や表情にこそ本質が現れる。もし、血筋が優れていないお前を見下す者がいれば、その者は他者に同じことを繰り返す」
悪く言えば、「お前の人物眼は当てにしていない」と言われたようなものだが、当てにされても困るので黙っておく。
「なるほど。だから試金石ということでしたか」
「最初に敢えて伝えなかったのは、下手に芝居をされても困るからだ。一仕事終えた今なら大丈夫だろう。お前はお前のままでよい」
「かしこまりました」
ヤオ様に深々と頭を下げる。
つまるところ酷い対応をされたら上司にチクればよいだけか。
なら大した問題ではない。
私の気も晴れるし、上司も人材の評価ができる。
下手に相手の本性を引き出そうとすれば逆に利用されかねないので、余計なことはするなと釘を差されるのも納得だ。
問題があるとすれば、頭の回る妃ならそれを察して対応を変えることだろう。
私を挟んで妃と上司が騙し合いを始めるとか止めてほしい。
差し当たって、目下の問題は次に訪問する貴妃である。
貴妃の名前は霍子衿。
21歳で南家の本家筋の生まれ。
歳が近く似た境遇のシュエメイ様と比較されることが多い。
そして、北家と南家は仲が悪い。
もうバチバチである。
領地が接していたら間違いなく戦争していたともっぱらの評判だ。
この国では三夫人の地位に差はない。
まずシュエメイ様の元に行かせたのは、そちらの問題が深刻だったからだろう。
北家の後に南家の妃のところに行くとなると、順番や家格がどうのこうの言われそうで正直気が重い。
酷い目に合ったら上司に八つ当たりしてやろうと心に固く誓った。




