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今回用意した果物は桃、梨、黒ブドウ。
桃といえば白い桃や黄色い桃が一般的だ。
北家の名産品である大紅仙桃があるとメイファンに教えて貰ったので、今回はこれを使うことにする。
初めて見る桃だが果肉が赤く、他の品種よりも一回り大きいからこの名がついたらしい。
大ぶりだが適度な硬さがありつつ、やたらと甘い。
北家の領地で育つものは何でも甘くなるのか?
選ぶ際に味見させて貰ったが、値段を聞いた後には全く味が分からなくなっていた。
これらの果物を細かく刻んで、それぞれを別の鍋で砂糖と少量の塩を加えて煮込む。
砂糖は甘さを補うためのもので、塩は味に深みを持たせ、甘さを引き立たせるためのものである。
煮込んでいると果肉から水分が出てくる。
そのまま水分を飛ばしつつ潰し、トロトロになるまで煮込んだら一旦脇に置く。
少し深みのある円形の皿に桃酥の生地を貼り付け、重しを乗せてかまどで焼いて固める。
焼き上がったところでしっかりと固まっているのを確認できたら、これで器が完成。
「温度管理が難しい料理だけど、あんまりやったことないのよね。まあ、失敗しても大丈夫なように作るつもりだけど」
そう呟きつつ眺めるのは鍋で温めている白い液体。
これに砂糖と米粉を加えて煮込み、少し温度が下がったところでショウガの搾り汁を加える。
これも火から下ろして蓋をしてしばし待つ。
後は盛り付けだけだが、お茶をどうしたものか。
食堂で貰えばよかったなと思いつつ、監視役として張り付いているメイファンに尋ねることにした。
それにしても、料理の監視役としてメイファン以外にも2人の下女がついてくるとは、いささか警戒し過ぎではないか?
毒殺する気なんてないぞ。
「メイファン様、お茶の在庫はどのようなものがありますか?」
「基本的なものは揃っているわ。シュエメイ様は緑茶や白茶が好きだから品揃えは良いけど、代わりに黒茶は少ししかないわね」
「今回の菓子は甘さが控えめで、生地に脂が多めになっています。香り高く、苦みと渋みが少ない緑茶か白茶を淹れて頂けますか?」
「いいわよ。果物を使うから、甘い香りのする白茶よりは緑茶の方が良さそうね。いくつかの茶葉を少量淹れるから味見して」
おおっ、想像以上に助けが手厚い。
正直、茶葉を投げつけられて、「自分で淹れなさい!」とか言われるのも覚悟していた。
教育が行き届いているというのはなんと素晴らしいことか。
「ありがとうございます」
「......お茶のことは構わないのだけど、これは何を作っているの?見たことがないから西方の料理?」
メイファンが焼き上がった型を覗き込む。
焼き固めた型と煮込んだ果物、それと蓋をした鍋の中身。
何が出来るのか彼女の知識では想像できないようだ。
「はい、これは古い時代に西方で広大な領地を得た国が発祥とされる、タルトという料理です」
興味深げなメイファンに「少しなら触っても大丈夫ですよ」と伝えたが、「崩したら怖いから」と拒否された。
見知らぬ料理に恐怖心を抱くのは貴族といえど変わりは無いようだ。
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「お待たせしました。今回ご用意したのはタルトという菓子、それと南山春萌茶という緑茶になります」
そう言ってシュエメイ様に頭を下げている間、メイファンが菓子が乗った盆を机に置く。
盆の上には白い皿に乗った丸い菓子と緑茶。
それを見てシュエメイ様の顔から笑みが溢れた。
初めて見る菓子を前に、子どものような表情を浮かべている。
「楽しみに待ってたの!このためにご飯を抜いちゃったわ」
飯は食えよ。
側仕えの人は頭を抱えてないで、主の体が弱ってるんだから無理矢理にでも押し込め。
いや、腹が一杯で菓子も食べたくないと言われたら困るか...。
随分とお茶目な方のようだが、側仕えというのも大変そうだ。
「丸い皿のような型の上に、色違いの醤と果物を切ったものが乗っているわね。醤の仕切りになっているのは小麦粉の生地を焼いたもの?果物は桃と梨、それにブドウかしら?」
「はい、茶色の土台は桃酥の生地を押し固めて焼いたものになります。そのまま手に取ってお食べください。上に乗っているものは果物を潰して煮詰めた醤、西方でいうところのソースやジャムとなります。醤の材料はそれぞれ上に乗っている果物と同じです。タルトとは古い西方の言葉に端を発したもので、丸い皿状の菓子のことを指します」
シュエメイ様は楽しげにタルトを眺めている。
丸い生地の表面には小麦生地を焼いて作った仕切りが置かれ、ちょうど円を三等分した形になっている。
そこに果物のソースを注ぎ、小さく切った果物を乗せている。
この国にはない盛り付け方なので目新しいのだろう。
側仕えたちもソワソワしており、主の手前みっともない真似はしないが気になって仕方ないようだ。
後ろの台に人数分用意してあるから、今は我慢して後で食べてください。
「赤に白、透明と色合いが綺麗。この果物を選んだ理由は?」
「古来より桃は不老長寿の象徴。梨は百果の王と呼ばれ、咳を鎮め、熱を冷まし、体に潤いを与えると言われています。そして、ブドウも同じく気と血を補う薬効があるとされています。ご体調が優れないようでしたのでこちらの果物を選びました」
「あら、そんな理由があったのね。じゃあ、ありがたく頂くわ」
シュエメイ様が待ち切れないとばかりにタルトを持ち上げ、一口サクリとかじる。
側仕えたちの視線も主の口元に集中する。
本来であれば礼を逸する行為だが、誰も咎めようとはしなかった。
そのままシュエメイ様はモグモグと咀嚼するが、突然目を見開いて口元に手を当て、大きな声を漏らした。
「牛乳の豆腐!?」
どうやらタルトの中に隠し詰め込んだ部分に届いたらしい。
「はい、温めた牛乳にショウガの絞り汁を加えると豆腐のように固まります。ただ、それだけでは硬さが足りないので、今回は米粉を加えて指で押せるくらいの硬さに仕上げました」
「ああ、確かにショウガの香りがするわ。これと果物のソースのおかげで牛乳の匂いが気にならない。これなら私も大丈夫よ」
そう言うや否や、シュエメイ様は驚くほどの勢いでタルトをパクパクと食べていく。
初対面の時のやつれ具合が嘘のようだ。
そしてタルトを食べ終え、緑茶をゴクゴクと飲み干し、フーと大きく息をついた。
顔が少し上気しており、首筋に汗が浮かんでいる。
どうやらご満足頂けたようだ。
側仕えがシュエメイ様の汗を拭くと、慌てて恥ずかしそうに姿勢を整えた。
「ゴホン......あなたの腕前ですが、素晴らしいの一言です。食事が美味しいと思ったのは久しぶり。本当にありがとう」
そう言ってシュエメイ様が頭を下げる。
「頭をお上げください!......過分なご評価、身に余ります」
慌ててシュエメイ様を止める。
三夫人に頭を下げさせたと上司にバレたら何を言われるか分かったものではない。
気持ちはありがたいが勘弁して頂きたい。
「サクサクとした土台に、プルプルとした牛乳豆腐。そして、深みのある甘い果物のソースは味が違うから飽きることなく食べられる。どれも甘いけれど甘すぎず、スッキリとしたお茶がよく合っているわ。料理の説明をお願いできるかしら?この豆腐がなぜ土台に染み込まないのかも気になるの」
「もちろんです。メイファンさん、新しいものを机に置いて頂けますか?」
事前の打ち合わせ通り、メイファンは後ろに置かれていた台から新しいタルトを取り、シュエメイ様の前に置く。
ついでに、他の側仕えたちも台からタルトを取ってしげしげと眺めていた。
礼儀はどこに行った。
ゴホンと咳払いをして説明を再開する。
「桃酥の生地を使った土台は食感が良いものの、そのままでは豆腐の水分が染み込んで駄目になります。そこで月餅の生地を被せることで水分を通さないようにしました。豆腐の上にも同じ生地を被せ、ソースが染み込まないようにしています。ソースの仕切りに使ったのは月餅の生地に油を更に加えたもので、パリパリとした食感にすることで食べ味をちょうどよい塩梅に整えます」
「三層構造ということ?手が込んでるわね」
シュエメイ様がタルトを手に取り、楽しそうに眺めている。
こういう話が好きなのだろうか?
深くは突っ込まず、聞かれたことだけに集中する。
「薬食同源という言葉があります。今回の菓子で使用したものは全てその考えに沿って選びました。果物は説明した通り。牛乳は体を作り、ショウガは体を温め百邪を強力に防ぐと言います。そして、塩を加えていますので、体全体の調子を整える効果もあります」
ショウガも北家から仕入れたものを使ったが、これがまた薬効が高くて驚いた。
普通のショウガと同じ量を摂取するだけで、汗がすぐに噴き出てくる。
市場にはあまり出回らない品らしく、流石後宮といったところだ。
こんなものを仕入れていれば金も飛んでいくのは当然。
料理人としては同じ食材でも薬効や味が異なるのは正直困るので、暇を見て味見や検証しなければならない。
「この汗はショウガの効果なのね。あえて牛乳を使ったのはどうして?」
「最初にお会いした際、苦手そうでしたから。それに、このショウガを入れた豆腐や、果物のソースと混ぜれば匂いも気にならなくなります。日々の食事で無理無く取り入れることができると示したく。もちろん食べ過ぎれば、何事も毒に転じるのでご注意を...」
「薬食同源!いい言葉ね。メイファン、近くで見ていたあなたはどんな感想を持った?」
「えっ!?」
突如話を振られたメイファンは慌てて口の中のものを飲み下した。
毒見として既に1つ食べているので、あれは2つ目ということになる。
ああ見えて実は甘いもの好きなのか?
キリッとした美女の口元にタルトの欠片がついているのは御愛嬌だろう。
「......料理自体もさることながら、北家で食べていた砂糖漬けやはちみつ漬けとは違い、甘すぎない点を高く評価しています。この国では富の象徴として砂糖を多く使う風習がありますが、このくらいの甘さの方が果物本来の味を楽しめますし、少し塩を加えた味が個人的にも好みです。日持ちを考えていないという点はあるにせよ、色々と考え直す切っ掛けになりました」
「そうね、北家の名産品を新しく考えるよい機会かもしれないわね。お父さまにもこのお菓子を食べて頂きたいわ」
いきなり新商品開発の話が始まった。
流石は名家、仕事が手広い。
説明し忘れていたが、塩を入れたのは味に深みを持たせるためだけではない。
食が細っているというなら体に塩が足りていないと考えたからだ。
その状態では甘いものを食べても正しく味わえない。
だから、体が欲する塩を加えて、美味いと感じやすくなるよう仕向けた。
結局のところ、果物は良いものであればあるほど手を加えない方が美味い。
新鮮な味わいや香り、調和の取れた甘さと酸味の前では調味料の味は不自然だ。
だが、果物を小麦の生地に挟んで食えというわけにもいかない。
それでは果物と小麦をバラバラに食べたのと変わらないからだ。
だから、料理に合った形に加工しつつ、素材本来の味を引き出せるように調整する。
これでこそ料理と呼べる。
そして、用意した緑茶は苦みと渋みが少なく、それでいて春に草木が萌芽するような爽やかな香りが特徴だ。
甘さが控えめで果物の香りが漂うタルトにちょうど良い。
選んでくれてありがとうメイファン。
好きなだけタルトを食べていいぞ!
「褒美を渡さないといけないわね。何かほしいものはある?」
「いえいえ!私は職務を果たしただけですから…」
初仕事で褒美を貰ったとなれば、他の官女たちからどんな目で見られるか分かったものではない。
ここは慎み深く断り、次回に期待しよう。
「駄目よ。功績には褒美を渡すのが道理。他の者たちも貰っているから、堂々と受け取っても問題ないの。あなた自身の希望ではなく、家族の希望でもいいわよ?」
家族!
これはもしかして絶好の機会か?
流石に父リーフォンの復職は難しくとも、弟ジーフイくらいなら面倒を見てもらえるのでは。
「えー、官吏を目指す弟がおりまして...。任官時の世話とかお願いできたら大変ありがたいのですが……無理ですかね?」
少し卑屈になりながら希望を口にするが、シュエメイ様は「あら、そんなことでいいの?」と逆に拍子抜けしたようだった。
「それくらいならいいわよ。珍しい話でもないし。代わりといってはなんだけど、弟さんの顔見せも兼ねて、父が都に来た際に菓子を振る舞ってほしいのだけど」
「もちろんです!やります!やれます!やってみせます!」
うおおお!
いきなり目的の1つが達成できるとは!
しかも相手は北家の本家筋、つまり当主。
権力者の伝手としてはこれ以上のものはない!
思わず拳を突き上げると、それを見たシュエメイ様がクスクスと笑い出した。
「これからもよろしく。あなたのおかげで希望が見えたの。もっと前向きに頑張ろうって思えたわ」
評価が重い。
いや、ここは素直に喜んでおこう。
「そこまで褒めて頂けると恐縮です。それでは上司に報告する必要がありますので、今日のところはこのあたりで...」
「ええ、次の機会を楽しみにしているわ」
シュエメイ様が笑みを浮かべながら手を振ってくれる。
タルトを食べ終えた側仕えたちの視線もこころなしか優しげだった。
頭を下げて退室した途端、一仕事終えた安堵感から思わず深い息が漏れ、落ち着けるように胸を撫で下ろす。
正直、こんなガバガバな計画が上手くいくとは思いもしなかった。
下がった上司の評価も急上昇だ。
褒美の話は報告せねばならないが、これで咎められることはないだろう。
この調子なら父の復職もなんとかなるかもしれない。
まだ見ぬ未来に期待を寄せ、上司が待つ執務室へと向かう足取りは非常に軽かった。
ツイファは預かり知らぬことではあるが、ツイファが退室した後、シュエメイはタルトを眺めながらジッと何かを考えていた。
「食材には薬効を持つものがあり、何事も過ぎれば毒に転じる。確かにいい言葉ね...」




