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食材確保のため食堂へと歩いている途中、前を歩く案内役の側仕えを改めて見直す。
美帆と名乗った彼女は見た目は若く20歳ほどに見える。
髪を後頭部の少し高い位置で縛って、美しさと動きやすさを両立していた。
顔立ちはキリッとしていて可愛い系ではなく美人系。
男装すれば女性から人気を得られそうな見た目だった。
側仕えよりは護衛の服が似合いそうだな。
爪も手入れはされているが短く、しかも塗られていない。
妃と違って機能性を重視しているのは職務に忠実な証か。
歩き方や手の置き方、背筋の伸ばし方といい、然るべき教育を受けたことが一目瞭然。
やはり高位貴族の側仕えはそれに見合うだけの人材が配置されているようだ。
そんなことを考えていると、メイファンが急に動きを止めてクルリと回ってこちらに向いた。
「1つ注意ですが、シュエメイ様が牛乳や豆乳が苦手だと広めないようにお願いします」
「はあ、もちろん広めたりはしませんが。気にされる理由でもおありでしょうか?」
「他の妃からすれば、その程度のことですら叩く材料になるからです。体が弱っていたり、病気を抱えていると噂されれば大問題になります。体が弱い妃からは病弱な子供しか生まれないと言われ、皇帝陛下から忌避される恐れすらあるのです。どこの妃もそういった話は外部に漏れないよう注意しています」
「...............大変ですね」
世知辛いわ。
箸の上げ下げどころか好き嫌い1つが弱みになるとか、やる方もやられる方も息苦しくて仕方ないだろうに。
男たちからすれば苦手な食べ物の1つくらい愛らしく感じそうなものだが、相手が女性ではそれも通じないのか。
そんなことを考えている間に食堂に到着する。
メイファンはそのまま責任者らしき中年の女性へと話しかけた。
「シュエメイ様の使いの者です。食材を分けて頂きたいのですが」
「ああ、話は聞いているよ。好きな物を持っていっておくれ。規則だから、持ち出す物と個数は確認させて貰うよ」
「はい。ツイファ様、倉庫に案内します」
側仕えはそのまま食堂の裏へと進んでいく。
その後を追いながら私は色々と思案する。
(今、話は聞いていると言った。つまり、事前に手配していた?)
となると、シュエメイ様が菓子を作れと言ったのは思いつきではなく、最初から試験を課すつもりだったということになる。
あのやりとりは芝居だったということか。
優しそうな人物だったのに、つくづく妃というのは油断できない。
「規則といわれましたが、食材の持ち込みは厳しく管理されているのでしょうか?」
食材の種類が少ないようでは困るため、メイファンに尋ねる。
後宮なのでそんなことはないはずだが油断はしない。
こちとら父と弟の将来がかかっているのだ。
「ええ、過去に問題が起きてから持ち込みや管理が厳しくなったの。食材だけじゃなくて薬の類もね。でも、必要なものは揃っているわ。例えば、砂糖は使い切れないほどあるはずよ」
メイファンが指差す方を見る。
確かに山積みにされた砂糖があった。
しかも、白砂糖や黒砂糖、氷砂糖などと種類も豊富だ。
念の為、手にとって確かめてみると品質も問題なかった。
砂糖がなくては菓子作りなどできないので、ホッと胸を撫で下ろす。
この国では砂糖が安い。
北家の領地には甘葛と呼ばれる蔓があり、それを煮込むだけで簡単に甘い液体が取れるからだ。
それを塩作りの如く煮て水分を飛ばせば砂糖になる。
甘葛は繁殖力が非常に強く、いくら採っても勝手に生えてくるし、手を抜くと畑まで侵食してくる。
砂糖が取れなかったらただの厄介な害草である。
北の地は冬になると雪に覆われるが、甘葛は寒冷な土地でも生き残る生命力がある。
甘いのは生き残るために栄養を溜め込んでいるからと言われている。
青龍がもたらした草木の1つとされ、これが理由で青龍は甘いもの好きと称されていた。
「北家出身のシュエメイ様にはただ甘いだけでは通じないわよ」
メイファンが助言というか釘を刺してきた。
確かに砂糖の本場育ちなら評価が辛くなるに違いない。
さて、どうしたものか。
「メイファン様、北家だと果実を砂糖水に漬けて干した、砂糖漬けが有名ですよね?」
「ええ、果実も生のものや干したものを使ったりと種類も豊富よ。北家由来のものはあのあたり、西家由来のものならこっちの方にまとまってるわ」
メイファンは淡々と倉庫の配置を教えてくれる。
新参の甘味役を下に見る素振りはなく、不満を抱えているような様子もない。
聞かずとも必要な情報を教えてくれるあたり、仕事に真面目な人物なのだろう。
主の面子を無視して一切助力をしない側仕えもいると聞いていたので、当たりを引いたことに喜びつつ、相槌を打ちながらありがたく傾聴する。
「共用の食材以外にも、特定の家のために手配されたものもあるから、持ち出す時は食堂の者に確認するように」
「それはどのような食材があるんですか?」
「例えば、南家の者が大陸中央に移って来ると、体調を崩して高血圧になる者が時折出るらしいのよね。それを憂慮した南家出身の三夫人の1人、貴妃が血圧を下げる効果のあるお茶や食材を用意したらしいわ」
「ああ、環境が変わるとそういう問題も出てきますね」
この国の領地は広い。
南の出身なら雪など見ること無く一生を終えるだろうし、比較的温暖な中央の寒さですら堪えるに違いない。
気温によって血圧は上下する。
それによって何らかの症状が出ることは珍しくない。
老人が冬場に風呂に浸かり、心臓が止まって死ぬのも血圧の変化のせいである。
側仕えの体調不良に配慮するとは貴妃は存外優しい方のようだ。
倉庫を見て回り、いくつかの食材に目星をつけた後、食堂の者を捕まえて話を聞く。
「月餅の生地はありますか?無かったら桃酥の生地でも構いません」
「両方あるよ。どれくらい必要なんだい?」
「試作と側仕えの方の分を含めて...これくらいで。それと、月餅の生地は2つに分けて、片方には脂を多めに練り込んで、折り畳んで頂きたいです」
「脂を?構わないけど、折り込み生地がほしいならこいつはどうだい?」
食堂の者がそういって作りかけの生地を見せてくる。
それはまさに期待通りの代物だった。
「それがほしかったんです!果物を選び終えたらまた伺いますね」
「はいよ」
頼み事を終えた後、いくつかの果物、そして米粉などを選び、持ち運び用のカゴへと放り込んでいく。
その食材を見てメイファンが不思議そうに口を開いた。
「あなた、老婆餅でも作るの?」
「似ていますが違います」
老婆餅とは、脂を練り込んで何度も折り畳んだ生地を焼き、サクサクした生地の中に砂糖漬けの冬瓜ともち粉の餡を詰めた菓子である。
庶民から貴族まで愛好者の多い菓子であり、冬瓜以外を使った派生品も多い。
手にした食材から逆算すれば、これを元にして料理を作ろうとしているように見えたのだろう。
「作ろうとしているのはですね...」
そう言いかけた途中でバタバタとした足音が聞こえ、食堂に駆け込んできた男性が言葉を遮った。
「おばちゃん!済まないが冷ましたお湯に塩と砂糖を突っ込んで医局に運んでくれ。また馬鹿が出やがった!」
ひとしきり指示を出し終えた男性は、すぐさま食堂の外へと走り出す。
忙しないというか、余裕が無いにもほどがある。
「...あれは?」
今しがた消えた男性の方を指差しながら食堂の者に尋ねると、大きなため息をついた後に答えてくれた。
「医局の人間、つまり医者だよ。ぶっ倒れる妃が時折出るんだとさ。自分の出身地から肌が綺麗になる食材を仕入れて馬鹿みたいに食べたり、美人になるって評判の薬を商人から買って山ほど飲んだりしてね。いい迷惑だね」
「規制が厳しいはずでは?」
首だけ動かしてメイファンの方を向く。
彼女は額に指を押し当てて必死に耐えている最中だった。
「......恐らく話題になっているのは丹薬、普通のものよりも手間暇かけて作った高価な薬の類でしょう。もしくは薬効が高い生薬に近い食材かと。薬は商人が持ち込むものだから、監視が厳しいとはいえ中身を確認しきれないのも事実です。露呈すれば商人は一族血祭りに上げられるので、流石に毒を持ち込もうとする者はいませんが、それでも成分不明の胡散臭い薬に手を出す妃は後を絶ちません。食材の方も、地方限定の品となれば詳細までは確認しきれません」
ははあ、南家が高血圧対策に食材を仕入れているように、他の妃たちも胡散臭い食材を仕入れているということか。
薬並みに効果が高い食材であっても、地方限定品となれば監査の者が「そんなもの知らんわ」となるのも致し方ない。
実際、私も倉庫に置かれた食材の多くが見知らぬものだ。
そして妃たちは隠れて大量に食べて体を壊すと。
南家の手配した食材にしても、血圧を無闇に下げれば失神したりもする。
限度を守らないなら毒と変わりはしない。
妃は美しさが武器である。
その武器を少しでも磨き上げたいという気持ちは分かるが、冷静さと命を失っては元も子もないはずだが。
やっぱり世知辛いわ。
キラキラした世界はどこへ行った。




