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「三夫人の1人、徳妃のところに行って貰う。名は樊雪梅。妊娠していたが流産して気を病み、体が弱っている。彼女を慰撫してほしい」
重いわ。
最初の仕事がこれって重すぎるわ。
というか、あの試験ってそういう意味だったのか。
翌日、ヤオ様から下された指示に従い、目的の妃の住む宮に向かう足取りは鎖が付いたように遅かった。
子供を亡くして落ち込んでいる相手に、菓子を食べて元気になってねとか言えるわけないでしょ。
成果を上げて報酬を貰うどころの話ではない。
叱責されなかったら御の字だ。
何を考えているんだあの上司は。
権力があって顔が良ければ全て許されるとでも思っているのか?
(やらぬという選択肢は無い…)
初仕事を拒否できるはずもない。
しかし、相手は偉い家出身のお姫様である。
機嫌を損ねれば文字通り首が危うい。
父に教わった内容を思い出しながら、なんとか動揺を収めようと深呼吸を繰り返す。
槐帝国は帝国と言うだけあって、下に4国が仕えている。
それぞれの国は四神を祖とし、血を継いだ家が建国の頃から治めている。
それ故に国と家は同義とされ、家と呼ばれることの方が多い。
東家は青龍、西家は白虎、南家は朱雀、北家は玄武。
帝国の四方はそれぞれの家の領地であり、中央が皇帝の直轄領となっている。
四家に繋がる者たちも皇帝一族と同じく、生まれながらにして特殊な能力を持っているため、程度の差はあるにせよそれが身分の証明となる。
初代皇帝はこの四神を従えて国を興したと言われているが、四家の仲は円満ではない。
四家同士で戦争を起こしたこともあるし、なんなら家中でも権力争いをして一枚岩ではないらしい。
争いは政治の場だけに留まらずそのまま後宮へと持ち込まれ、政治が絡み合った実に面倒な状況を作り上げている。
先帝の時代には後宮が大幅に拡大したが、結果的に妃同士の争いもあって大いに政治が乱れたとのことだ。
止めろ、巻き込まれる側の身にもなれ。
今回伺うシュエメイ様は北家かつ本家筋の生まれの20歳で、赤い髪と穏やかな性格が特徴と聞いている。
冷気と土を操る能力を持つらしいが、やんごとなき方々は無闇に能力をひけらかしたりしないので見る機会は無さそうだ。
そんなことを考えていると、目的の宮が見えてきた。
三夫人ともなれば豪奢な専用の宮が与えられているし、側仕えや下女の数も比較にならない。
当然、監視も厳しく、門の前には女の兵士が護衛として立っている。
(菓子などいらん!って、門前払いしてくれないかな)
淡い期待を抱きながらため息をついた後、私は門へと近づいていった。
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残念なことに宮中へと通されたところまではよかったが、中の空気は最悪だった。
誰か助けて。
事前情報通りシュエメイ様は赤い髪が特徴的な美女だったが、それ以上に大きな胸の方が目を引いた。
国士無双と評したくなるが、口に出すわけにはいかないから、皆は髪と性格のことだけしか触れないのだろう。
柔和な顔立ちに穏やかな性格、それに女性らしい体つきとあれば、世の男性たちなら誰しも嫁に迎えたくなるに違いない。
北家が後宮に押し込みたくなるのも当然だろう。
この分なら家からの支援もさぞかし手厚いに違いない。
それはつまり、機嫌を損ねれば非常に危ういことを意味する。
問題はやつれ切った顔と落ち込んだ雰囲気である。
少し下がった目尻は優しげだが、目の下の隈が全てを台無しにしていた。
頬も少し痩せこけ、気だるげに椅子にもたれかかるように座っている。
化粧で誤魔化しているものの唇はカサついているし、病人一歩手前であるようにしか見えない。
爪も形を整え艶のある赤色で塗られているが、指先が少し荒れている。
笑みを絶やさないように努力してくれているらしいが、時折力尽きて真顔になるのが逆に恐怖心を煽っていた。
(駄目だ、これは本格的に不味い)
妃たちの仕事は子を生むことであり、それが流れたことは体を引き裂かれるような苦痛だろう。
親族や側仕えからは落胆され、他の妃たちからは馬鹿にされる日々に耐えねばならいとくればなおさらだ。
そんな相手を慰撫しろとは無茶を言ってくれる。
上司への好感度が凄まじい勢いで下がっていくのが分かる。
「初めまして。私はシュエメイ。新しく着任された甘味役だと聞いたわ」
「はい、甄翠花と申します。私のことはツイファとお呼び下さい。この度は私の上司であるヤオ様から、シュエメイ様のご体調を伺うと共に所用があれば申し受けるよう言われております」
「そうね...」
そう言いながらシュエメイ様は側に置かれた小さな机から茶碗を手に取り、コクリと一口飲んだ。
その顔が僅かに歪み、もう一口飲もうとせずにすぐ机へと戻す。
(はて、苦手な飲み物をわざわざ飲んでいる?薬の類か?)
そんな自分の視線に気が付いたのか、シュエメイ様は再び茶碗を持ち上げ、こちらに見えるように傾けた。
「牛乳よ。体に良いから飲むように言われているのだけど、匂いが苦手なのよね...」
「なるほど。牛乳は体を作ると言われていますが、匂いにクセがあります。苦手な方は豆乳を飲まれたりしますが」
「あいにくと、そちらも得意じゃないのよ」
飲みたくないわけではないのだけれど、と残念そうにため息をつくシュエメイ様。
美女は困り顔でも様になっていた。
確かに豆乳も匂いにクセがある。
湯葉は食べられても豆乳は飲めないという人は多い。
この方もその部類なのだろう。
「シュエメイ様。お気持ちは分かりますが、少しでも栄養のあるものを食べて頂かないと...」
「分かってはいるのだけれど...」
シュエメイ様の隣に立つ、背の高い側仕えが困ったような顔で口を挟んできた。
このやつれ具合を見れば、口の隙間に食べ物を詰め込みたくもなる。
しかし、食が細くなっているなら自分の出番はない。
適当なところでお茶を濁して退散するとしよう。
「それでしたら、ここに甘味役殿がおられるのです。せっかくですから何か作って貰いましょう」
「あっ、そうね。たしかにいい案だわ」
おい、待て。
こちらに飛び火してくるんじゃない。
「えー、菓子とはいえ、無理に食べようとするのはいかがなものかと...」
「普段と違うものであれば、もしかしたら喉を通るかもしれないの。お手数だけどお願いできないかしら?」
物腰は丁寧だが引く気は無いようだ。
上流階級育ちだけあって押しが強い。
諦めて仕事に向き合うことに決めた。
「何かご希望はございますか?」
「そうね...」
カサついた唇に指を当てながらシュエメイ様は天井を見上げて悩む。
そして、両手をポンと合わせ、良い案を思いついたとばかりに笑顔を浮かべた。
「果物3種を使った菓子を出してくれないかしら?それと、あなたは西方の料理に通じていると伺ったわ。帝国の菓子に西方の要素を取り入れたものが食べてみたいの。以前、ケーキなどの西方の料理を食べたことはあるのだけれど、この国の料理人ならどんなものに仕上げるのか興味があったのよ」
さすが姫様、何気ない要求が随分と重い。
しかし断れない。
自分に許される解答は、「やります。やれます。やってみせます」のいずれかだけだ。
「お任せ下さい」
そう言って頭を下げる。
何を作るか必死に頭を回転させつつ、菓子作りの参考になるような材料が無いかと必死に部屋を見渡す。
梅の花が活けられた白磁の花瓶、金色の蜂の細工がついた黒と赤の簪、釉薬が塗られた青い茶碗、翡翠の首飾り、銀細工の腕輪、白地に緑色の花が浮かぶ茶壺、穏やかな森のような香りの香、玄武を象った木細工。
「台所にある程度の食材はありますが、足りない分は食堂に取りに行きましょう。案内します」
側仕えの1人がどうぞこちらへと促してくる。
小麦やら米やらならともかく、確かに日持ちしない果物をそんなに抱えているはずもないか。
食材を眺めつつ案を練るための時間を稼ごう。
「お願いします」
そう言って側仕えの後をついて部屋を出た。
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「あなたなら何を作る?」
部屋に残ったシュエメイが側仕えの方を向いて問いかけた。
「菓子といえば小麦粉の生地で餡を包んで焼いた月餅が定番です。ただ、そんなありきたりなものを出してくるとは思えませんし、出してきたらクビでしょう」
「そうなるでしょうね」
側仕えは顎に手を当ててしばし思案する。
「シュエメイ様のお話を踏まえて西方のケーキに似たものを出すなら、小麦の生地を蒸した蒸餅か焼いた面包。食感を変えるならサクサクとした焼き菓子の桃酥。具材で工夫するなら、柿を生地に練り込んだ柿子餅や、モチモチとした生地を丸めて餡を挟んだ驢打滾あたりが候補になります」
「砂漠地帯を超えたあたりの国だと、揚げ菓子も多いらしいわ。あの子がどこまで学んでいるのか楽しみね」
シュエメイはウキウキとした表情を浮かべながら茶碗へと手を伸ばし、牛乳を一口飲む。
「...やっぱり苦手」
そう言って小さくため息をついた。




