表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶と甘味、花と毒  作者: 牛熊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/12

3

「光と雷...確かにご本人様ですね」


「本気を出せばもっと大げさなこともできるが、流石にこんな場所でやるわけにもいかない。今はこれで留めてくれ」


ヤオ様が指を振ると先程まであった光と雷がサッと消える。


その動きに合わせ、ヤオ様の斜め後ろに立っていた老女が口を開いた。



「ヤオ様、そろそろ仕事のご説明をお願いします」


老女は抱えていた書類をヤオ様に渡し、受け取ったヤオ様は書かれた文字を指先でなぞる。


先ほども目に入ったが、指先が少し節くれ立っているのは剣の修行のせいか。


それにこの老女はどういった立場の人間になるのだろうか。



「この者は付き合いの長い世話役だ。女性と2人だけで部屋にいるわけにはいかないから、こういう時は同席して貰っている」


そんな考えを読んだのか、ヤオ様が説明を加えた。


「ご配慮頂いたということでしょうか?」



見目麗しいわけではない私も、女であることには変わりない。


未婚の女性が男性と部屋に籠もるというのは聞こえが悪いから、第三者を同席させるのは礼節を守っているといえよう。


仕事の話が漏れないよう部屋の扉を閉めていることを踏まえれば、至極妥当な判断だと納得した。


だが、そんな考えはあっさりと否定される。



「密室で2人きりになったら襲いかかって来る者がいるからな」


事もなげに言われてげんなりとした。


配慮したのは自分のためではなく、この美丈夫のためだった。


どうやら、天上人に対して実力行使に訴える馬鹿がいたらしい。



(まあ、その顔なら仕方ない。......やっぱり働く場所を間違えてるんじゃないの?)


後宮に来るまで場違いな自分に悩んでいたが、目の前の人物のおかげでどうでもよくなってきた。


だが自分には権力の庇護が無い。


彼が許されているのはそれがあるからだと気を引き締める。



「さて仕事の話だが、承知の通り菓子作りが主な仕事となる。最初は妃に菓子を振る舞って腕前を証明して貰うことになるが、ゆくゆくは茶会の手配も任せることになる。茶の知識もあるということでよいか?」


「はい、と申しましても所詮は町の菓子屋ですから、高級なものはあまり詳しくありませんが...」


「構わん。専門家の補助もある。必要なら教育の手配もする。では簡単な試験をしよう」



その言葉を聞いてピクリと体を震わせた。


ここにきて試験だと?


駄目だったら追い出されるのだろうか。


しかし、ヤオ様は優しげに微笑んで言葉を続けた。



「大した問題ではないから心配するな。まず、飲茶には粗茶(そちゃ)散茶(さんちゃ)抹茶(まっちゃ)餅茶(へいちゃ)がある。それぞれの作り方を述べよ」


「粗茶は切って作り、散茶は炒って作り、抹茶は炙った後に砕いて作り、餅茶は臼で突いて固めて作ります。いずれも茶の葉を蒸した後に行います」


内心で拍子抜けした。


聞かれたのは基礎中の基礎である。


なんだ、この程度の問題なら大したことはない。


さては自分の緊張をほぐすためのものだったのか。



「うむ、古典通りの解答だ。まあ、今どき茶に塩を入れて飲む者は少ないから、古典と同じ淹れ方をされても困るがな。では、ここに甘い緑豆の粥があるとしよう。食するのは北の生まれの妃。体を少し病み、体力の回復に努めているところだ。お前なら何の茶を合わせる?」


ヤオ様が当然のように次の問題を出してきたのを見てギョッと驚いた。


おい、いきなり難易度が上がったぞ。


簡単な問題で油断させてからこれとは、見た目と違って意地が悪い。


しかし、文句を言えるはずもなく、怒りを堪えながら必死に頭を回転させる。



「......常であれば甘さと脂を洗い落とす黒茶か青茶を勧めます。ですが、病み上がりの方には黒茶の強い香りが鼻につきます。青茶は飲みすぎると喉を痛めますから、こちらも避けるべきでしょう。また、北の生まれということは砂糖に慣れ親しんでいる可能性が高く、落ち込んだ気持ちを落ち着かせるためには甘さは残した方が良いかもしません。従って苦みが控えめな緑茶。それも香り高く味が濃すぎないものを合わせるのが良いかと。散茶であればそのまま、抹茶であれば薄めに入れます」


青茶は半発酵茶で、黒茶は後発酵茶を指す。


いずれも緑茶より発酵具合が強く、味も香りも複雑になるが、その分だけクセも強くなる。


脂っこい料理と合わせて飲むのに向いているが、病み上がりの身には少しばかり厳しかろうという判断だった。



この説明を聞いてヤオ様は満足気に頷く。


趣味と現場で培った経験を掘り起こし、何とかして捻り出した回答は合格だったようだ。


「苦い茶なんかカスだ。甘い菓子にはスッキリとした味の茶を合わせろ。それが天の理だ!」と店で熱弁していた北の生まれのおじさんには後で感謝を捧げよう。



「今の問答こそがお前の仕事だ。あらかじめ定められた正解など無い。その状況でその相手で、何が正しいのかを探し求める。それを私は望んでいる。もちろんお前の作る菓子もだ。これは店の商品を取り寄せ、味見もした上での判断である」


天上人が自分の菓子を食べたと聞いて目を見開いた。


子供が小遣いを握りしめて菓子を買うのとはわけが違う。


どうやらこの方は随分と行動力があるようだ。



「お口汚しを...」


「謙遜する必要はない。必要だから採用したのだから自信を持て」


「物珍しさだけではなく、味も悪くなかったと?」


「当然だ」



その言葉を聞いて思わず笑みが溢れた。


顔のいい男に褒められて気分が悪くなるはずもない。


こんな簡単に転がされたりはせんぞと気を引き締めるが、偉い方に自らが作った菓子を評価されるのは望外の結果である。


これで皇帝一族が認めた菓子であると看板に書くことができるし、店も繁盛間違いない。


言質は取ったぞ。



「西方の料理や菓子を食べたことはあるが、お前の菓子はよく出来ていた。西方人に習ったと聞くが、どういう人物だったのか?」


油断していたところに質問が投げ込まれ動きが止まる。


「……優しい人でした」


歯に物が挟まったような答えだが、ヤオ様はそれ以上問い詰めず、フムと一言漏らしただけで終わる。



「そうか。では、もう少し具体的な仕事の話をしよう。この国では茶を飲む時間が何よりも大切にされている。貴族だけではなく庶民も茶をよく飲む。そのため茶会で出される茶菓子も手を抜くことはできない」


ヤオ様の言葉に頷く。


庶民でも菓子に煩い者は多い。


豆の餡を潰すか潰さないかで喧嘩が起きるほどだ。



その後、甘味役が関わる催し物について色々と説明が続いた。


手間がかかるものでいえば、後宮では定期的に茶会が開かれているらしく、その差配を全て任されるとのことだった。


だが、その茶会は当面開催される予定はないと言われ、いきなり大仕事が降ってこないことに胸を撫で下ろす。



「お前を招聘したのは後宮の立て直しのためだ。政変による影響で後宮が荒れ、不幸が続いているため、落ち込んだ妃たちを慰撫したい。有り体に言えば、目新しい菓子を出して気持ちを上向かせようという話だ」


「菓子でですか?」


「菓子で機嫌を取ると言えば馬鹿らしく聞こえるが、これで妃が立ち直るなら安いものだ。宝石や衣装にかかる金を考えれば破格と言っていい。側仕えや官女たちも新しい菓子を見て刺激を受ければ、後宮の空気も少しは改善されるだろう」


「なるほど…」



そう相槌を打ちながら疑問を覚えた。


筋は通っているがいささか迂遠なやり方に思える。


先帝の頃は金遣いが荒かったと聞くので、財政の立て直しのため少しでも出費を惜しんでいるのかもしれないが違和感があった。


何か別の狙いもありそうだな。


だが、後宮に来るまでのことを思い出し、それ以上深く聞くのを止めた。


権力争いに首を突っ込むのは避けると決めたのだ。



「なお、特定の妃に肩入れする必要はない。お前は誰かの妃に仕えるのではなく、私に仕えているのだ。いくつかの妃を回って貰うが、要求があれば私に報告し、必要なら判断を仰ぐように」


「かしこまりました」


「そちらから質問はあるか?」


ヤオ様に問いかけられ、「そうですね...」と頭を捻る。



「前任者の方はどういった理由でお辞めになられたのですか?」


「職務に忠実ではなく、期待に添えなかっただけだ。先帝の頃から務めていた人物だったが、問題のある人材をいつまでも留めるわけにはいかない」


ほう、つまり依願退職ではなく、クビということか。


頭の中で警報が鳴り始める。


こうなると前任者の首が胴体に繋がっているのかも怪しい。


二の舞いにならないよう、もう少し情報が必要だ。



「菓子作り以外にどんな働きぶりを求めておられますか?それを知らねば期待通りの結果を出せません」


「強いて言えば、お前への妃の反応を見て、妃の評価をしたい」


よく分からないことを言い出したなと眉をひそめる。


どう考えても甘味役の仕事ではない。


というか、答えを聞いても具体的に何をすればいいのかもよく分からないままだ。



「私は釣り餌ですか?」


「使い捨てるつもりはない。貴重な試金石だと思ってくれ」


「そうですか...」


それ以上の説明はしてくれそうになかったので追求を諦める。


偉い人には色々と思惑があるのだろう。


知らないことだらけなのだから、無駄に頭を悩ませるよりは与えられた仕事に集中すべきだ。



(それにしても...)


改めてヤオ様を眺める。


国内での彼の評判は「弟に後継者争いで負けた兄」という扱いである。


大っぴらに彼を口悪く言う馬鹿者はいないが、さりとて高く評価する者もいない。


実際、今の立場を勘案すればそれも仕方ないだろう。



皇帝の親族が後宮の管理官を務めることは多いが、流石に継承権持ちがやるような仕事ではない。


左遷や閑職と同義であり、冷や飯ぐらいとしか言えないのだ。


口さがない者からすれば、「兄が弟の閨の世話とは」と馬鹿にするに違いない。


ただ、その割には当人は全く気にした素振りがないのが不思議である。


自暴自棄になって後宮の女たちに手を出している方がまだ理解できるが、実際は手を出すどころか出されないように配慮しているくらいだ。



(少なくとも能力面で下に見られるような人間ではない。それどころか、身分から考えれば実に物わかりが良く、下々の者にも気を配れるだけの器量がある)


人の噂は当てにならないが、ここまで優秀な人間を後宮に貼り付けておくのも惜しい。


普通に宮殿で政治関係の仕事をさせれば良いのにと思うが、弟である現皇帝と仲が悪いのだろうか。



「...もう少し身なりに気を配った方が良いかもしれんな」


そんなことを考えていると、いつの間にかヤオ様が目の前に立っていた。


全身をジロジロと見られ、何とも居心地が悪い。



「料理をする身ですから、手の込んだ化粧や派手な服を着るわけにはいきません」


逃げようと一歩後ろに下がるが、ヤオ様は逃がすまいと踏み込んでくる。


「髪型を変えるだけでも印象は変わるだろう。せめて顔を出したらどうだ?目立つ傷があるわけでもあるまい?」


そう言いながらヤオ様はこちらに手を伸ばし、右目を覆っていた髪を手で押し上げた。


目線が合うや否や、ヤオ様は驚きの表情を浮かべ、動きがピタリと止まった。


ドクンと胸が高鳴る。



「ヒェッ!」


予想外のヤオ様の行動に驚き、つい思わず突き飛ばしてしまう。


女の細腕でどうこうできるような相手ではないが、よほど当たりどころが良かったのか、ヤオ様は胸に手を当ててゴホゴホと咳き込んだ。



(やってしまった!)


苦しむヤオ様を見て血の気が引いた。


皇族への暴力。


処罰確定の事案である。


父に何と詫びようかと考えていると、老女が近づいてきた。


これは世話係からの折檻が始まるのかと体が震える。


しかし、老女の矛先は自分ではなかった。



「女性の髪や顔にみだりに触れてはなりません。普段女に何をしても喜ばれるから、どうせ自分に触れられて嫌がる者はいないから、と勘違いしているのでしょう。そんな女性に迫られてばかりだから距離感がおかしくなるのです。日頃から厳しく言っているのに、まだ理解されていないようですね」


老女がやおらヤオ様を叱責し始めたことで、事情が掴めず頭が混乱する。


ゆっくりと、しかし圧がかかった説教を前にヤオ様も逆らう素振りがない。



(なんだこの光景?)


唖然としていると、ようやく説教から解放されたヤオ様が向き直って口を開いた。


「済まなかったな。今日はこれで終わりだ。部屋に案内させよう」


その言葉に合わせ、老女は「どうぞこちらへ」と言い、廊下へと出ていった。


よく分からないが色々と終わったらしい。



「えー、......失礼しました」


私は胸を押さえながら、その後に続く。


まだ胸がバクバクと暴れ回っている。


この胸の高鳴りが何なのかはよく分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ