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茶と甘味、花と毒  作者: 牛熊


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20

シュエメイ様の宮からの帰途でシャン様と遭遇した。


正直、今最も出会いたくない人間だ。


道の向こうから来る彼女に黙って頭を下げ、下女たちと共に端に寄り、柱と化してやり過ごす。



「あら、お久しぶり。元気だった?」


作戦はあっさりと失敗に終わった。


「......はい。賢妃様もご健勝でなによりです」


引きつりそうになる表情を何とか取り繕って答える。


もちろん、断じて目線を合わせまいと目は伏せたまま。


そんな私を見て、シャン様は扇を口元に当てながらケラケラ笑った。



「そんなに緊張しなくても大丈夫なのに」


「色々ありましたから...」


「そうね。でも、疑いが晴れて良かったわね。報いを受けるべき人間が受け、これで万事収まるところに収まったのだから良しとしましょう」


意図の掴めない発言が唐突に飛び出し、「はて?」と首を捻る。


(私のことを言っている?いや、違う)



その瞬間、欠けた皿の足りない欠片がカチリとハマった気がした。


思わず顔を上げるとシャン様と視線が合う。


その表情は普段とは全く違っていた。


人形のような可愛らしい雰囲気は霧散し、酷く冷たい目をしている。


人を人とは思わず、まるで遊戯の駒としか見ていないような目。


背中に氷柱を突き刺されたような、ゾクリとした感覚に襲われる。


だが、よく観察するとシャン様の視線は私ではなく、少しズレた場所を見ていた。



(私ではなく、私を通して別の誰かを見ている?)


先程の言葉も、ここにいない人物に向けたものだろう。


彫像のように固まった私を見て、シャン様は普段通りの幼さを纏った表情へと戻る。


そして、いつもの可愛らしい笑みと少し甘さの残った声で笑い声を上げた。



「うふふ。じゃあ、また会いましょう。新しいお菓子を期待しているからね」


シャン様は手に持った扇をヒラヒラさせながら、側仕えたちを引き連れて去っていく。


騒動があったことなど微塵も感じさせない振る舞い。


私はそれを見て、「女は演技する」という言葉を噛み締めていた。



**********



「全部分かってやりましたね!?」


私はヤオ様の執務室に駆け込み、机をバシバシ叩きながら大声で叫んだ。


何がとは言わない。


だが、書類作業をしていたヤオ様は手を止め、ニヤリと笑みを浮かべる。


それを見て、自分の想像が当たっていたと確信した。



「シュエメイ様が復讐するよう差し向けましたね?シャン様にも情報を流し、2人の連携が上手くいくように手助けもした。そうですね!?」


我が身の安全を鑑みれば、こんなことを問いただすべきではない。


黙って胸の内に秘め、知らぬ存ぜぬと気がつかなかったことにするのが賢いやり方だ。


だが、込み上げる怒りがそうさせなかった。


口角泡を飛ばし睨みつける私を前に、小憎たらしい上司は作業の手を止め、余裕たっぷりに顔の前で手を組んだ。



「根拠は?」


「ヤオ様は堕胎薬を盛った人間をご承知です。2人にその情報を流すにしても、情報源として信頼され、舞台を整えられるのはあなたぐらいしかいません。証拠が残らぬよう、余った菓子の処分も手配されたのでは?」


いくら監視が厳しくなったとはいえ、堕胎薬を盛った人間が参加するというのに、あっさりと茶会の開催を認めるのはおかしい。


やられた側が依頼するとなれば尚更だ。


しかし、復讐の機会を与え、教唆するなら話は別。


ズージン様にしても、自領の名産品を自慢して優位に立てる催しを見逃すわけもない。


警戒して参加を見送れば、「逃げた」「後ろめたいことでもあるのか」「堕胎薬を盛った犯人は彼女では」と情報操作して追い込むこともできる。



「わざわざそんな面倒な手間を踏む理由はなんだ?」


ヤオ様は笑みを絶やさず問いかけてくる。


それはまるで答え合わせをする教師のようで、思わず苛ついて声を荒らげてしまった。


「あなたが直接手を下せば問題が拗れるからでしょう!それができるなら、さっさとそうしているはずです!」


ヤオ様は犯人を知っていても処罰できない。


なぜなら表立ってズージン様を処分すれば、南家が口を出してくるから。



「側仕えたちを丸め込んだのも、話を大きくさせないためだとすれば合点がいきます。助けられた彼女たちは地元に戻って報告するでしょう。『貴妃は病で亡くなった。怪しい点はない』と。自分たちの身を守るために必死に触れ回ってくれるに違いない。そう、あなたの希望通りに」


権力者同士の戦いでは証拠や正当性があったとしても話は簡単には進まず、拗れると相場が決まっている。


南家が出てくれば政治的な混乱を招き、後宮だけの話では済まなくなる。


しかし、堕胎薬を盛った犯人を放置すれば、今度は他の家が黙っていない。


だから落としどころが必要だった。



(そもそも、当の本人が迂闊に手出しできないと示していたではないか!)


ズージン様を処罰し、シュエメイ様たちの溜飲を下げる。


天秤のつり合いを調整するが如くだ。


『お前を招聘したのは後宮の立て直しのためだ』


初めて会った時に言われた言葉。


後宮の治安を乱す者を放置しては、立て直しも何もあったものではない。


罰を与えて反省させるか、後宮から追い出すか。


いずれにせよ、あの時から既に計画は始まっていたことになる。



「ヤオ様は全員の感情や立場を把握し、少しずつ背中を押した。あなたが手を下せば話がこじれる。だから私を使って場を整えた。珍しい菓子を作る女の甘味役。妃たちの元に送り込んで反応を探るのに都合が良く、状況を動かす切っ掛けにもなる。ええ、『必要だから』という意味が今ならよく分かります」


『誰が新しい甘味役を活用し、上手く取り込めるか』


そういう競争が始まったのだとズージン様の注意を逸らし、誘き寄せるための釣り餌が私だ。


実際、ズージン様は私を取り込もうとあれこれ画策し、他に対する注意や警戒を怠っていた。


訪問先もシュエメイ様を優先し、その次をズージン様にすることで、「どちらが皇帝にとって重要か」と対抗心を煽れば、その後の展開も容易になる。


こうなってくると、「直近で皇帝陛下がズージン様を訪れる回数を減らした」という話も仕込みに見えてきた。


彼は無能ではないと見抜いた自分の目に間違いはなかった。



(確かに優秀だ。苛つくほどに。誰も彼もが望みを叶える方向に誘導された。私もその1人だからな!)


恐らくズージン様が高血圧改善の薬を服用していたこと、用意した食材や茶の薬効も事前に把握していたに違いない。


私は何も知らされないまま、いいように利用された道化。


自分の菓子が貴人に認められたなどと自惚れていたのが恥ずかしい。



(傀儡のように扱われていい気分になるはずもない!)


ヤオ様は楽しげに話に耳を傾けていたが、私が話し終えるとパチパチと拍手し始めた。


「概ね正解だ。では、褒美として詳細を説明してやろう」



**********



シャンは自室へと戻った後、1人椅子に座って目の前の花瓶を眺めていた。


白と青の陶磁器に刺さっているのは1輪の一際黄色く甘い香りを放つ花。


ズージンが好きだと言っていた花だ。


それを眺めながら、今回の事件を思い起こす。



(計画は成功に終わった...)


ツイファがシュエメイの元を訪れた後、彼女の様子が変わったことにシャンは気がついていた。


すぐに目的がズージンへの復讐だと推測した。


ヤオから堕胎薬を盛った犯人を知らされていたからだ。


何か起きてもヤオは仕返しの範疇として見逃す。


そのくらいの冷酷さを持ち合わせた人間であり、情報を流したのは「そうしろ」という意図が込められたものだと見做していた。


だから、ズージンを誘き寄せるための茶会の開催を提案したし、ヤオもそれを承認した。



「でも、彼女は人を殺したいと思っていても、できない人間だから...」


復讐といっても殺すつもりはなく、せいぜい苦しませて溜飲を下げるのが精一杯。


善良な人間に囲まれて不自由無く育った人間らしい、一線を超えられない優しさ。


それが彼女の限界だとシャンは考えた。


だから、それに便乗する策を考案した。



「甘味役を貴妃の元に送り込んでくれたおかげで、管理官から流れてきた情報に確信が持てた。彼女は血圧を下げる薬を服用していると」


妃にとって、側仕えはただの道具でしかない。


身元確かで忠誠に厚かろうと、何よりも優先されるのは自分自身。


側仕えも文句を言わない。


妃に何かあれば、側仕えも道連れになると理解しているからだ。


多少の配慮をすることはあっても、側仕えの体調のために多額の費用をかけ、遠方から食材や茶を手配するのは異常だった。



「しかも、菓子に縋るほどに病状が悪化している。そんな体で薬効の強い食材を摂取すればどうなるか」


シュエメイのお題を聞いて、ズージンの病気を利用した嫌がらせが狙いだと判断した。


そして、ズージンは血圧を下げる薬効を持つ、地元名産の茶を自慢しようと選択した。


ここに一押し加えるために選んだのが金華柿だ。


この果物は、一定時間体温が高い状況を保つと、血圧を急激に低下させる効果を持っている。


これは使い方によっては危険物になるため、後宮への持ち込み時には厳しい検査を受ける。



ただ、管理官であるヤオに報告すれば話は別だった。


ヤオが後宮に乗り込んで改革を進めた後、危険な薬と食材の持ち込みは規制された。


だが、世話役を介して薬効などの情報を提供することで、ある程度は見逃して貰える。


彼は全てを把握しているため、持ち込んだ品を下手に使えば即座に露見することになるが、上手く使えば他の妃よりも優位に立てる。


つまり、「皇后になりたいのであれば、その程度の腹芸が出来る妃であれ」という要求であり、本当に危険なものは持ち込ませないという規律でもあった。


その規律が出来上がる前とはいえ、ズージンの行いは明らかに許されるものではなかった。



「本来はお風呂で症状が悪化すると予想していたけど。まさか効果が強すぎて帰路で気を失い、そのまま死ぬとは思わなかったわ...」


シャンは頬に手を当ててため息をつく。


万事つつがなくなどとは望まないが、下手をすれば全てが台無しになるところであり、話を聞いた時に悲鳴を上げそうになったのを思い出した。



ズージンが体を温めるための長風呂の習慣。


本来はそれを利用する予定だった。


過去の症例から鑑みて、血圧を下げる菓子と茶、彼女の体質、そして日頃服用している薬と合わされば、運が悪ければ気を失うように死ぬ。


仮に助かったとしても頭や内臓に障害が残る可能性は高い。


医術の知識がある側仕えもそう判断しており、そうなれば後宮に残れない。



そこまでやると決断したのは、自分に堕胎薬を飲ませたのが許せなかったから。


罪には相応の罰が必要だ。


しかし、今回のことはそれだけが理由ではない。


生まれる前とはいえ、赤子を殺したことが最大の問題だった。



(それだけは許せない。皇帝の大切な跡継ぎを殺すのは国に対する反逆行為。そして、誰かの子を殺す行為を認めれば、今度は自分の子が殺されるかもしれない)


彼女は一線を越えてしまった。


出会った頃は真面目で公明正大、誰からも好かれる人物だった。


後宮という場所が、親類縁者からの期待が彼女を狂わせてしまったのだろうか。


自分も似たような環境に置かれているだけに容易に想像できた。



(買収した側仕えが言っていた。責任感が強かっただけに心を病んでいたと)


性格や考え方は合わなかったが、シャンはズージンのことを嫌ってはいなかった。


後宮という争う場所で出会わなければ。


彼女が一線を越えなければ。



彼女に好かれていなかったことをシャンは知っているが、だからといって好意を向けてはならないわけではない。


後悔はないが、悲しみは今も胸に留まったままだ。


だから、側仕えに言って花を用意させた。


彼女が好きだった花を眺め、呟く。



「きっと良い友人になれたはず。今でもそう思ってるのよ」


別れを惜しむようにその花を優しく撫でた。


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