17
翌日、私は改めてズージン様の宮に突撃した。
渋る側仕えたちを押しのけ、大工が言っていた手すりを探す。
「このあたりのはずだけど......」
花の場所と手すりの形状を照らし合わせ、それらしき場所へと近づくと、側仕えたちが顔色を変えた。
先日とは異なり、明らかに目星をつけている様子に何かを察したのだろう。
「ちょっと、あなた何をやってるの!?」
「調査の邪魔をするな」
詰め寄る側仕えを兵士が止める。
両者がやりあっているのを無視し、身をかがめて手すりをマジマジと見つめる。
確かに新しく塗り直した箇所があった。
知らなければ気に留めないであろう、僅かな違いを指でなぞる。
木材の違いのせいか、少しだけ他の部分とは感触が違った。
「ここが修理した箇所か...」
目当ては木で出来た手すりの上部。
手を乗せ体重をかけるが、当然折れたりはしない。
「この手すり。修理されたそうですね。なぜ隠していたのですか?」
振り返って側仕えたちを睨み、問い詰める。
情報を隠すのは立派な反逆行為なのだから、ここぞとばかりに強気に打って出る。
彼女たちは顔を歪めて言いにくそうにするが、しばらくすると1人がようやく口を開いた。
「恥ずかしかったからよ。折れた手すりなんて見栄えが悪い。他所から馬鹿にされる前にさっさと直すことの何が悪いの?誰も困らない話でしょ」
彼女は開き直って胸を張り、腕を組んで言い張るが、指先が微かに震えていた。
「いつ折れたんですか?」
「さあ?気がついたら折れていたの。大工が言うには腐っていたらしいから、自然と折れたんでしょ」
(一見すると筋は通っている。だが、そこまでするのは何のためだ?)
ズージン様が体調を崩したとなれば、側仕えはさぞかし大慌てだったはずだ。
主を失えば彼女たちの未来も閉ざされる。
今の惨状を見ればそれがどれほどの恐怖かは一目瞭然。
そんな時に手すりごときを慌てて修理する馬鹿はいない。
(状況を整理しよう。茶会の後で三夫人は体調を崩した。そして数日後にズージン様が亡くなられた。だが、茶会が死因とは限らないのでは?)
シュエメイ様とシャン様は翌日には回復していた。
誰もがズージン様の死因を茶会と結びつけているが、そうでなかったとしたら?
菓子と茶を食べた3人は、茶会の後に息切れや手足の重さを訴えた。
ズージン様は席を立った時にふらついていたから、特に症状が重かったように見えた。
(ズージン様が手すりを折ったとしよう。その場合はどのような動きになる?)
手すりに手を乗せて思案する。
体が思うように動かない状況。
倒れそうになる体を手すりに預けようとしたら、それがポキリと折れたとすれば?
(姿勢は崩れ、倒れる。そして後頭部の赤み。毒ではないと医官は言っていた)
通路は規則正しい石畳で、触れると冷たく硬い。
体に力が入らなければ受け身も取れない。
こんなところに頭を打ち据えれば痛み、しばらくは腫れが引かないこともあるだろう。
そして、石に頭をぶつけた者がしばらくして死ぬことがある。
有名な話だから医官に聞けば詳細を教えてくれるに違いない。
(つまり、死因は毒などではなく、後頭部を石畳に打ちつけたこと。側仕えたちはそれを隠そうとしたのではないか?)
目の前で主が倒れて頭を打って死んだ。
側仕えとしてこれ以上の恥はない。
ズージン様の親類縁者に知られたら、責任を追求されて将来どころか命すら危うい。
だから、毒殺という滑稽無糖な言いがかりを、自らの罪から目を逸らす火をつけたのではないか?
(問題は......証拠がないことだ)
それらしい理屈はこね回せたが、物的証拠がなかった。
あくまで想像でしかなく、毒殺と同じ程度に胡散臭さが漂う推理。
石畳に視線を向けても、そこには血痕など残っていない。
(証拠が無ければ、推理を述べたところで側仕えたちは認めない)
水掛け論の繰り返し。
それでは無実を証明できず、目的は果たせない。
ここが私の限界だった。
この先は誰かの力を借りるしか手はない。
「上司に報告するか......」
私はため息をつき、肩を落としながらヤオ様の執務室へと向かった。
**********
ヤオ様の執務室にて、得られた情報と自分の推理を全て打ち明けた。
突拍子もない話だが、ヤオ様は笑ったりせず、真剣な表情で最後まで話を聞いてくれた。
「なるほど、お前の推理は理解できた。それが事実であれば毒殺は否定でき、お前は晴れて無罪放免となる」
そう言って鷹揚に頷き、懐から布袋を取り出す。
袋の口を開くと中から茶色の丸薬が転がり出て、それをこちらに見せつけるように掲げた。
「貴妃の居室で薬を見つけたと言ったな?覚えているか?」
「はい。血圧の薬でしたよね?実は毒薬だったとか!?」
もしそうなら話は早いと前のめりになるが、ヤオ様は苦笑し否定した。
「いや、血圧の薬で間違いない。ただ、問題なのは高血圧の改善を目的とした薬ということだ」
「......はて、高血圧に悩んでいるのは側仕えでは?」
『南家の者が大陸中央に移って来ると、体調を崩して高血圧になる者が時折出る。側仕えの健康に配慮して、血圧を下げる食材や茶を手配している』
シュエメイ様の側仕えであるメイファンはそう言っていた。
その時は部下に優しいとばかりに思っていたが、実際は違ったということになる。
「隠蔽工作だった?」
病気が他の妃に知られることを、後宮に住む妃たちは極端に恐れている。
三夫人ともなれば、蹴落としたいと考える妃は多く存在し、虎視眈々と弱みを探しているに違いない。
ヤオ様も同じ考えなのか、私の表情を見て頷いた。
「そういうことだ。貴妃以外の部屋からもこの丸薬は見つかったが数は減っておらず、服用した気配があるのは貴妃だけ。風呂好きなのも、体を温め血の巡りを良くするのが目的なら辻褄が合う」
茶会の後、シュエメイ様とシャン様は体調を崩したが、低血圧の症状と言われればそのようにも見える。
シュエメイ様はまさしく血圧を下げることを求めた。
ズージン様が用意した茶、牛頭黄洛神花は南家からわざわざ取り寄せているもので、これも血圧を下げる効果があるのではないかと疑わしく思える。
シャン様が手配した金華柿だけは薬効が不明だが、もしこれも血圧を下げる効果があったとしたら?
(結果的に見れば、3人が出したお題は全て血圧を下げたことになる。そんなものを大量に飲み食いすれば体調も悪化する)
思い起こせば茶会では長時間にわたって口喧嘩を続け、渇いた喉を潤すために茶を大量に飲んでいた。
そして、ズージン様がいつも通り血圧を下げる薬を服用していれば、普段とは比べ物にならないほど劇的に効果を発揮したに違いない。
それこそ足元がおぼつかなくなるほどに。
「この推理について医官はなんと?途中で寄ってきたのだろう?」
「転倒の話は初めて聞いたと。もし本当なら頭を打って血管が破れ、そのまま血が溜まって死んだ者がおり、毒殺よりは現実味があるとのことです」
これは無罪確定かと思わず目を輝かせる。
しかし、私の目の色が変わったのを見て、ヤオ様が「待て」と手のひらを突き出した。
「だが、状況証拠しかない。全ては憶測でしかなく、問い詰めても側仕えたちは認めないだろう。認めれば彼女たちは全てを失うのだからな」
「うっ、おっしゃる通りです......」
その点は自分でも分かっているだけに言い返せなかった。
側仕えたちの団結は硬く、多少言葉を荒げたところで力を合わせて抵抗するに違いない。
だからこそ、縋るようにヤオ様のところへ来たのだ。
思わず悔しさで唇を噛み、顔を伏せると、突如パンという音が鳴った。
何事かと思えば、ヤオ様が手を叩いた音だった。
「上出来だ」
その言葉に一瞬頭が真っ白になる。
何を言っているのか理解できなかった。
「......は?いや、その、駄目なんですよね?これ以上問い詰められないんですよね?」
「そうだな。だが、これで十分だ」
ヤオ様は笑みを浮かべ立ち上がる。
手詰まりな状況とは裏腹にその雰囲気は自信に満ち溢れ、実に上機嫌そうだ。
「はぁ...。何か手があるということでしょうか?」
「そうだ。ここからは私の仕事だ。貴妃の側仕えたちを呼べ」
ヤオ様の指示に従い、兵士たちが駆け足で部屋を退出した。
「...ご説明して頂けますでしょうか?」
何を企んでいるのか分からず尋ねるが、ヤオ様は薄ら笑いを浮かべて何も答えない。
(これはあれだ。子供が悪戯を企んでいる時の顔だ)
ここ最近の付き合いで学んだ経験により、この御仁が何か謀りごとを抱いているのが手に取るように分かる。
せめてもの救いは自分が対象ではないことだった。
**********
ヤオ様はズージン様の側仕えたちを呼び出した後、1人ずつ別室にて話を聞くと言い出した。
意図は分からないが、後宮の管理官様の命令とあっては誰も口を挟めない。
順番を待つ側仕えたちは不安もあってか、戸惑いと苛立ちが混じりあった顔をしている。
また、話し終えて部屋に戻ってきた側仕えも落ち着きがなく、周囲の顔色を伺うようにキョロキョロとしていた。
(結局、何が目的なのやら...)
なんともいえない微妙な時間にひたすら耐える。
ようやく側仕え全員から話を聞いた後、ヤオ様は執務室へと戻って来て、一同に向けて声高らかに宣言した。
「皆の話を改めて聞いた上で、こたびの結論を下したい」
そして、一拍の後に遠くまで通りそうな声でハッキリと告げる。
「貴妃の死因は病死とする。毒殺を疑う声もあったが、それは誤解であったと判断する」
(えっ!それでいいの!?)
ヤオ様の言葉に目を見開いて驚き、口に手を当て漏れそうになる声を必死に押し止めた。
こんな結論に側仕えたちが納得するはずがない。
そう思ってそちらを向くと、なぜか彼女たちは抗議する気配が全くなかった。
これまで見てきた暴れっぷりが別人のようだった。
「後ほどその旨通知を出す。正式な発表がなされるまで、皆は口外しないように。何か言いたことはあるか?」
ヤオ様がグルリと一同を見回すが、誰一人として口を開く者はいない。
あれだけ毒殺だと叫び回り、兵士にも喧嘩をふっかけて騒いでいたのにである。
相手が相手だとはいえ、文句の1つも言わないのは信じられなかった。
「よろしい。では、要件は済んだ。帰っていいぞ」
ヤオ様の言葉に従い、側仕えたちが大人しく退出していく。
その顔に浮かぶのは苛立ちではなく安堵。
自分たちの主張が蔑ろにされたにしては、違和感のある空気を漂わせていた。
(別室で何かしたんだろう。だが、何をすれば彼女たちを一変させられるのか)
信じられない光景を前に唖然として、ヤオ様に目を向ける。
そこには片目をつぶり、「内緒だぞ」と言いたげに人差し指を唇に当て、悪戯が成功したような子供の如き笑みを浮かべる上司がいた。




