15
ズージン様の宮に着くと、そこはまさにこの世の終わりと言わんばかりの雰囲気だった。
兵士はやる気がなく、下女は顔が暗く、どこからか泣き言や怒り声が聞こえてくる。
掃除も行き届いておらず、落ち葉や砂埃があちこちに散乱していた。
(か、帰りたい……)
主を失った宮とはこうなるものか。
彼女たちも早晩この宮を追い出されるだろうが、いくらなんでもこの惨状は目に余る。
先日訪れた時とのあまりの違いに顎が外れそうになったが、なんとか堪えて宮の中へと入る。
待っていたのは敵意と諦観だった。
半分は主を殺した者への敵意を剥き出しにし、残りは「もうどうなってもいい」と全てを投げている。
(まともに話を聞ける気がしない)
目の前では私に付いてきた兵士と側仕えがあれやこれやと揉めている。
まさに一触即発。
煽るようなことを言えば刃物を持ち出しかねない空気が漂っていた。
下女ならともかく、側仕えたちは地元に帰ればズージン様の縁者から叱責されるに違いなく、自分の未来を悲嘆して取り乱すのも致し方ない。
事情聴取の席につかせるには今しばらく時間が必要だろう。
「あー、とりあえず下女から始めましょうか……」
私は兵士に声をかけて、比較的話をしてくれそうな下女を連れて別室へと向かった。
**********
「はい、あの日のことはよく覚えております。私は廊下の掃除をしておりましたが、そこを側仕え様たちに抱えられたズージン様が通っていかれました」
下女は少し怯えながらも、はっきりとした口調で説明を続ける。
その様子からは嘘をついている気配はなく、途中でいくつか質問しても答えは辻褄が合っていた。
私が隣に立つ兵士にチラリと視線を向けると、兵士も黙って頷き返す。
これなら証言に嘘は混じっていないと判断し、私は頷きながら改めて下女に質問した。
「なるほど。色々とお話頂きましたけど、茶会からの帰り、その時点では亡くなられていなかったわけですね。出血や吐血の跡も無し?」
「はい、周囲の者も慌ててはいましたが、亡くなられていたのであればあの程度では済みません。豪奢な衣装に血の汚れがあれば目につくはずです」
「その後、お姿を見た者は?」
「翌日からは寝所から出て、普段通りにお過ごしになられました。ただ、体が少し重いとのことで安静にされていました。それなのに、まさかあんなことになるとは…」
「むむっ」
思わず唸り声が漏れた。
下女は口元を押さえて悲しげな表情を浮かべるが、こちらはそれどころではない。
ヤオ様の言う通り、この証言では毒殺とは言えないが、茶会と体調変化の間に何らかの関係を疑われても仕方ない。
どうしたものかと思案しつつ、何か手がかりはないかと質問を重ねる。
「ズージン様が側仕えに抱えられる瞬間を見た下女はいますか?何もなければ自らの足で歩かれる方でしょう」
「私の知る限りではおりません。伴をしていたのは側仕えだけです」
その返答を聞いて思わず顔を歪めてしまった。
(…あいつらから話を聞かないといけないのか。ちゃんと話してくれそうにないんだけど)
やれるのか?
やらなきゃならん。
ここで手がかりを掴まねば助かる道は無い。
内心で「クソッ」と毒づきながら、側仕えたちを部屋に呼ぶよう兵士に頼んだ。
**********
「あなたがやったんでしょ!」
別室に呼んだのは茶会の伴をしていた側仕えたち。
彼女たちは部屋に入るなり私を指差し、開口一番に大声で叫んだ。
辟易しつつも出来る限り平静を装い、溢れ出しそうになる罵声をなんとか飲み込む。
「不審な点が多いから確かめようとしているのです。私が怪しいのであれば、とっくの昔に牢につながれています」
「でも!」
「この事情聴取は管理官殿の命令です。従わないとなれば、何らかの処罰を受けることになりますよ?」
「ぐっ...」
側仕えたちは悔しそうな表情を浮かべるが、それ以上文句を言うことは無くなった。
上の権力を振りかざし、何とか話を聞ける状況に持ち込んだが、この七面倒なやりとりを繰り返すことになるのかと嫌気が差す。
下女と同じく状況を説明させるが、特に目新しい情報は出てこなかった。
「茶会の帰り、あなたたちがズージン様を抱きかかえていたとの証言があります。なぜそのようなことを?」
「体調不良を訴えられたからです」
「1人で歩けなくなるほどの?それなのに医官を呼ばなかったのですか?」
「怪我をされぬよう念を入れただけです。主を助けるのは当然ですし、医官を呼ばなかったのは不要だと命じられたからです」
代わる代わる答える彼女たちの説明に不備は無く、喋っていて詰まったりもしない。
その後の問答でも同じ調子で、上級妃の側仕えに取り立てられるだけあって、頭脳明晰かつ隙のない立ち振舞いだった。
ただ、今回に限ってはボロを出してくれる方が助かったので、ままならなさに思わずため息が漏れた。
「......それで、どうして毒殺だと主張されたのですか?ご存知の通り、他の参加者は死んだりしていません。ズージン様だけが亡くなるのは不自然ですよね」
私は少し睨みつけるような視線で側仕えを見るが、彼女たちは怯えるどころか逆にニヤリと笑みを浮かべた。
…嫌な予感がする。
案の定、側仕えの1人が嘲るような表情でこちらを問い詰めてくる。
「他の方々も体調を崩されたと聞きましたが?あなたの作った菓子を食べた後で」
「症状は軽微。死に至るようなものでは全くありません。いずれも気疲れなどを理由に上げられております」
「茶会の参加者全員に似たような症状が出るのも不自然ですよね?菓子に何かを盛ったと考えるのが普通では?」
「それは...。ですが、事前に毒見役の確認があるので、ズージン様だけに毒を盛るのは不可能です。仮に確認を掻い潜ったとしても、無作為に選ばれた菓子では他の方を殺す危険性があります。私にはそこまでしてズージン様を殺すような動機はありません...」
痛いところを突かれ私は顔を歪めながら、なんとか反論を口にした。
そんな私を見て彼女は口の端を釣り上げ、こちらを指差しキッパリと言い放った。
「不可能?いいえ、可能です!ズージン様だけに毒を盛る。あなたにはそれが可能でした!」
「......は?」
調査官が推理の末に犯人へと告げるが如き突然の暴言に、「何を言い出してるんだこいつは?」と私は呆然とする。
隣に立つ兵士も想定外の展開に面食らったのか、似たような表情を浮かべていた。
だが、側仕えは気にすることなく言葉を続ける。
「あなたは菓子に焼印を入れましたね?」
「はぁ、そうですね。装飾のものですが。それが何か?菓子の中身は全部一緒ですよ」
私は側仕えが何を言いたいのか分からず、「まさか焼印に毒が仕込まれていたとでも言いたいのか?」と首を傾げる。
彼女はそんな私を見て、フッと鼻で笑った。
「何かですって?演技なら大したものね」
彼女は顎に手を当て体を後ろに反らし、蔑むような目でこちらを見る。
まるで物語に出てくる悪女の見本のように。
もったいぶる彼女を前に、私と兵士が「いいからはよ言え」と冷たい視線を送ると、彼女は改めて私を指差し言い放った。
「あなたが入れた焼印はそれぞれの家にまつわるもの。つまり、どの菓子を誰が食べるか、それを操作することが出来たのよ!」
『えっ!?』
予想外の言葉に私と兵士の口から驚きの声が漏れた。
慌てて茶会を思い出す。
ズージン様の前に置かれた菓子は、南家の朱雀由来の鳥の焼印が入ったもの。
配膳に際して、わざわざ他家の象徴である虎や亀の焼印が入ったものを選ぶはずがない。
つまり焼印を使うことで、毒が入った菓子を意図的に食べさせたと言っているわけだ。
そんなことは微塵も考えていない!
「で、ですが、鳥の焼印の菓子全てに毒を入れたとなれば辻褄が合いません!それなら毒見役も今頃死んでいるはずですが、そんな話は聞いていません!」
私は慌てて反論するが、側仕えは怯むこと無く胸を張って答えた。
「それも問題ないわ」
(問題ないんかい!)
思わず叫び出しそうになるが、それよりも早く彼女が推理を展開し始めた。
「同じ型を使った焼き印とはいえ、傾いたり位置がズレたりと仕上がりにバラツキがある。後に主に出すことを考えれば、最も出来が良いものを残すのが当然。あなたはそんな側仕えの心理を利用したというわけよ!」
彼女はそう言い放った後、「反論があるなら言ってみろ」と言わんばかりの笑みを浮かべた。
周囲の側仕えたちも「そうだそうだ」と囃し立てる。
兵士ですら判断に迷う表情を浮かべていた。
これは不味い。
大変不味い!
(なにが『見栄えがよろしい』だ!余計なことをした!)
思いつきで行動した過去の自分を殺したくなるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
彼女の主張には粗はあるものの、ここで反論しなければ犯人扱いされてしまう。
「そんなことを言い出すなら、茶碗や皿に毒が塗られていた可能性だってあります!その方が確実に狙えるでしょう!」
「そんなものは当然確認し、事前に念入りに洗っています。毒が残る余地などありません!」
「狙って毒を入れられるというなら、他の2人に症状が出るのは不自然!そもそも菓子作りには監視役と補佐もおり、毒を入れることなど不可能です!」
「それこそ疑われないための偽装でしょう。軽い体調不良を引き起こし、茶会を早めに切り上げる。そうすれば証拠を隠すことも容易い!第一、菓子を食べた者全員が体調不良を起こしている時点で怪しいのは明白!」
側仕えは打てば響く鐘のように言い返してくる。
このままでは不味いと歯ぎしりしていると、隣にいた兵士が口を開いた。
「今菓子を食べた全員と言ったが、確かに毒見役からも軽い体調不良があったとの証言がある。症状は三夫人よりも軽く、気のせいかと思う程度だったらしい。恐らくは食した量に比例しているのだろう。毒見役は1つしか食べていないが、三夫人は3つ食べているからな」
「そこまでであれば、菓子というよりは食材を怪しむべきでは?後宮に用意された食材に毒が紛れ込んでいた可能性がありますし、指定された食材同士の組み合わせの問題かもしれません」
よく分からん食材を使えと命令されたのだから責任は無いと暗に主張するが、側仕えたちは即座に口を挟んできた。
「残った菓子はどうしたの?重要な証拠よね?」
「皆様が試食されたのでは?慣例ではそうなってますよね?」
「主の体調がおかしかったから、試食する暇なんてなかったわ。皆が主に付いて帰ったはずよ。その後、菓子の余りが届くことも無し。で、残りは?」
側仕えが高圧的に尋ねてくるが、私は言い返せず口をモゴモゴとさせた。
下女が勝手に余り物に手を出すはずがない。
余った菓子を宮に送るよう依頼していないというなら、恐らくはそのまま捨てられたのだろう。
そんな私の顔を見て、彼女たちは目元を緩ませ口の端を吊り上げた。
「証拠隠滅ね。こうなるとわざわざ3種の菓子を用意したのも怪しく思えるわ。調べられたら困るものでも混じっていたんじゃないの?3つ食べたら効果を発揮する毒とか」
それは勝利を確信した笑みだった。




