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とりあえず医官に話を聞こうと突撃したが、返ってきた答えは至極反応に困るものだった。
「ズージン様が亡くなられたのは茶会から2日後の未明。側仕えが朝の準備に伺ったら、寝台で冷たくなっていたそうだ」
「亡くなる場面に立ち会った者はいないと?」
「うむ。体には毒らしき変色は無し。もがき苦しんで、皮膚を引っ掻いた跡も無い。後頭部に赤みがあったが理由は不明。毒によるものにしては症例と一致しないため、虫にでも刺されたか?毒殺だと主張しているのは側仕えだけだ」
「うーん、でも毒殺とは言えないのでは?衣服の乱れもなかったんですよね?」
年嵩の医官―――男性だが宦官なせいか髭が無く綺麗な肌をしている―――彼の言葉を聞いて私は首を捻った。
通常、毒を服用した者は呼吸不全や吐き気、痛み、痙攣などで苦しんで死ぬ。
眠るように死ぬ毒など聞いたことがない。
医官も「そうだな」と相槌を打ち、茶を啜った。
「だが、毒殺ではないとも言えない。山中の洞窟に足を踏み入れた途端、その場に力無く倒れて死んだ者の話もある。毒が空気に混じっていたと言われるが、同じように痛みも無く心臓が止まった可能性もある」
(そんなこと言い出したら菓子とか関係ないでしょうが!こっちだって『悪い仙人が毒の息を吹きかけた』って主張するぞ!)
文句が口から出そうになるが、医官に文句を言っても仕方ないので、何とか飲み下して話を続ける。
「持病を抱えていた可能性は?心臓や肺が悪ければ、同じような亡くなり方をしますよね?」
「あー、それなんだが…」
医官は言いにくそうに言葉を濁し、「他言するなよ」と釘を差してきた。
私が黙って頷くと医官は再び口を開く。
「上級妃は基本的に医官を呼ばない。よほどのことがなければ自分たちで対処するし、そのために医術を学ばせた者を側仕えとして手配している」
「えっ、いいのですか?下手をしたら手遅れになりますよね?」
「私の立場からすれば『止めてくれ』としか言えん。だが、病気の妃と噂されれば、皇帝陛下の足を遠ざける。文字通り命懸けということだ。下女たちの方がよほど気軽に訪れてくるよ。これでは誰のための医官だか分からん」
医官はヤレヤレとため息をつく。
いや、苦労は分かりますが、それじゃ困るんですよ…。
というか、下手をしたら皇帝陛下に病気が伝染るのでは。
「えーと、医官の中には腑分け、つまり体を切り開いて検分する人もいると聞きましたが…。そういうのはやっておられない?」
私が遠慮がちに聞くと、医官は目を見開き「とんでもない!」と慌てて否定した。
「貴人の遺体を刻めと?親類縁者から私が切り刻まれてしまうわ!」
「……ですよね~」
貴人の遺体は葬儀までの間、丁重に化粧を施され保管される。
過去には王の遺体を傷つけて処刑された者もいるほどだ。
権力者のご親戚が怒鳴り込んで来るに違いなく、医官も確信無くそこまでやる気はないのだろう。
「茶会から亡くなるまで数日の間があります。毒殺にしては不自然ですが、その間になんらかの症状は出ていました?」
「側仕えの証言しかないが...。茶会の後に胸の痛みや息切れを訴え、その日はすぐに寝所にて休んだ。翌日からは多少回復したが、体が重く受け答えが辛そうだったらしい」
「......なんとも言えませんね。その時点で医官を呼ばなかったことに不自然な点はありますか?」
「意識はハッキリしていたため、一旦様子を見たとのことだ。その判断を咎めることは難しい」
「ううむ...」
数日経って毒が効いたとなると、遅効性にしても流石に無理がある。
普通なら苦しみ悶えた末に死ぬわけで、少しばかり体調が悪いといって、いきなり死ぬのは不自然だ。
毒を何かに包んで胃に放り込んだ可能性もあるが、翌日ならともかく数日体の中に留まるような素材など医官も知らないらしい。
どうしたものやらと思案していると、医官は日頃の不満がよほど溜まっているのか、流れ落ちる滝の如く愚痴を言い始めた。
「問題は上級妃だけではない。他の妃たちもよくわからない薬を隠れて服用することが多い。商人から怪しげな薬を仕入れられても、こちらでは中身を確認できない。そのくせ、不調が起きると私たちが呼び出され、急いで治療しろなどと言われるのだ。全くもって理不尽な話だと思わないか?」
(そういえばそんな話もあったな…。)
いつか食堂で聞いた、謎の薬を服用して倒れた妃の話を思い出す。
ズージン様ほどの方が出所不明の薬を服用するとは考えにくいが、もし何かしらの薬を飲んだとなれば毒殺との区別が困難になる。
そして、そんな話をおいそれと外部に話すはずもない。
私は医官の愚痴を聞き流しながら、次は誰に話を聞こうかと指折り考えてた。
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戦々恐々としながらシュエメイ様の宮に伺う。
側仕えや護衛の兵士たちからの「よくも顔を出せたものだな」と言いたげな視線が痛い。
いやまあ、疑いを考えれば当然なのだが、市井の人間にとって針の筵というのはなかなか厳しいものがある。
ただ幸いなことに取り押さえられたり、磔にされるようなことは無く、無事シュエメイ様との面会に漕ぎ着けることに成功した。
「茶会の後は少し体調を崩したけれど、今は元気よ。ああ、そういえばお菓子の感想がまだだったわね。素晴らしかったわ!また食べたいのだけれど、しばらく無理そうね」
シュエメイ様はそう言って二の腕に力を入れる。
服に隠れていて腕は全く見えないが、可愛げのあるその姿は確かに元気はつらつといったところだ。
以前のような暗い雰囲気は晴れ、彼女の本来の性格であろう明るく前向きな様子が見て取れた。
器量が悪くとも性格が明るければ男性は悪く思わないのだから、シュエメイ様ほどの美人がそうすれば破壊力は抜群だった。
「そう言って頂けると幸いです。体調を崩されたとのことですが、具体的にはどのような症状がございましたか?」
「軽い息切れと手足の重さといったところね。激しく体を動かして疲れ切った時、もしくは立ちくらみや貧血の時に似ている。そう言えば伝わる?」
「言わんとされるところは理解できます」
この宮に伺う前、シャン様のところにも顔を出した。
あちらも茶会の後は顔色が悪かったと聞いたが、顔を隠しながら「張り切り過ぎたの!恥ずかしいからもう言わないで!」と叫ばれ、そのまま押し切られた。
(2人の症状はほぼ同じ。多少の違いはあれど、人が死ぬようなものではない)
似たような体調の崩し方をしている点は気になるが、まずこの時点で毒殺の可能性はほぼ無いと言える。
3人が似たような症状を起こしたとしても、1人だけが死ぬのは辻褄が合わない。
だからシュエメイ様とシャン様も私に疑いの目を向けず、前回同様に対応しているのだろう。
(しかも、お二人共に『またあの菓子を食べたい』とおっしゃられた。口先だけの可能性は否定できないが、毒の疑いがあるならそこまで言うはずもない。少なくとも私を犯人として見てないのは確かだ)
上手く立ち回れば支援してくれるかもしれない。
私はそんな淡い期待を抱きつつ、いくつかの質問をした後にその場を去った。




