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茶と甘味、花と毒  作者: 牛熊


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13/21

13

「ハァハァ…」


ズージンは自分の宮へと戻る最中、乱れる呼吸を必死に押さえようとしていた。


焦点が定まらず冷や汗が流れるその様子は、医官でなくともただ事ではないと一目で分かる。


(寒さとは縁遠いはずの時期だというのに、体の震えが止まらない。これはどうしたことだ…)


意識を保とうと胸元の服を強く握り締めるものの、症状は一向に改善せず、苛立たしげに舌打ちする。


日頃から立ち振る舞いにうるさい彼女を知る人からすれば驚くだろう。


周囲の側仕えたちは心配そうにズージンを見つめ、しかし手を出しかねていた。


手助けされるところを誰かに見られては、どんな噂を流されるかと懸念しているからだ。



(まさか、一服盛られたのか?…いや、そのための毒見役だ。それに他の2人も同じ菓子を食べ、同じ茶を飲んでいる。全ての三夫人を始末するつもりでもなければ…)


頭の中に靄がかかったように思考がまとまらない。


それでも歯を食いしばり、無様な姿は晒せないと気を張って歩き続ける。


だが、それにも限界が訪れた。



(このままでは不味い。一度休まなくては)


休める場所がないかと周囲を見渡し、そこで初めて自分が渡り廊下にいることに気がつく。


(歩くのに必死で、自分がどこを歩いているのかすら見失うとは…)


普段の自分ではありえない失態に思わず自嘲の笑みがこぼれた。



「少しここで休むぞ」


「…よろしいのですか?お部屋まではもうすぐですが…」


側仕えは心配そうに周囲を見渡す。


弱った姿を見られるのではないかと警戒しているのだろうが、今のズージンにはそこまでの余裕はなかった。



「構わん」


足を止めて柱に手をつき、何度も深呼吸を繰り返す。


しばらくして息が少し整ったところで、この時期には珍しく冷たい風が吹いた。


それはズージンの頬を撫でるように吹き抜け、涼気が鈍い頭と体を刺激する。


顔を上げて庭に視線を向けると鮮やかな花の彩りが目に入り、少しだけ気が楽になった。



(心地良い風だ…。花の香りと相まって気が楽になった)


ようやく一息つけた気の緩みか。


安堵のため息をついた瞬間、突然の胸の痛みがズージンを襲った。



「うっ!」


呼吸が止まり、胸を押さえるが痛みは止まない。


体から力が抜け、フラリと体が傾く。


異変を察した側仕えたちが慌てて手を出すが間に合わない。


ズージンは通路の手すりに寄りかかろうとし―――そのまま気を失った。



**********



「ツイファ様、こちらへ」


「......はい」


女性の兵士に左右を固められ、私は肩を落としてトボトボと歩く。


自室を出て後宮の広場まで来たが、目的の場所はまだ先のようだ。


横を通り過ぎる女官たちが、兵士に連れられた私を見て不思議そうにしていた。


(この様子だと話は一部の関係者のみに伏せられているようね)


大騒ぎされないのは不幸中の幸いだが、目下の問題に比べれば些事である。



(茶会の後でズージン様が亡くなられた。となれば、どう考えても怪しいのは私だ。これは不味い。非常に不味い!いや、待て。下手をしたら他のお二人も?)


前任者がやらかした後だというのに、後任が毒殺を図ったとなれば失態どころではない。


相手は皇帝の寵姫。


最低でも一族連座での処刑は免れない。


父の復職や弟の就職斡旋などと言っている場合ではなかった。



(こんなことで巻き込んでは、幸せな家庭を築いている兄に申し訳が立たない。なんとかして無実を証明しなくては......)


両頬をベチベチと叩いて気合いを入れ、おぼつかなくなりそうな足取りを必死に整える。


全力で頭を回転させ、どうすれば潔白を示せるかをひたすら考える。


だが、状況が整理できていないままでは思考がまとまらなかった。



(監視は付いていたし、毒見もした。毒殺する手段も動機もなければ別の容疑者を探すはず。いや、それで納得するか?やんごとなき方が死んだとなれば、面子のために1人くらい処刑しようと言い出す人間がいるかもしれない)


考えれば考えるほど不味い。


明るい材料が見当たらなかった。


(なんとかしてくれ権力者様!)


残念ながら自分にはまともな後ろ盾はない。


責任を押し付けようとする人間から守ってくれるとすれば、日頃小憎たらしいあの上司の他にいなかった。



「あのー、申し訳ないのですが、本件は管理官様もご承知ということで?」


少し卑屈な態度で隣を歩く兵士に尋ねる。


心の中では「もちろんと言え!」と絶叫しているが、ここで「管理官も隔離されている」と言われたら詰みである。


キリキリと痛む腹を押さえながら待つと、返ってきた答えは満足できるものではなかった。



「申し訳ありませんが、そういったご質問にこの場でお答えするわけには......」


「部下の責任は上司の責任。何もせずとあっては職責を問われます!報告、連絡、相談は基本ですから!」


兵士は回答を拒否しようとするが、無理矢理押し込んでいく。


目を血走らせた私の圧力に負けたのか、兵士の1人が呆れながら口を開いた。



「......管理官様ですが、本件の情報は―――」


その時、遠くから金切り声が上がった。


「彼女がズージン様を毒殺したのよ!」


私と兵士たちはビクリと体を震わせ、大声が響く方へと慌てて振り返った。



(こんなところで騒ぎを起こすとはどこの馬鹿野郎か!なんのための情報封鎖だと思ってるんだ!)


舌打ちしながら視線を向けた先には女性が数人。


その顔と服装からズージン様の側仕えだと判断し、私は困惑した。


なぜ彼女たちがこんなところにいるのか?



「何の根拠があって疑っているのか!あの日、監視してたのはあなたたちだろうに!」


思わず叫び返してしまったが、即座に失敗に気がつく。


反論された側仕えたちの顔が赤く染まり、「なんですって!」などと言いながら、こちらにズカズカと歩み寄ってくる。



(怒り狂ってる相手に正論を吐いたところで、火に油を注ぐだけだ!それにこんなところで騒がれるのは不味い!)


どうやら兵士たちも私と同じ懸念を抱いたようだ。


片方が苛立たしげに舌打ちし、すぐさま前に出て彼女たちを止めようとした。



「おい、こんな場所で騒ぐな。騒ぎ立てぬよう命令されているはずだぞ。今すぐ自室へと戻れ!」


「うるさいわねっ!どうせ私たちはおしまいなのよ!主を失った側仕えがどうなるか知っているでしょう!」


側仕えたちは兵士の叱責にも怯まず、それどころかますます怒りに燃え上がった。


兵士に食ってかかるどころか、道を開けろとばかりに体をぶつける者までいる。



(まるで街のチンピラ共ね…。後宮に入れるのはそれなりの教育を受けた者のはずだけど)


人間は追い詰められると礼儀作法など消し飛んでしまうようで、側仕えたちは兵士を取り囲んで騒ぎ立てている。


どうしたものかと考えあぐねていると、残っていた兵士が袖を引き、ヒソヒソと喋りかけてきた。



「……今のうちに行きましょう。この場に残っていては何が起きるか分かりません」


「…そうしましょう」


気の利く兵士の提言をありがたく受け入れ、私はネズミのようにコソコソと逃げ始めた。


だが、目端の利く人間はどこにでもいるものである。


誰かが逃げ出す私の背に指を突きつけ、大声で叫んだ。



「毒殺犯が逃げようとしてるわよ!」


「待ちなさい!」


「ぐええ、勘弁して…」


私に向かって突撃しようとする側仕えたち。


それを阻もうとする兵士。


騒ぎに気づいて集まり、あれはなんだと話し始める女官や下女たち。


場を収めようと慌てて駆け寄る他の兵士たち。


道を塞がれて逃げられない私たち。


もうグチャグチャだ。



(これじゃ今日の夕方には噂話で持ちきりになるな…。はぁ、後ろ指を差される生活が始まる)


女の口に戸は立てられない。


こんな絶好のネタが広まらないはずがなかった。


どうしたものかと頭を抱えていると、兵士と乱闘寸前になっていた側仕えの1人が石を拾い上げたのが目に入った。



「えっ、まさか…?」


「厚遇された恩を仇で返すなんて!この裏切り者!」


彼女は叫び声を上げ、手のひらくらいの石を力一杯投げつけてきた。


「嘘でしょ!?」


頭にでも当たれば死にかねない。


慌てて頭を手で覆い隠し、体を丸めて屈もうとしたが、石は思いの外早く間に合わない。



(避けられない!)


覚悟を決めた瞬間、閃光と共に雷が落ち、轟音が響いた後に石が砕け散った。


その音に驚いた女たちが悲鳴を上げて屈み込み、先ほどまで騒ぎ立てていた側仕えたちまでもが静まり返る。



「へ?」


状況が掴めない私がキョトンとしていると、すぐに叱責する男性の声が響いた。


「何をしている!」


道を塞いでいた女たちが分かれ、道が開ける。


その先には指を2本立て、構えを取るヤオ様が立っていた。



(ああ、以前言っていた雷を操る能力とやらを行使したのか)


人に当たれば簡単に命を落とすであろう破壊力を前に、以前のやり取りを思い出す。


こんなものをおいそれと見せられないのも道理だ。


そのまま周囲を圧しながら歩いてくる上司の頼もしさから、私と兵士は思わず安堵の息を漏らした。



「何をしていると聞いている」


ヤオ様は側仕えたちを睨みつけながら問う。


人が悪そうな普段の笑みとは違って、その目は怒りの色に染まり、たいそうご立腹なのが一目で分かる。


この国で最上位の人間の不興を買うことが何を意味するか。


頭に血が上った側仕えたちにもその程度のことは理解できたようで、顔を青ざめさせながら必死に弁解を始めた。



「わ、私たちはそこの毒殺犯を…」


「そうです、これはいわば仇討ちのようなもので…」


「言い訳無用!貴様らは自室に戻れ!此度の件は追って沙汰が下る!」


ヤオ様はなおも余計なことを口走る側仕えたちを黙らせるように叱り飛ばし、兵士たちに連行しろと顎で示す。


兵士たちも心得たとばかりに動き、側仕えたちの腕を掴み上げて連れ去っていった。



(ふう、これで一安心だな)


思わず気を抜きかける。


だが、唐突にヤオ様が振り返りこちらを睨んできたのを見て、息が止まりそうになった。


その目は「今度はお前の番だ」と言いたげで、横を通り過ぎる際に「執務室に来い」と小声で呟く。


……どうやら一難去ってまた一難か。



**********



ヤオ様の執務室に連れて行かれると、兵士たちはアッサリと出ていった。


(最初からここに呼ばれていたのか…。ということは、つまり?)


少し期待が籠った視線を向けると、そこには呆れ果て眉間に手を当てる上司の顔があった。


先ほどとは異なり、いつものように冗談を交わせそうな空気を纏っていた。



「ここに来るだけの僅かな時間に騒動を起こすとは…」


「いや、アレは私のせいでは…。と言いますか、随分と冷静ですね?」


自分が招聘した甘味役が毒殺の疑いをかけられているというのに、この御仁は些かも動じていない。


自分を拘束しないのもおかしい。


私の問いかけにヤオ様はキョトンとした顔を浮かべ、顎に手を当てて「はて?」と不思議そうに呟いた。



「なんだ、お前がやったのか?」


「やってません!」


「冗談だ…。そんなに怒らなくてもいいだろ」


「笑えません!状況を考えてください!」


「分かった、分かった」


こんな時に煽ってくる上司に怒りをぶつけながら、このやり取りから状況を理解した。



(少なくとも犯人としては見られていない。それが分かっただけでもマシね)


私の表情から考えを読み取ったのか、ヤオ様も鷹揚に頷く。


「察しの通り、監視されていたお前が毒殺できたとは考えていない。動機もない。そもそも同じ菓子を食べた者で死んだ者もいない」


「シュエメイ様とシャン様はご無事なのですね!これで首の皮が繋がった!」


拳を握り、最悪の状況は回避出来たと喜ぶが、ふと言葉尻が気になって首を傾げた。


無事と呼ぶには表現がおかしかった。



「死んだ者はいない?」


「そうだ。茶会の後、少し体調を崩したようだな。宮に戻る最中、顔色が優れなかったと報告が上がっている」


「お二人は何と?」


「徳妃は病み上がりに加えて気疲れ。賢妃は張り切り過ぎたとのことだ」


「前者はともかく、後者は何と言えばいいのか…」


貴き方とは思えない。


しかし、茶会での言動を見ていると否定できないのが困る。


どう判断したものやらと悩んでいると、目の前の御仁が「なんにせよ」と言い、話を進め出した。



「普通に考えれば病で死んだと判断するのが妥当だ」


「そうおっしゃって頂けると助かります」


顔の前で手を合わせて恭しく礼をするが、思わず笑みがこぼれた。


これなら助かるか!?


「だが確証がない。その上、側仕えたちはお前が毒殺したと騒ぎ立てている。あれほどの騒ぎだ、すぐに宮内に話が広まるだろう。この先お前の菓子を食べたいと思う者は出てこない」


前言から一転し、私の顔から笑みが消え失せる。


その言葉の先に何が続くか。


嫌な予感がして胸がバクバクと鼓動を始め、震える声で問いかける。



「……つまり?」


「クビだ。役目を果たせないのだから当然だな」


ヤオ様はそう言うと、首に手刀を当てる素振りを見せた。


「どっちにしろ駄目じゃないですか!」


雷に打たれたように、私は頭を抱えて悲鳴を上げた。


(終わりだ!毒殺の疑いがある人間が営む菓子屋など、客が来るはずがない。即座に潰れるに決まっている!)


いや、店を潰すだけでは済まない。


父や弟の就職も絶望的だ。



(欲を出した末路がこれか...)


私は目尻に涙を浮かべて乾いた笑い声を上げる。


これで晴れて失敗した先輩方の仲間入りだ。


現実逃避にふけっていると、突如体にピリッとした刺激が走った。



「痛っ!」


冬場に金属を触った時、たまに感じるような刺激。


そんなものを起こせるのは1人しかおらず、「何をするんですか!」と睨みつけるが、そこには白けた目でこちらを見る顔があった。



「正気に戻ったか?」


「...取り乱したことは謝罪します。ですが―――」


「このまま諦めるのか?」


「は?」


唐突な発言の意図が汲めず、思わず間抜けな声が漏れた。


だが、目の前の御仁は私を無視して言葉を繰り返す。



「このまま諦めるのかと聞いている。誰かにしてやられ、無実の罪を背負って、泣いたまま終わるのか?」


「そんなこと!」


「なら、お前がやることは1つだろう?」


ヤオ様の目は先程と打って変わって真剣そのもの。


期待や同情をかけているのとは違う。


品定めをする商人と言えばいいか。


言外に、「価値がないなら手放せばいい」という考えが透けて見え、私の頭が一瞬で冷えた。



「やります!やってやりますよ!濡れ衣を着せた人間を見つけ出し、とっちめてやります!」


このままでは見捨てられると悟り、私は大声で宣言した。


上手く誘導された気もするが、どちらにせよこのまま逃げ帰るなどという選択肢はない。


(こうなったらやってやるわい!)


不安を怒りで塗り潰し、体の震えは拳を力強く握って誤魔化す。


そんな私を見て、ヤオ様はニコリと微笑む。


殴りたいほど良い笑顔だった。



「その気概は大いに結構。こちらでも調査を進めるが、お前はどうするつもりだ?」


「......まずは関係者への聞き取りと現場調査から始めます。少なくとも毒殺の疑いだけは晴らします」


「よろしい。では、自由に動けるよう手配しておこう。どうせ菓子作りの仕事もない。好きにやっていいぞ」


ヤオ様が手を叩いて音を鳴らすと、すぐに兵士たちが室内へと顔を出した。



「この者が事件の調査に加わる。一応容疑者ということになっているから、監視を兼ねて調査に同行してやれ」


ヤオ様の指示に対し、兵士たちは不満を見せることなく「かしこまりました」と頷く。


普通なら止められそうだが、不自然なほどに物わかりが良かった。



(事前に言い含めていた?......どこまで想定していたのやら)


ヤオ様は味方らしいが、言動には不可思議なところがある。


腹に一物抱えているなら、事前に言って貰わないと部下としては困る。



「調査にあたり、私に望むことはございますか?」


何かあるなら教えろ指示しろ手配しろと軽く睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風で、全く気にした素振りを見せない。


「言っただろう。病で死んだと判断するのが妥当だと。それを示せれば十分だ」


「むぅ…」



いまいちハッキリしない回答しかなく、これ以上何も言う気配もなさそうだ。


それどころか、「早く行け」とばかりに手で合図してくる始末だった。


今回の件は誰がどこまで謀っているのかよく分からない。


モヤモヤを胸の内に抱え、私は一礼の後に部屋の外へと出た。


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