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茶と甘味、花と毒  作者: 牛熊


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(後宮の庭園は広く美しい)


私は色とりどりの花や木をチラリと見てため息をついた。


これには後宮の威厳を保つという意味もあるが、皇帝が散歩する際に楽しませなければならない、という現実的な意味合いが大きいためだ。


それ故、各地から集められた美しい草花だけではなく、風情を凝らした展望席や渡り廊下などもしっかりと用意されている。


金と人手をかけて手入れしている庭園があるとなれば、次に思い浮かぶのはそれを眺めながら酒を飲みたいとなるのも当然だろう。


その結果、庭園の中心に宴席場が設けられたわけだ。



内装に金をかけつつ、四方の扉を開けて周囲の景色を楽しむことができる贅沢な建物。


今は朝と昼のちょうど間くらいだが、陽が注ぐ庭園は実に美しく、開け放たれた扉から覗く光景は絵画のように煌めいている。


そんな場所で私は菓子の仕上げをしているわけだが、三夫人は部屋の中央に置かれた円卓で楽しく歓談していた。


いや、歓談ではない。


笑顔は絶やさないが弓矢の応酬が如き戦いが始まっていた。



「こうして3人で集まるのも久々ね。変わりがないようでよかったわ」


「そうだな。徳妃が体調を崩したぶりだから、かなりの期間が空いたな。陛下も気にされているのではないか?」


シュエメイ様が笑顔で口火を切ったのに対し、ズージン様が早速反撃を入れたのをが耳に入る。


思わず作業の手が止まった。


恐らく「妊娠していたらこんな場所には出てこない。陛下との仲も芳しくないようですね」という開始早々の牽制に対し、流産したことを利用して切り替えしたのだろう。


もうギスギスである。


調理手順は補佐の人員に伝えてあるので、私は後を任せて自室に帰りたい。



「ええ、病み上がりですと陛下も普段以上に優しくして頂けます。お越しになられる回数も最近は少し増えてきましたね」


シュエメイ様は笑顔のままで反撃する。


流石、三夫人まで登りつめた方である。


殴り返された程度では怯まない。


誰かのところに訪れる回数が増えたのなら、割りを食った人が出るのは当然の理である。


ズージン様の空気が少し強張った気がした。



「皆さんのお顔が見れて良かったわ!この茶会を開くよう管理官様にお願いした甲斐がありました」


シャン様は相変わらずの調子でニコニコと楽しそうにしているが、背後に立つ側仕えたちが一切笑っていないので逆に異様に感じる。


明確に敵意を振りまいているわけではないが、かといって下手に出るわけでもない。


腹の底が見えないというのは実に不気味だ。



この国では「男は剣を手に平野で戦い、女は扇子を手に茶会で戦う」と言われている。


扇子は風を仰ぐためのものではなく、怒りに歪んだ口元を上品に隠すための必需品とされ、それは彼女たちの戦い方を象徴する物でもある。


個別に会う分には御三方は良い人である。


それが一堂に会すると一変するのはここが戦場だからに違いない。


その後も上品な言葉遣いで攻撃の応酬が繰り広げられたが、私は途中から心を無にしてひたすら菓子を作るだけの存在になっていた。


これからこの最悪の空気の中で自分の菓子を評価される。


(何かの罰だろうか?)



「甘味役様。こちらの分は終わりました」


そんな事を考えていたら、補佐の人が菓子作りが完成したと教えてくれた。


任せていた分の確認をした後、仕上げの焼印を手に取る。


菓子に熱した印を当てると、ジュッという音と共に虎の文字が残った。



(うむ、なかなか見栄えがよろしい)


こげ茶色の文字が綺麗に浮かび上がるのを見て満足して頷く。


三夫人に出すということなので、今回はそれぞれの家にちなんだ虎、鳥、亀の印を入れてはどうかと思いついたのだ。


上司がちょうど良さげな印を持っていたのでありがたく使わせてもらった。



「では」


私が視線を監視役に向けると、相手は頷き菓子を眺める。


「こちらをどうぞ甘味役様」


監視役が完成した菓子の中からいくつかを選び、私は各妃の毒見役と一緒にそれらを試食する。


私が試食するのは「毒を入れてません」という身の潔白を主張するもの。


茶の方もグビグビと飲み干していく。



試食後にしばらく待って、体に変調が起きないのを確認した後、側仕えたちが残りの菓子から無作為に配膳用のものを選ぶ。


えらく手間がかかるやり方である。


妃に供されない菓子も残ることになるが、必要経費だと割り切っているに違いない。


(どうせ残りは側仕えたちが試食するから、あながち無駄なわけでもないか)


3人の話が落ち着いたところで......正しくは睨み合いで無言になったところで、円卓へと近づき頭を下げる。



「お茶と菓子をお持ちしました」


私の挨拶に従って側仕えの方々が御三方の前に皿を並べ始めると、ズージン様がこちらを見て笑いかけてきた。


「私が上げた塗香はつけてくれないのだな」


その言葉を聞いて、他の2人の雰囲気が若干強張った。


やめろ、巻き込むな。



「茶と菓子に香りがついてはいけませんので」


私は深々と頭を下げて躱そうとする。


だが、他の2人は逃がしてくれなかった。


「可哀想に。断られたわね」


「香りが強い塗香では、せっかくのお茶の香りが分からなくなりますよ」


その言葉に今度はズージン様の目が少し鋭くなる。


敵対しているはずの2人が、即座に手を組んで攻撃して来たのが気に入らなかったようだ。



「いずれ日常的につけて貰えるようになる。お前たちの宮に行く時もな」


空気がピリッとして、3人は無言で視線を交わした。


(勝手に盛り上がるのを止めてもらえませんか?)


側仕えの人たちは平然と準備を進めているので、つくづく自分は場違いなのだと思い知らされる。



「……えー、今回はお題を3つ頂きました。それにちなんで、菓子も3種類用意させて頂きました。味違いではありますが、どれもお題を満たしております」


自分は動く石像であると言い聞かせながら、できるだけ感情を排して説明に専念する。


「これは手拭い?随分と可愛らしいわね」


シャン様が皿に盛られた菓子を興味深げに眺めながら尋ねてきた。



彼女たちの前に置かれたのは白磁の長方形台付き皿。


その上には手拭いを丸めたような細長い菓子が、色違いで3つ並んでいる。


菓子は手のひらくらいの大きさをしていて、真ん中で幅広の紐で縛られていた。


シャン様の言う通り、商人たちが布や手拭いを売る際に、丸めて紐で縛っている姿にそっくりだった。



(菓子の名前を考えていなかった。聞かれたら手拭い巻きや布巻きとでも答えようか)


焼印は中央から少し下の箇所に入れて、一目で分かるように手前側に置くように指示しておいた。


焼印には飾り以外の意味はないが、まあ見栄えとはそんなものである。


食べる側の気分が盛り上がったのなら、役目は十二分に果たしている。



「こちらは小麦粉を水で溶いて焼いた生地に、具材を乗せて丸めたものになります。春餅(チュンビン)と似たようなものだとお考えください。黄色の生地には卵を、緑色の生地には艾葉(がいよう)を、薄茶色の生地には山査子を練り込んであります。菓子を縛っているのは湯葉を甘く煮たものですから、そのまま丸ごと食べることができます」


「この緑色は艾葉なのね!西ではよもぎと呼ぶことが多いけど、邪気を払う縁起物なのよ。使ってくれて嬉しいわ。私も好きなの」


シャン様は笑顔でベタ褒めしてくれる。


後ろにそびえ立つ側仕えの目線も少し優しくなった気がした。



(喜ばれるのはありがたいが、そのあたりで止めて欲しい。そこまで反応されるとあなたのために素材を選んだと誤解されかねない...)


私は顔の端がピクピクしそうになるのを必死に堪えた。


隙あらば「自分のために」とかいう雰囲気をねじ込んで、無理矢理味方に引き入れようとするところが実に厄介だ。



「お褒め頂き恐縮です。卵、艾葉、山査子と、生地に練り込んだものはいずれも体に良いとされているものです。他の食材も同じ考えに従って選んでおります」


そう言ってシュエメイ様の方をチラリと見る。


こちらも説明を聞きながら、笑顔で菓子を眺めていた。



(ふむ、今のところは上手く誤魔化せてそうだな)


これらの食材は味を良くする意味もあるが、実は『健康に配慮した菓子』というお題を隠すためのものである。


血圧を下げるという本来のお題を隠すため、体に良い食材を盛り込みましたという説明を被せたわけだ。


これなら血圧を下げる効果だけが目立つことはないし、効果の1つだと言えば、側仕えの高血圧対策をしているズージン様の興味も自然に引くことができる。


なんとか捻り出した苦肉の策だが、反応が悪くないのを見てホッと胸を撫で下ろした。



「柔らかい菓子なので、そのまま手掴みでお食べください。黄色の生地が基本的なものですから、まずはそちらから試されるのをお勧めします」


私がそう言うと、御三方はおもむろに菓子へと手を伸ばし始めた。


この国の食器は匙か箸である。


水分が多いなら匙を、それ以外には箸を使う。


菓子や饅頭くらいなら手掴みで食べても下品とは言われない。



ただ、それでも食べ方には違いが出る。


シャン様がリスの如くチマチマ食べるのに対し、ズージン様は勢いよく豪快にかじりついている。


シュエメイ様は中間といったところか。


ドキドキしながら反応を待つ。


真っ先に口を開いたのはズージン様だった。



「美味い!この白い塊はなんだ?豆腐のような食感だが、脂が濃厚でトロリとしている。豆腐を煮詰めてもこうはならないが...」


ズージン様がこちらにチラリと視線を向けるのを見て、「心得ております」と即座に説明を始める。


「こちらは西方でカイマクと呼ばれる食材になります。牛乳を低温でじっくりと温め、上澄みの固まりを取り出して、1日かけて冷やし固めたものです」


「牛乳か......。あまり食さないものだが、これは違和感がない。どうしてだ?」


ズージン様は「はて?」と首を傾げているが、問い詰めているのではなく純粋な疑問をぶつけてきているように見えた。


好き嫌いよりも好奇心が優先されるズージン様らしい反応だ。



「加熱し他の食材と合わせていますので、牛乳特有の匂いが弱いせいかと。食感とコクも豆腐を思い出しますからなおさらです」


「ふむ、言われてみれば確かにそうだな。豆腐よりも滑らかで濃厚。そう考えれば嫌がる者がいるはずもない」


ズージン様は得心がいったと何度も頷き、角度を変えて菓子の断面をジロジロと覗き込んでいる。


その様子を見て、「とりあえずズージン様は問題ないな」と内心で安堵した。



(この国の伝統的な菓子では、果物だけではなく小豆や杏仁を甘く煮て使うことが多い。食材が身近にあることも理由の1つだが、クセのない味と適度な脂肪分は正義だからだ)


脂肪はコクを生み、コクは菓子を食べた時の満足感に繋がる。


豆腐に甘い糖蜜をかけて食べる習慣があるのだから、それに似た食材で菓子を作って不味いと思うはずがない。



この菓子は3層に分かれている。


外側の生地の層、カイマクの厚い白い層、そして金華柿を裏ごしして作った鮮やかな橙色のソースの層である。


菓子の作り方は実に簡単だ。


丸く焼いた生地を少しだけ重ねて3枚縦に並べ、生地の上にカイマクと柿のソースを乗せる。


生地の左右の端を内側に畳み、生地の下から上にクルクルと巻き上げる。


この時点でシャン様が言ったように、手拭いを丸めたような形が出来上がる。


それを布で巻いてしばらく休ませ、形が固まったら完成である。



(カイマク自体は濃厚な脂肪の塊だが味は薄い。遠慮なく砂糖を入れた甲斐があったようだ)


御三方の反応が悪くないのを見て、甘さも頃合いだったと頷く。


今回はカイマクに砂糖で甘みをつけ、更に砕いたクルミと杏仁も加えた。


クルミと杏仁は血圧を下げる効果があるし、菓子に足りないポリポリとした歯ごたえを与えてくれる。



(しかも、今回使ったのは各地から集められた薬効の強い品種。効果は折り紙付きだ)


血圧を下げる薬効が強い食材を食堂で探していたところ、シュエメイ様の使いで来たメイファンと出くわし、良さげな品種を教えてくれたのでありがたく使わせて貰った。


食べすぎると良くないかもしれないが、念のため試食はしたし、まあ菓子3つ分くらいなら大丈夫だろう。


薬効の厳密な検証などしている暇などないから仕方ないのだ。



「基本的な材料はこのカイマクと金華柿、そしてクルミと杏仁になります。カイマクは牛乳の体に良い成分を凝縮した食材ですし、クルミと杏仁も滋養に富んで高血圧などを改善する効果があるとされています。いずれも味や香りは主張が弱いのですが、それが金華柿の甘さと香りを引き立てるのに合っています」


柿は干し柿や葉が生薬として使われるほど薬効が高いが、この金華柿がどのような薬効なのかはいまいちよく分からなかった。


シャン様の側仕えにも聞いたが薬効まで知る者は少ないようで、「普通の柿よりも効果が強いと聞いたことがある」という話止まりだ。


数が少ないから検証できないのか、それとも薬効を知られると奪い合いにでもなるのだろうか。



「よもぎ生地の方は小豆のこし餡が追加で入っているのね。よもぎの爽やかな香りが加わり、塩が加えられた餡が味を引き締めてくれる。ううん、甘いものとしょっぱいものの組み合わせると、悪いことをしてるようで困ってしまうわ」


シャン様はよもぎ生地の方をいたく気に入られたようで、キャーキャーと黄色い声を上げながら側仕えたちにもよく見るよう言っている。


これは後ほど側仕えたちに囲まれ、作り方をガッツリと聞かれるやつか。


早速次の仕事がチラつき始めたことにゲンナリするが、落ち込む暇もなく今度はシュエメイ様がこちらに話しかけてきた。



「甘味役様。この山査子を使った生地だけ酸っぱいのは敢えてでしょうか?」


ふむ、こちらは山査子の方を気に入ったようだ。


「はい、山査子は生でも食べられる食材で、その場合や強い酸味が最大の特徴になります。そこで砂糖を加え、甘酸っぱさを強調した味わいに仕上げました」


「こちらに加えたのは棗?」


「その通りです。砂糖漬けの棗を煮詰めたものを餡として加えてあります」


私の解答を聞いて、シュエメイ様は納得したようにニッコリと笑みを浮かべた。



「山査子、柿、棗、クルミに杏仁。いずれも山のもの。まるで山を尊ぶ詩のように風情があっていいですね」


「.........お褒めの言葉ありがとうございます」


やばい、そんなことは全く考えてなかった。


シュエメイ様はニコニコと笑みを浮かべているが、こちらは冷や汗がダラダラと止まらない。


風情とか詩とか言われても困る。


こちらはそんな文化人ではないのだ。



「自画自賛になるが、濃厚なカイマクと脂を落とす青茶がよく合っている。てっきり豆の餡か生地に、油を練り込んだ菓子が出るとばかり思い込んでいた。良い意味で期待を裏切ってくれたな」


ズージン様が茶碗を掲げながらこちらに視線を送ってきた。


「このお茶の良さがあってこそですから、それが伝わればなによりです」


意図を察した私の言葉にズージン様は満足げに頷く。


これならこのお茶を広めたいという要望も満たせたはずだ。


実際、他の2人もお茶を素直に褒めはしないが、文句をつけるような素振りもなかった。



(青茶は飲みすぎると喉の脂が落ちて荒れたりするが、脂肪の塊とも言えるカイマク相手ならちょうどよい。茶を売るときのお供として使われるんだろうな...)


金華柿の甘さやクルミなどの脂肪分も丸ごと洗い流してくれるから、後味はスッキリ爽やか。


残るのは清涼感と甘い香りだけ。


これが苦みが強く味が濃いお茶だと話が変わっていたので、本当に良い茶を指定してくれた。



(いやー、どうなることかと思ったが、この様子なら全員が満足したと言っていいだろう)


肩の重い荷が下りたと息を吐く。


後は上司に褒美をせびるだけだ。


だが、そんな考えは甘かった。



栄養補給が済んで元気になったのか、3人は再び舌戦を始めた。


お菓子を食べて和やかになった雰囲気など、どこかに消し飛んでしまった。


これではお茶会というかただの戦争ではないか。



(血が流れないだけマシ。いや絶対に裏で流れてるな)


改めてとんでもない場所に来たと痛感する。


今すぐこの場を離れたいと思いながら、残りの時間を必死に耐えた。



**********



結局、太陽が真上に登り、少しばかり傾いたところでようやく茶会は終了となった。


あまりにも長すぎる戦いのせいか、私も手足が重く息が切れるような不調を感じる。


………気疲れかな。


何にせよ、今度こそ本当に解放されるという事実に浮き足立つ。


しかし、ズージン様が立ち上がった時にふらついたのを見て、思わず悲鳴が漏れかけた。


後ろに控えていた側仕えたちが即座に支えて事なきを得るが、肝を潰しかけたせいで動悸が止まらない。



「…大丈夫だ。足を滑らせただけだ」


ズージン様はそう言って自らの足で立ってみせ、そのまま去っていった。


去り行く姿を背後から眺めるが、背筋は伸びているものの若干危うげに感じた。


長時間座りっぱなしだったのだから立ちくらみでもしたか?



(側仕えたちの反応がやたらと良かったな)


見事な動きに胸の内で感心する。


よほど気を張っていなければ、ああも素早く対応はできないだろう。


これは日頃の成果かな。



「それでは…」


「ええ、私たちもお暇しましょうか」


シュエメイ様とシャン様も席を立つ。


ズージン様を見たせいか、その動きはゆっくりとしたものだった。


2人はそれぞれの側仕えを連れて退室し、残されたのは手伝いに呼ばれた下女たちや記録係の官女、そして私だけ。


主役がいなくなった宴席場は張り詰めていた空気が弛緩し、誰ともなく安堵のため息が漏れた。



「ふー、これで一段落と」


凝り固まった体をほぐそうと肩を回す。


しかし、体が重く調子が悪い。


心なしか手先まで冷えてきた。


今日は早く床に就こうと固く誓い、後片付けを始める。



そして茶会から数日後。


ズージン様が亡くなられたという知らせと共に、私は毒殺の疑いで捕らえられた。


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