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私は重い足を引きずってシュエメイ様の元へと訪れた。
ヤオ様から預かった手紙を渡すと、彼女は僅かに眉間にシワを寄せて何か言いたげだったが、結局言葉を飲み込んだ。
手紙の効果があったようだ。
しかし、内に全てを秘められるというのは恐ろしくもある。
「それでは、お題はいかがしましょうか?この場で決めて頂けると助かります」
シュエメイ様は唇に手を当てて思案する。
先日お会いした際にはまだ唇は荒れていたが、今は張りと艶が戻ってきたように見えた。
その唇から「そうね…」と言葉が漏れ出る。
「先日、医官から血の巡りを良くするように言われたの」
「血の巡りといいますと、具体的には?」
「血圧を下げるようにと。体はよくなりつつあるけど、まだそちらに悪影響が出ているらしいわ」
この前まで病人と大差ない有様だったのだから、多少の不具合が出るのも当然だ。
むしろ血圧の乱れくらいで済むならマシである。
しかし、これをそのままお題にするのは少々都合が悪い。
側仕えのメイファンも、何か言いたげにこちらをジッと見ていることだし。
「では、お題は『健康に配慮した菓子』ということでよろしいでしょうか?もちろん、医官や血圧云々の箇所は伏せます」
ここで弱みがどうこう言われては堪らないので、曖昧な感じに濁しておく。
シュエメイ様が体調を崩していたのは周知の事実なので、この程度なら許容範囲だろう。
「ええ、それでいいわ。あなたに教えて貰った薬食同源の言葉通りの品を期待しているわね」
シュエメイ様はそう言って笑みを浮かべた。
信頼頂くのは嬉しいが、食材の指定ではない分だけ考える範囲が広い。
しかし、幸運なことにこれならズージン様のところで作った料理が流用できそうだ。
使い回しがバレると叱られるから工夫は必要だが、1から考えるよりは遥かにマシ。
……これで他2人から血圧を上げる料理を指定されたらどうしよう。
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「お題の1つが『健康に配慮した菓子』とはな。では、私は茶にしよう。領地から取り寄せているものだが、せっかくの機会だから使わせてもらおう」
ズージン様はそう言って、側仕えに茶葉を持ってくるよう指示を出す。
茶会で宣伝とはよほど商売熱心なのか。
いや、こんな素晴らしい茶があるぞという主張かな。
シュエメイ様は純粋な要望を出したのに対して、こちらは自領のことを踏まえて決めている。
こうなると後になって決める方が有利になる。
茶会のお題決めで鍔迫り合いを始めるのは止めてほしい。
しばらく待つと、側仕えがお盆を持って戻って来た。
途端にお茶の香りが部屋に漂い始める。
わざわざ試飲用に淹れてきてくれたのか。
差し出されたお盆の上には、橙色のお茶が注がれた茶碗と、茶が入っているであろう木箱。
箱には「牛頭黄洛神花」と書かれている。
ええい、紛らわしい。
茶なのか洛神花なのかハッキリしろ。
洛神花茶というと赤い花を乾燥させたものが思い浮かぶが、これはれっきとした茶なので別物である。
そもそも煮出した茶の色が赤くない。
手に取った茶碗から漂う香りは果実のように甘い。
一口飲むと、僅かな酸味と苦味が広がると共に、口の中が洗い流されるような清涼感が駆け抜けた。
青茶らしく、甘さや脂をよく落としてくれそうだな。
これなら砂糖と脂をふんだんに使った菓子にも負けないだろう。
洛神花の酸味に似ているから名前をつけたのか?
「洛神花は分かりますが牛の頭ですか?」
この国のお茶の名前はよく分からないものが多い。
どういう意味があるのかと商人に聞いたら、「さあ?」とか返ってくることも珍しくないほどだ。
味や薬効を示す場合もあるが、茶作りをしている店も勢いと語感で決めているらしい。
とはいえ、いくらなんでも牛の頭から取ったわけではないはず。
「茶の取れる山が牛の頭に似ているから名付けられたらしい。もう少し可愛げのある名前にすればよかったのにな」
「なるほど…山の形でしたか」
意外と惜しかったな。
「では、ズージン様のお代は『牛頭黄洛神花』というお茶を使うということで」
「うむ、楽しみにしているぞ」
木箱を受け取り退出する。
比較的何にでも合いそうなお茶を課題にされたのは幸運だった。
これなら下手なものを作らなければ問題は起きない。
しかしながら、私の足取りは軽妙とは言い難かった。
体が重く、疲れや息切れを感じる。
緊張したせいか?
肩を回し体をほぐそうとするが、効果はいまいち。
今すぐにでも自室に戻って横になりたいが、そうもいかない。
……まだ1つ仕事が残ってるんだよな。
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「ふむふむ、他の2人のお題は『健康に配慮した菓子』と『牛頭黄洛神花』なのね......。お菓子とお茶が指定されたのなら、私は食材を指定しようかしら。それなら、あなたもやりやすいわよね?」
「はい。その方が都合はよいです」
「じゃあ、どんな食材にしようかしら。うーん、……やっぱり果物?何か希望はある?」
シャン様が頬に手を当てて悩みながらこちらに視線を飛ばしてくる。
聞かれても困るんですけど。
それを決めるのがあなたの仕事でしょうが。
何かあればこちらに責任が飛びかねないから口を挟みたくない。
なんと答えようか迷っていると、年嵩の側仕えが助け舟を出してくれた。
「姫様、西家の名産品を使われてはいかがでしょうか?他の妃がそうしているなら、私たちが習ったところで文句は出ないでしょう」
この言葉を聞いてシャン様の顔がパァッと明るくなり、手をポンッと叩いた。
「それは良い案ね!今の時期だとどんなものがあるのかしら?」
「菓子作りに向いているものとしては、果物や花の砂糖漬けがいくつかございます。ですが、珍しさでいえば金華柿がよろしいかと」
また知らない果物が出てきた。
この広い国で地方限定の高級品を全て把握している者などいないのだから、そういうのは止めてほしい。
もうちょっとありふれた果物では駄目なのか?
だが、下々の願いは高貴な方には届かなかった。
「いいわね!旬の食材だからぜひ使いましょう!」
「……かしこまりました」
太陽のように明るく笑うシャン様に逆らえるはずもなく、内心で嘆息しながら承諾する。
「大変申し訳ありませんが、そちらの柿も初耳の代物になります。実物を試すことは可能でしょうか?」
「もちろん。この前使った柿と似ているわ。甘みと香りはこちらの方が上だけど、身が柔らかすぎるのが難点ね。食材の手配はこちらでするから、とりあえず今手元にあるものを試食用に渡しましょう」
シャン様がそう言うと、主から指示を受けるよりも早く年嵩の側仕えが他の者に指示を出した。
なんというか、ポヤポヤした感じの主に比べて、脇を固める人材が質実剛健な宮である。
ズージン様のところを思い出すが、軍隊的なあちらとは違って粛々と仕事をこなす文官的な空気がある。
親の配慮だろうか。
まあ余計な詮索はするまい。
この後、試食用の黄金色の柿を貰ってさっさと退室した。
最終的にお題が出揃ったので、上司に確認を取った後に正式な案内を三夫人へと送る。
ここで内容に噛みつかれでもしたら大変だったが、ありがたいことに皆様から了承を得ることができた。
茶は指定されているので、後は菓子を考えるだけである。
なお、貰った柿を握ってみたところ、驚くほど簡単にグシャッと潰れた。
それを見た上司が、「凄まじい握力だな」と意地悪そうな表情でからかってきた。
握り潰した柿をその端正な顔に塗りたくってやりたくなったが必死に抑えて、試食代わりに手についた柿を舐める。
砂糖のような甘さと得も言われぬ香りは素晴らしいが、これでは柿の瑞々しい歯ごたえは期待できない。
…………つくづく一筋縄ではいかないようだ。




