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「三夫人を集めた茶会か…。まあ、いいだろう」
「えっ、却下しないのですか?」
シャン様の宮で一仕事終えた後、急いでヤオ様の元に駆け込んだ。
止めてくれと願いを込めながら報告したが、返ってきた想定外の答えに驚かされた。
「喜んで……と言える程でもないがな」
役に立たない上司は腕を組み、眉間にシワを寄せた。
「しばらくはやらないとおっしゃっていましたよね?何か事情が変わったのですか?」
男が口に出した言葉を簡単に撤回するなと圧をかけていくが、引き出せたのはため息1つだけだった。
「そうは言ったが、この先永遠に開かないわけにもいかん。前回から日が経っているため、賢妃の提案は妥当だ。お題云々も余興の範囲でしかない。私から言えることは、参加者は三夫人のみとすること。そして褒美は弾むから頑張れということくらいだな」
どうやら話を持ちかけられた時点で逃げ道はなかったようだ。
「……かしこまりました。ただ、課題がありますので、開催までに猶予を頂く必要があります。もし特別な食材を指定された場合には、試作用として事前に提供して頂けますようお願いします」
「当然だな。どうせ各々の準備や都合もある。10日ほど先に開催されると考えておけ」
10日か。
課題次第ではあるが、これ以上引き延ばすのも難しいだろう。
妥協点としては悪くない。
大勝負に出る覚悟を決めよう。
「ところで、前回の催しから間隔が開いたのはどうしてですか?何か不手際でも?」
何か理由があるなら把握しておきたいし、問題が起きていたのなら改善しなければ妃たちから指摘される可能性が高い。
前任者の二の舞いにはならんぞ。
「......公言しないと誓えるな?」
ヤオ様の目が急に厳しくなった。
顔も真剣そのもの。
これまでのように茶化す真似をしたら本気で叱られるやつだ。
急に嫌な予感がしてきた。
「......知らないでいた方が都合が良いのであれば、無理に知りたいとは思いません」
面倒事には巻き込むなよと釘を差す。
が、そんな私の心遣いはあっさりと無視された。
「茶会の菓子に堕胎薬を盛った者がいた」
「はぁ!?」
おい、とんでもないことを言い出したぞ。
背中が汗でジットリと濡れるのが分かる。
考えうる限り最悪の厄介事だ。
いや待て、妃が集まる茶会でそれをやったということは......。
「徳妃の流産はそういうことだ。当時はまだ腹も目立っていなかったので、周囲に隠そうと茶会に参加したのが仇となった」
「あのー、もしかして前任者は......」
「その企みに加担していた」
ふざけるな!
そりゃ菓子作りの現場を厳しく監視されるわけだ。
そんな奴の後任なら警戒されるのも当然だ。
大馬鹿者を内心で罵りつつ、ヤオ様の説明に耳を傾ける。
事の発端は120日ほど前。
三夫人を筆頭に上級妃たちを集めた茶会が開かれた。
当時の甘味役が茶会の菓子に堕胎薬を混ぜて出し、妊娠中のシュエメイ様が知らずに食べて流産。
余った菓子は女官や下女に配られて証拠が残っていない。
この時点では薬が盛られていたかは明らかではなく、周囲からは不運だったとしか思われていなかった。
後にふとした拍子で、後宮の古い倉庫から堕胎薬の材料が発見される。
そこにたびたび入り浸っていた医官がいると判明し、彼を尋問しようと捕らえたが、その日の夜に謎の死を遂げた。
聞き出せたのは甘味役に薬を渡したということだけ。
甘味役は多額の金に目がくらんだだけで、盛ったのが何の薬だったのかすら知らなかった。
これで調査は行き詰まる。
ヤオ様は後宮の乱れが手に負えないと判断。
自らが管理官となって後宮に乗り込み、粛清と抜本的な改革を始めた。
これに合わせて後宮への持ち込み品の検査が厳しくなり、今のように食堂で諸々を管理するようになった。
私が後宮に来る前、こんな話があったというわけだ。
(そんなこと聞いてないぞ!)
この話を聞いて私は開いた口が塞がらず、声も出せないまま鯉のようにパクパクと口を動かした。
未だに犯人が捕まっていないのだから、妃たちが疑心暗鬼になるのも仕方ない。
むしろ、この状況で新しい甘味役を送り込んだこの上司の正気を疑うべきだろう。
三夫人たちは友好的な対応をしてくれたが、腹の中では疑いの目を向けていたに違いない。
知らない間に薄氷の上で走り回らされていたわけだ。
怒りを堪えながら上司を問い詰める。
「犯人に目星はついていないのですか?」
ここで問題になるのは、どこの誰がこの計画を主導したのかという話である。
当時の甘味役は宦官だが、有力な権力者との繋がりも無く、自分からこんなことをしでかす動機がなかったらしい。
金目当てというのは間違いないだろうが、主犯が残ったままでは意味がない。
普通に考えればこれは皇后争いの延長線上であり、他の妃や妃の親族と言った権力者が怪しい。
だが、他の妃たちも堕胎薬入りの菓子を食べているのだ。
犯人は自爆覚悟で犯行に及んだことになるし、それだからこそ無事に成し遂げられた。
......根性が据わっているにもほどがあるな。
堕胎薬は予後にも影響することがあるので、自分が子供を産めなくなる危険を犯してでもやるとは。
皇后争いとはそこまでやる世界なのか。
しかし、ここまで思いついたところで、自分の迂闊さを悟り顔を歪めた。
「この先の話を聞いたら後には戻れないぞ?」
やはりヤオ様は無能ではなかったらしく、容疑者の絞り込みはできているようだ。
宮外の権力者や妃本人が直接手を下すわけが無いので、医官と繋がりのあった官女や側仕えを調べ上げでもしたのだろう。
そんな情報を知ろうものならこちらの身が危ういわ。
本来なら決定的な証拠が無くとも、怪しい妃やその関係者は難癖をつけて排除するに決まっている。
それができないでいるということは、容疑者はかなり上位の権力者の血筋。
それも限りなくクロだと分かっていても、決定的な証拠が見つからないと手が出せないほどの。
となると、候補として浮かんでくるのは他の三夫人である。
つまり、ズージン様かシャン様。
他の妃たちでは相手の邪魔をしても皇后争いに勝てるか怪しく、犯行が露呈した時の危険に見合わない。
その点からして鑑みても、この2人なら動機と犯行を実現するだけの権力は十分にあった。
同時に疑念が湧き上がってくる。
シャン様に茶会を開くように言われたが、もしかしてうまく利用されたか?
犯行の手助けをしたとなれば、前任者と同じ末路を辿ることになる。
そんな未来が頭をよぎり、足がガクガクと震えてきた。
私の様子を見てヤオ様が大きくため息をついた。
「お前が直接何かをしないなら、罪を問うものはいない。心配せずとも、仕事にだけ集中すればよい。説明用に手紙も書き綴った。これを持っていけば、お前にとやかく言う者はいるまい」
ヤン様から3通の手紙を受け取る。
気が重くて仕方がない。
この御仁は慰めてくれているが、こちらは既にズージン様相手にカマをかけられて情報を漏洩した身である。
正直に報告した上で、「あちらが上手だ。仕方あるまい」と言ってくれるのはこの上司だけだ。
「とにかく、三夫人たちに要望を聞いて回れ。試作の時間が取れなくては、それこそ甘味役としての責を問われるぞ」
「かしこまりました......」
ヤオ様に急き立てられ、重い足を引きずりながら妃たちの宮へと向かう。
行きたくないが行くしかない。
泣き言を叫んでも誰も助けてくれないのだから、自らの手で道を切り開かねばならないのだ。




