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星間の妖精(エルフ)

星間の妖精(エルフ) The Breaker

作者: tk7_sf

「ニーヤ、そろそろ件の無人探査機がロストした宙域に到達します。」


 ぼんやりしていたところ、宇宙探査船バーレイのAIがそう告げる。正直、やることもなくてぼうっとしていたところなので仕事ができたようでやる気が出る。


 今回のミッションは先にこの宙域において3機の無人探査機がロストした原因の調査。ついでに探査機が請け負っていたミッションの肩代わりだ。この連星系には3つほどの惑星があり、そのうちの一つに大気があることが観測されており、その詳細な調査というのがロストした無人探査機に課されていたミッションだ。

 通常、有人探査においてこういった無人探査機の尻ぬぐいのようなことをすることはないのだけど、依頼主の力学が大きくて危険があっても有人探査が実施されることになったのだ。運がいいのか悪いのか、ほかにできる人がいなくて私、ニーヤに白羽の矢が立ったってわけ。

 自分で言うのはなんだけど、私は宇宙探査員として最古参のベテラン。今までこなしてきたミッションは数知れず。大体難しいミッションは私が担うことが多い。

 というのも、私が通称エルフ、ホモ・アストロという宇宙環境に適応した人種で大きな加速度に耐えられる肉体と微小な加速度の変化をとらえられる特性を持つからだ。その特性をフルに生かせる職業がまさにこの宇宙探査員なのだ。

 なぜ、ホモ・アストロがエルフと呼ばれているかだって? それは三半規管の発達に伴って外耳が長くとんがっているからだ。あと、基本的に寿命もない。外的要因がない限り死ぬことはないと言われている。そうした見た目と寿命が西暦時代に楽しまれていたフィクションとの共通点からそう呼ばれているようだ。


「ところでバーレイ、なんか妙な躍度を感じるんだけど。」


「そうですか? 現在は慣性航行してますが、特にそうした重力場の変化は観測できていませんが。」


 慣性航行、加速も減速もしていない0Gでの航行。

 AIであるバーレイはそう言うが、リアクティブシールドという星間物質との衝突による衝撃を爆発の衝撃で緩和する防御装置が働いており、躍度をその衝撃として感知してるのかもしれないが、それでもどうも違和感がぬぐえない。そう考えていたところ。


「いや、明らかに加速してるぞ!」


「グラビティポケットですね。」


 バーレイはのんびりと答える。大気中を飛行する飛行機が気圧の変化が大きいところで「すとん」と落ちるように、連星系においては重力場にそのようなポイントがある。それ自体は珍しくないが慣性航行と言う比較的観測が容易な状況でそうした重力場変化を見落とすというのが問題なのだ。


「最大船速!」


 急ぎバーレイに加速を命じる。


「すみません、間に合わなかったようです。」


 バーレイの言うことは私自身が知覚している加速度もそれを物語っている。みるみる加速しているのだ。バーレイに搭載されているエンジンは高出力だが応答性が乏しく二つの主星が生み出す重力場にあらがえる加速が間に合わなかった。


「ニーヤ、とりあえず、第2惑星に不時着します。」


「第1か第3には着地できないってこと?」


 第2惑星は都合が悪いから一応ほかの二つの惑星に不時着できないか確認してみた。ダメもとで。


「はい、第2惑星以外に着地は難しそうです。この加速度では主星に吸い寄せられるかそこまで加速する前に第2惑星に不時着するかの2択しかありません。それに第2惑星には大気がありますので。」


 恒星である主星に落ちるという選択肢はありえないから、第2惑星に不時着するしかない。バーレイは大気があることを都合よく考えているようだが私の理解では逆だ。なぜなら、バーレイのエンジンは大気中では機能しないから。


 ---


 第2惑星に不時着した。

 不時着といってもかなりのハードランディング。クレーターができるレベル。衝突時の瞬間Gは100G近い値を記録した。リアクティブシールドによる衝撃緩和と緊急退避スペースである『シュラフ』による乗員防護によって辛うじて無傷だ。


「いてて。とりあえず命は失わずに済んだね。」


「そうですね。ニーヤのバイタルには問題はありませんね。しばらくは休憩しましょう。」


 休憩と言ってもこんな状況じゃ心が休まらない。とりあえず深呼吸だ。

 すーはー、と深呼吸。

 これだけでエルフは気持ちを切り替えられる。私たちエルフはメタ認知に優れていてそのスイッチとして深呼吸を用いることが多い。現在、抱いている不快感の原因は焦燥感。焦燥感に心がむしばまれているから休まらないのだ。その原因を取り除くにはどうしたらいいのかを考えると自明だ。


「いったい、なぜあんな大きなグラビティポケットを見落としたんだろう。」


「確かに、観測上はあのような見落としはありえないのですが…」


 バーレイが歯切れ悪く答える。遠方からの観測ならともかく、星系に入り重力を絶えず観測し、光学的にも主星の大きさを観測している。それでなお観測を誤った。何か大きな見落としがある。無人探査機がロストした原因はおそらくこの重力場の影響だろう。


「よし。観測しよう。」


「何をですか?」


「重力だよ。」


 第2惑星の重力は安定しないが、これは先ほど私たちがグラビティポケットに翻弄されたことと同じ理由だろう。ただし、惑星の重量があれば私たちのように翻弄されずにその公転軌道を保てるということだ。

 第2惑星は大気があるがほぼ二酸化炭素だ。呼吸はままならない。中央星系の第4惑星(火星)と似たような感じだ。星間を股に掛けた惑星探査ができる現代であってもこうした惑星をテラフォーミングすることはできていない。


 船外着を着用し、携帯飛行装置であるジェットパックを取り出し、付近の探索をすることにした。

 バーレイの落下地点からおおよそ10kmぐらいを飛びまわり、付近の様子を見て回った。まあ、予想通り生命はおろか水の痕跡すらない。

 もともとの目的であったこの惑星の調査もついでに済ませてしまうことにした。宿題は早めに片づけてしまうに限る。こういうのはほかにやることがない時でもないと中々できないからね。

 探査任務をこなしつつ、重力観測の装置をいくつかの箇所に設置する。重力、つまり加速度のベクトルを複数個所で観測することで精度を向上し立体的にその重力変化をとらえることができるからだ。


 バーレイが自身のセンサーでは観測できない躍度が上下していることがこの観測によって発覚した。こうなってしまったことを後からどうこう言うつもりはないが、この難破の原因のひとつをはっきりさせることができて溜飲が下がった。


 ---


「さて、どうやって帰ろうか。」


「いえ、帰れませんよ。救助を待つしかありません。」


「救助ってどこの誰が来てくれるって言うんだよ。」


「一番近いのはジ・エッジですね。たしか探査員がいたはずです。」


「ジ・エッジ? ああ、辺境星系か。ダメだよ。辺境星系の探査員はド新人だぞ。」


 観測器を設置して得られる観測情報を与えればおそらく来ることはできるだろうが、航行中しながら重力場の変化を観測することは難しく、無人探査機も3機もロストしているような星系に経験の少ない新人に危険な宙域に来てもらうのは気が引ける。なにより私自身のベテランとしての矜持もある。


「では、ジ・エッジのフロンティアマスターに要請しましょう。」


「それはもっとだめだよ。」


 なぜなら、辺境星系のフロンティアマスターとは旧知の存在で私が苦手とする人物だからだ。思い出すのも辛い。

 かつて宇宙探査員になる前に無重力空間での身のこなしのエクササイズとして身につけることを義務付けられているゼロGカラテ、その道場であるタイガージムにいたアゼリア姉妹、ゼロGカラテ界において有名人でサツキとツツジと呼ばれていた二人に私は大層かわいがられたものだ・・・

 そのうちの一人、サツキと呼ばれていた方が今では辺境星系でマスターキャットと呼ばれている。そんなマスターキャットに借りを作るようなことがあれば、無事に帰れても無事ではいられないだろう。地獄のしごきが容易に想像できるから。


「というわけで、SOSはしばらくペンディングで。まずはこの惑星の調査をこなそう。」


 ---


 数日の滞在で謎だった重力変化の原因がわかった。わかったというよりそうじゃないかなと考えていた仮説と観測結果が一致したというのが正しい。というのは、第三の重力源があるようだ。

 二つの恒星ともう一つ光学的に観測できてない重力源があるようだ。つまり、この星系は2つの恒星による連星ではなく3連星と捉えられる。観測事実がそう告げている。

 仮説としては光学観測といった電磁気による観測で見えないが重い天体。おそらく中性子星だろう。


 そしてその観測結果からこの星系を脱出するのに塩梅のいいタイミングは三日後に訪れることが分かった。そのチャンスを逃すと次は100年ぐらいはちょうどいいタイミングが訪れそうにない。


「実は帰還のためのアイデアがあるんだけど。」


「なんですか? どうせろくなアイデアはではないでしょうが評価してみますよ。」


 バーレイに半ば呆れられてることを自覚しながらそのアイデアを話した。


「なるほど。つまり、この惑星が主星のグラビティポケットにハマったタイミング、この惑星の重力が弱まったところでリアクティブシールドの衝撃を使って離陸するということですか。おそらくニーヤ自身が課題を自覚されてると思いますが…」


 課題とは私自身が耐えられるかどうかということ。ランディングとは異なり大きなGの連続加速をその身に受けることになる。いくら頑丈なエルフである私でも堪えるだろう。


「試算では最大100G、3分程度連続60Gは覚悟してください。」


 ---


 決行の日までに下準備を施す。貴重な銀をせっせとイオン化し、アセチレンと結合させた物質を精製する。これがリアクティブシールドの衝撃波の元。無酸素状況でも衝撃波を生成できる。取り扱いに注意しながら惑星の岩石にイイカンジにセッティングする。地震でも起きようものなら大爆発だ。この作業はさすがの私も緊張した。

 そして、何より大事で辛いのが断食だ。万が一気道や消化器を詰まらせたら一大事だからだ。空腹はどうも元気がなくなるし、やる気も損ねる。


「腹減ったー。」


「今食べたら、SOSか100年後ですよ。」


 ---


 決行の日、チェックリストを再確認し、問題がないことを確認する。まさに人事を尽くして天命を待つと言う状態だ。すーはーと深呼吸をする。


「ニーヤ、緊張してるんですか?」


「さすがにね。でも大丈夫。やることはやった。」


 シュラフの中のエアバッグがフルパワーで展開される。上下左右全方位をエアバッグで押さえつけられる。布団圧縮パックに入ってるようなものだ。

 最初に数Gの衝撃が走り、その刹那、更に大きなGを受けて私は気を失った。


 ---


 リアクティブシールドの衝撃波で大地に仕込んでいた爆発物が次々爆発し、岩石が宙を舞う。まるで噴火だ。

 宙を舞う岩石をリアクティブシールドの衝撃波で弾いて質量を交換するようにバーレイは登っていく。

 バーレイが弾いた岩石によって第2惑星はまるで流星群を浴びたようにクレーターがいくつもできている。

 時間にして3分程度で大気圏を突破し、グラビティポケットの小さな重力下でその始動性の悪いエンジンがイオンジェットを噴出して更に加速する。


 3時間ほどの加速で3連星の重力の影響を振り払える速度まで加速することに成功した。


 ---


「あー、気持ち悪い。」


 そう言いながらエアバッグの圧力が抜けたシュラフから脱出し、キャビンへ移動する。


「おはようございます。さすがに気持ちの良い目覚めはできませんでしたね。」


 そういってバーレイはパウチに入った経口補水液を出す。

 久しぶりの水分は文字通り全身にしみわたるようだ。


「食事をだしてよ。できれば経口食。」


「経口食の生成はできませんよ。先ほどの爆発物を精製するのにどれくらいの材料を使ったと思ってるんですか。」


 う、そう言われるとぐうの音も出ない。経口食はあきらめて胃ろう用のパウチを出してもらった。私たち探査員は基本的には胃ろうによって栄養補給することになっているのだ。それは燃料と共通化、胃の縮小化によって嘔吐を防ぐという意味合いもある。そして何より、AIによって健康管理がしやすいからだ。

 胃ろうパウチを腹部のコネクタに接続して中身を体内に入れる。数分もすると適度な幸福感に満たされる。こうした多幸感の立ち上がり方も計算されているらしい。有難いことだ。


 そして、今回の探査の結果をざっとまとめて帰還のために仮死することにした。私たち探査員は移動時間の大半を仮死状態でいる。その方が食料兼燃料の節約にもなるし、宇宙船がよりアグレッシブな運転が可能だからだ。仮死といっても色々と手続きがあるみたいだけど私からしたら薬飲んで寝るだけ。目的地に着いたら蘇生されて少しぼんやりしてしばらくすると覚醒するという感じ。もう何百何千回と繰り返したことなのでその行為は自然なものだ。


 ---


 無事、帰還することができ、馴染みの宇宙船ドッグにバーレイを預ける。


「あーあ、また壊しやがって。リアクティブシールド搭載機になにをするとこんなボコボコになるんだよ。」


 整備士からそんなお小言を頂戴してしまった。「また」と言うのは私が探査に出れば毎度のように船を破損させてしまうからだ。


「それがさあ」


 と、事の顛末を話すとそれはもう大層驚いていた。

 我ながらよくもまあ、無事に帰ってこれるものだと感心する。運がいいのだろうね。


「修理費はざっとこんなもんかな。」


 バーレイの修理費の見積もりを見て目が飛び出そうになる。赤字だ…

 命がけの探査任務をこなして赤字。何のために働いてるかわからなくなる。


「リアクティブシールドの修理はスキップで。」


 そんな風に修理箇所を減らしてギリギリ赤字を回避することになった。


 ---


「ニーヤ、聞きましたか? 有人探査が中止ですって。」


「え、それは寝耳に水だな。」


 調べてみると中央星系のほかの星系でも似たようなことになってるらしい。その原因の一つは私が従事するような危険なミッションが増えていることもあるようだ。

 まあ、どうせ、あと数千年もすればまた再開する。それまでは趣味の考古学、西暦時代のレガシー研究でもしつつ、ジェットパックレースで賞金でも稼ごうかな。

 最近は辺境星系の方でも宇宙船レースが盛り上がってるし、丘(地上のこと)にいる楽しみも増えたものだ。


「そういえば、ジ・エッジのシルフという元探査員からお便りが届いてますよ。そのシルフはニーヤが大好きな宇宙船レースのオーナーのようですよ。」


 ジ・エッジの探査員は一人しかいないようだから、ヘルプを求めていたら彼が来てくれたのだろう。そんなことを考えながら便りに目を通した。

 その内容は辺境星系でも有人探査が打ち切りになってやることがないという話だった。せっかくなので私が主催する考古学クラブの勧誘と彼がオーナーを務めている宇宙船レースのファンであることをしたためて返信した。


「こっちから会いに行ければいいんだけどね。名目がないと辺境星系にはおいそれといけないからねえ。彼が中央星系に来ることがあったらぜひ会ってみたいね。」


「そんなに遠い未来の話ではないと思いますよ。」


 星間の妖精 The Breaker おわり




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