狼
吐き気がした。
自分がひどく気持ち悪くて、使ったこともない胃がきゅうとなる。口の奥がヒリヒリとして、無意識にえずいた。
人間?違う。人形だ。ただ部屋に無造作に置かれた人形。
形だけ人間なだけで、中身は何にもない。化け物じゃないか。
人間なら、1日に三食食べるだろう。水を3日飲まなければ死んでしまうし、瞬きしなければ目が痛くなるし、呼吸しなければ生きていけない。ほとんど動いたことがなかった人が一ヶ月以上走り続けることなど不可能だ。
胃液だけが口から吐き出されて、空っぽのお腹が気持ち悪い。人間じゃないと、声高に主張している。
水の味も、食べ物の味も知らない。習ったこともないのに読み書きができる。一般常識はあるくせに今までの自分は自分に何も思わなかった。
気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!
どうしようもなく気持ち悪い。でも、えづいても何も出てこない。
足音が聞こえた。やせ細った一匹狼だ。よだれを垂らして、血走った眼でこちらを見ている。
こちらにかけてくる。抵抗はしなかった。殺してくれるなら殺してほしかった。
死んだのは狼の方だった。自分の身体に噛みついた瞬間、痙攣して目を見開いたかと思えば、狼の身体から力が抜けてパタリと倒れた。
吐き気が止まらない。こんなの人間じゃない。人間が噛んだ相手を殺すことなどできないし、ものの数秒で傷が跡形もなく消えることはない。
普通の人間の知識だけはあるのが余計にたちが悪い。
自分が人間ではないと、まざまざと見せつけられて。
僕はやせ細った狼の死体を抱きしめた。