人形
勇者は今までの勇者と同じく、陽光のような薄い金の髪と、空のように色の移ろう瞳を持っていた。
甘い顔立ちだがそこに浮かぶ感情はなく、ただ空虚な……まるで人形のような印象を抱く。
彼は一人、地面に横たわっていた。先程までの暗雲は見る影もなく、ただ爽やかな風が吹いている。
魔王は消えた。人里離れたところに魔王は出現する。ここには誰も来ない。
立ち上がる力がなかった。ピクリとも体が動かない。それに疑問も抱くことなく、ただ打ち捨てられた人形のように、長い手足をだらりと伸ばして、彼は横たわっていた。
自分はここで終わるのだ、などという思考もすることなく、ただ空を見ている。
そもそも彼には自分という概念がなかった。親の存在も兄弟がいるのかも知らないし、隔離されて生活していた彼が人と関わることもなかった。力の扱いがわかるように言葉はわかったが、それが使われることはほとんどなかった。
乾かない目を閉じることもなく、ただ自分が消えるのを待っている。
30回くらい昼と夜がきて、やっと彼は自分が全然消えないことに気がついた。
彼は生まれて初めて疑問を抱いた。どうして自分は消えないのか、と。歴代の者たちが死体も残さずに消えることを知識として知っている。なら、自分も消えるはずだ。自分、という意識を抱いた瞬間だった。
動けるようになっているのに気がついた。初めて彼は自分で考えた。これはどういう状況なのか、と。
魔王がまだいるのだろうか?いや、そんな気配は感じない。たとえ世界の裏側だろうと、いればわかる。
それならなぜ、自分はここにとどまっている?自分はどうすればいい?
考えても答えは出ない。そもそも判断をするための経験がなかった。
名もなく、関わるものもおらず、楽しみも知らず、ただ魔王を倒すまでひたすら……何をしていたのだろうか。……何もしていない。
勉強しなくても知識があって。
体の動かし方も知っていて。
食べることも寝ることもなく。
服が小さくなるまで着替えもせず。
瞬きも、呼吸さえも忘れて。
魔王が生まれた瞬間、魔王を倒すために動き出す。
感情も思考も、そこにはない。
まるで、人形そのものだ。