勇者
それは、ただ魔王を倒すためだけに生まれてきた。
神聖国ランヴェリア。そのごく一部の人のみが知る事実。それは、この世に魔王が一定の周期で生まれてくるということ。
魔王とは何かというと、世界中の魔物を支配する怪物である。
しかし、魔王がいることを多くの人に知られてはならない。魔王は世界中の負の感情から生まれてくるからだ。恐怖、憎悪、嫌悪、嫉妬、怒り、不安、悲哀、絶望。その他すべての負の感情が、魔王を生み出す。だから、魔物を統率するものの存在を認識させてはならない。
世界は平和に保たねばならない。負の感情が多いときほど、魔王の出現は早くなるからだ。抑えようのない感情を、なるべく生まないようにしなければならない。
魔王を倒すのは勇者の血筋の者だった。
女神より強大な力を与えられ、代わりに感情を殺された者たち。
ただ魔王を倒すために生まれ、間違っても感情などが生まれないように育てられ、怪物と戦うためだけの力をつけられた、人柱とも言える存在。
感情が生まれれば、それを何に使うかという選択する意思を与えてしまう。強大な力を持つ彼らが負の感情を抱けば、魔王は手をつけられなくなるだろう。
勇者と呼ばれる彼らには、ただ使命のみが課せられた。
食べる必要も寝る必要もなく、ただ力の扱い方は生まれたときから知っていて、言葉はわかっても喋るものはおらず、怪我も病気もしなくて。魔王がいないときはただ子孫を残すことのみを求められてきた。
魔王の下へ行くときに、気味悪がられても石を投げられても、礼を言われても褒められても。ただ心を動かすことなく、魔王の下へ向かう。
名誉も名声も、金も地位もない。名すら与えられない。ただ魔王を倒すためだけに存在する。
魔王を倒せば力を失い、衰弱して死ぬ。
今代の勇者も、そんな人の一人だった。