戦士、魔法使い、技術師
どこかのファンタジーな世界
誰かが想像したモンスターが自然に存在し、
誰かがツクったダンジョンに人々は魅了される。
子供は戦闘術や魔法の習得に勤しみ、
大人は栄光を手に入れるか、夢破れて堕落する。
そんな世界の、あるダンジョンに挑む冒険者たちの話をしようと思う。
…
三人組の冒険者がやけに湿度の高い洞窟を進む。前に休憩してから数時間経過し、目的地まであと少しの場所である。
「もうすぐ地下27階だ。気を抜かず進もう」
前衛の戦士が短い言葉で味方を励ます。近接の戦闘すべてに関わる彼は自分より残りの二人に気をつかうほど心優しい男である。
「あんたは前だけ気にしてなさいっ。致命的な攻撃を防いであげないわよ!」
中衛の魔法使いが洞窟に響かない程度の声で戦士を叱る。見た目子供な少女は戦士が防ぎきれない攻撃を威力の小さな魔法ではじき返す繊細な女である。
「ええっと、次の分かれ道を右です。不思議ですよねーこの階、宝箱もなければ敵も上の階より弱いです。油断させているつもりでしょうか…」
後衛の技術師が次の階への最短道を伝えながら自分の世界に入る。身体に見合わない大きなリュックを背負った青年は自分のコネと伝手を最大限に使い、味方を支える…というよりも自分が責任を負いたくない慎重な男である。
冒険者たちは洞窟を進む。もうすぐ地下27階だ。
「地下27階を突破した冒険者には英雄の勲章が与えらえる。…俺たち、やっとここまで来たんだな」
「あたしはまだ5年目よ。英雄の勲章なんでただの通過点だし?…でも、これであたしをバカにしてきた奴らに認めさせられるわ」
「地下27階を突破せし者には特別な力が与えられる。僕はこっちの噂のために潜っているのですが。…この階段の下が、正確な情報が一切ない口外禁止エリア、地下27階です」
「………よし、下りよう」
冒険者たちは階段を下りる。誰がつけたのか、壁に設置された松明に照らされ、冒険者たちは階段を下りる。27階からこぼれる光が想像以上に明るいのか、階段の一番下は見える。水を一口飲むくらいは進んだ。無心で降りていた冒険者たちは、階段と外壁が、土から石へ、石から木材へ変わっていることに気づいただろうか。水筒の水が無くなるくらい進んだ。冒険者たちは地下27階へ足を踏み入れた。
…
「ここは?さっきまで俺は何をしていたんだ?」
戦士は気がついたら外にいた。上を向けばまぶしい太陽、下を向けば手入れされた草の道、そして目の前には木造の家がある。導かれるように家のドア前まで歩く。
「誰かいるか⁉誰か!」
「…はいはい、今出ますからもう少しだけ待ってねー」
家の中から女の声が聞こえる。身近な人間の声と似ているが大人っぽいし、口調にトゲがない。しばらくして女が出てきた。
「やあ、はじめまして。私は怪しいものじゃあないよ。…えっここはどこって?あとで教えてあげる。とりあえずさ、お湯溜めてるから体綺麗にしてきてよ。臭いよ?」
女はそれだけ言い家の中に戻った。戦士は促されるまま風呂場へ行き、装備を外して水瓶に溜まった湯水をかぶる。魔法がかけられているのか、体の汚れが落ちて疲れもとれる。
「湯加減はどうかな?布と着替えを置いとくねー」
体を綺麗にし終えると、貴族が使う布と戦士が普段使いしている服の新品が置かれている。戦士は普段通りに水を拭き取り服を着る。今は頭がすこぶる冴えている。疑問なんて後で問い詰めればいい。戦士は風呂場を出て、大きなテーブルが置かれている部屋の椅子に座る。テーブルをはさんで女は座っている。
「風呂、ありがとう。なぜか汚れていたからたすかった。…それで、きみは俺を知っている人か?」
「私はきみを知らないよ。でも、ここに来る人の目的は知っているから安心してね。…そうだねぇ、きみの名前と今まで何をしていたか思い出せる?」
戦士は自分の名前を思い出す。
「俺の名前は・・・・だ。長いこと戦士と呼ばれていたから気にしていなかったな。そうだ、俺は・・・・だ」
戦士は直近の記憶を思い出せない。
「…何をしていたか思い出せない。戦士だからどこかで戦っていたのかもしれない」
「なるほどね、はっきりと思い出せる思い出はなに?」
戦士は一番記憶に残っていることが何かを考える。たしか、あいつと出会ったときだ。
「雪が肩まで積もった場所に調査団員として遠征したとき、ひとりの少女と出会ったんだ。その子は大雪の原因を知っていて、一緒に戦った。…そうだ、それで少女と意気投合してパーティを組んだ。」
「調査団員と少女、ふたつ思い出せたね。調査団員というのはなに?」
戦士は調査団員という言葉に負の感情を覚える。本当は思い出したくなかった記憶がよみがえる。
「俺はもともと名もない村に住むガキだった。年が近いガキどもとチャンバラごっこをして、国の騎士団に入ることが夢だった。…俺は頑張った、頑張ったんだ。でもダメだったよ。規律を守る精神と権力の差を埋める圧倒的な力なんてもってない。」
戦士の負の記憶が鮮明になる。
「だが、村に帰って畑仕事をする気もねえし、とりあえずで民間の調査団員になった。違うな、今は冒険者って呼ばれているんだった。あとは…」
戦士は調査団員だったときの思い出を語る。この女の前だからか、不思議な状況で気分が高揚しているのか、だが女は真剣に聞いてくれる。一通り話し終えると女が口を開いた。
「教えてくれてありがとう。きみは夢のために努力したけどいろんな嫌なことをしってあきらめたけど、腐らずに人の役に立とうとしている。そんな人がこんな場所に来ることになった理由は少女の方にあるのかな。少女のこと、思い出せる?」
戦士は少女との日々を思い出す。ここに来ることになったきっかけ。
「少女は魔法が使えた。名前は・・・・だったが戦うときは魔法使いって呼んでいた。魔法使いはどっかの魔法学園の落ちこぼれで、なんかが欲しくて旅をしていた。そのなんかが、俺にとっても欲しいものだったのかもしれない。………俺がここに来たのはそれが理由だ」
戦士は女をにらみつける。
「おっと、そんな目で見つめないでよ。知りたいのでしょ?ここがどこで、仲間はどこかって。でも、もう少しだけ待ってよ。きみのことは分かったけど、まだ終わってない人がいるんだ。ちょっとした事情でね」
女が立ち上がり部屋から出る。不思議と追う気持ちにならない。二人は大丈夫だろうか。戦士はじっと待つことにした。
…
戦士が女と出会ったとき、別の場所で技術師が目を覚ます。
「ここが地下27階ですか、思っていたのと違いますね。荘厳な神殿に女神さまがたたずんでいると予想していたのですが、牢獄?しかも僕が閉じ込められている」
技術師はあたりを見渡す。綺麗とは言えない部屋、自分の力では開きそうにない鉄格子と扉、まるで自分が囚人であると錯覚する。唯一の救いは、自分の装備が奪われていない状況である。
「あのー、あなたが新しい囚人さんですか?」
この状況を考察していたところ、廊下から、か細い女の声が聞こえる。廊下には黒くテカテカとした看守服を着た女がおどおどと立っていた。
「いえ囚人ではないですよ。僕は、願いをかなえてもらうために地下27階まで来た冒険者です。あなたが叶えてくれる方ですか?」
技術師が簡潔に現状を伝えると、女はさっきよりもおどおどとし始めた。
「あの、なんで、最初から記憶があるのです?もしかして…ああっやっぱり、ミソギちゃんこの人に・・・してないじゃん!ミソギちゃんのバカァ…、はぁあたしが担当でよかった」
「なにか問題でも?」
「………いえ、問題ナイデス。今から言うことをよく聞いてくださいね。確かにここが地下27階です。あなたの目的もきっと叶うでしょう。ですが、とあるアクシデントが生じてしまったので、少しマニュアルから外れて案内します。…まずはお風呂に行きましょうか」
女は言い終えると牢屋の扉を開け、ついてくるように促す。着いた先は簡素なシャワー室だった。
「えっと、ここをおすと冷水が出て、ここをひねると温度が変わります。自動で止まるので逐次押してください。布と新しい服を用意しておくのでそちらをお使いください」
女が未知の技術を分かるように説明する。技術師は魔法陣の描かれていない装置で身体を清めながら、ここが地下27階だと確信した。身体の水を拭き新しい服に着替える。次に案内されたのは牢獄より清潔な個室だ。
「そちらにおかけください。…はい、ではあなたの質問に答えます。どうぞ、なんでも聞いてください」
「一応状況は理解したけど、何をすれば願いが叶う?」
女が気まずそうに答える。
「普段の手順では、あなたの記憶を一度封印して願いを叶えるにふさわしい存在かを試します。…ですが、今回こちらの不手際であなたに魔法の処理が施されなかったようでして、特例として記憶があるままわたしとお話をして試させてもらいます」
「つまり、願いを叶える前にきみと話す試練があるんだね」
「そうです、あっでもそんな大したことは聞かないので落ち着いて答えてくださいね」
技術師はなんでも答えられるように今までの記憶を思い出す。技術師になった理由、仲間との日々、そしてどうしても叶えてほしい願い。
「何について話せばいい?」
女が真剣な表情をする。
「あなたのお名前を教えてください」
「僕の名前は・・・・・だよ。仲間からは技術師呼びされているけどね」
「では技術師さん、あなたは何を求めますか?」
「僕は…」
技術師は自分にしか作れないアイテムの知識が欲しいを即答するつもりだった。しかし、原理のわからない装置を目の前にした今、技術で有名になることに何の意味があるのか分からなくなってしまった。
「ここで働くって有りですか」
「こことは、地下27階のここということですか…可能ですよ。ただ、条件があります」
「条件とは?」
「二度と地下27階から出ることはできません。…ちなみにあなたの仲間たちは正常に記憶を封印できているので、この後彼らは地下27階に入った時点での記憶の状態で地上へ転送されるのですが、なぜかあなただけ帰還できなかったということになります」
女は服の中から一枚の紙を取り出し、技術師の前に置く。その紙には一番上にでかでかと契約書と書かれており、その下に細々と契約内容が記されている。
「なるほど、連絡も一切とれないのですね。…お願いします。僕の知識欲がこのチャンスを逃すなと言っているんです」
技術師は契約書にサインをする。直後、体の一部が変わったような痛みを感じた。
「それじゃこれからよろしくね、・・・・さん」
…
「ここは…どこ?」
魔法使いが目を覚ます。あたりを見渡すと見覚えのある場所だと気付いた。
「魔法学園だ。なんだか懐かしいな。あれ?なんで懐かしいんだろ…えっ、この服なに?それにあたしの杖って新品だよね」
記憶通りに廊下を歩く。友だちがいないからずっと使っていた図書館、自分だけできないから先生に閉じ込められた補習室、昨日まで使っていたはずなのに昔のように感じる。
「ここは…あたしの教室だ。あっ、また花瓶が置かれてる」
魔法使いは花瓶を後ろの棚に置く。花瓶が置かれだしたのは、彼女がクラスで一番魔力量が少ないと知られた日からである。その日から仲の良かった人たちも話しかけてこなかった。
「立派な魔法使いになるのやめようかな」
「へえ、辞めんだ?」
知らない女の声が後ろの上から聞こえた。魔法使いは驚いて振り返ろうとしたが、頭をがっしりと掴まれ動かせない。
「離してよっ、誰なのよ!」
「私の顔を見る前に一つ聞かせろ。お前の願いは魔法使いを辞めることか?」
魔法使いを辞める、確かにここであきらめた方が家族の負担にならないし自分のためであると思った。
「…だって、その………ほうが………でも…」
魔法使いの声はかすれ小さくなる。魔法使いは、頭を押さえていた女の手が胸の前でむすばれ、抱擁されていることに気づかない。
「もういい、私が悪かった悪かった。わかんねえよな自分の本当の願いなんてさ。とりあえず、気分を一回リセットしねぇとな!風呂行くぞ、風呂」
女が魔法使いを振り向かせると豪快に担ぎ上げた。そのとき見えた女の姿は、戦士と同じくらいの筋肉をつけ、魔法学園の先生用の服を着ていた。女がしばらく歩いて着いた場所は学園寮である。
「自分の部屋と風呂場は覚えているか?風呂場に替えの服と布を置いてあるから、体を清潔にしろ。あと、私は食堂にいるがすぐに来る必要はない。自室でゆっくりしてからでいい」
そういうと、女は食堂へと去っていった。
「お風呂入ろ…」
魔法使いは風呂場へ向かった。………。風呂場にて、普段は中級魔法使いが練習のために温めた湯水をかぶる。魔法使いの身体はそれだけで清潔になっていく。風呂に入って体を沈めると、なぜか溜まっていた疲労が消えていく。
「このお湯、なんか変。そういえばあたしここに来るまで何してたんだっけ」
魔法使いは体を浮かべて記憶をたどる。
「今日は大事な試験の日だった気がする。あたしは寝る間も惜しんで習得した百発百中の速射魔法を見てもらおうとドキドキしていた。実際、披露したときのあの子たちの驚く顔は最高に気持ちよかったわ」
魔法使いは風呂から出て体を拭く。
「でも結局それだけで、実戦で求められる強くて遠くまで飛ばせる魔法を覚えることができなかった。あの子たちが卒業していく中あたしだけ残されて、やけになって一人で雪山のモンスターを討伐しに行った…」
新品の服を着て使い古された杖を持ち自分の部屋に向かう。周りの部屋はまだ魔法も使えない子たちが使っている。部屋に入ると何回も修復したノートの束が置かれていた。
「このノート懐かしいな。自分の魔力量とか命中率とか記録して励みにしてた。…こっちのノートは、攻略日誌?なんだっけ」
ノートをめくる。
1回目、戦士とのダンジョン攻略が始まった。まだ連携が完璧じゃないから戦士の身体のケガがひどい。次の攻略までに戦士に当てないように練習する。
2回目、今日は戦士に誤弾しなかった。そのかわり魔力の消費量が激しいから誰かもう一人は必要かも。
3回目、戦士の提案で集団攻略に参加した。自分の役割に集中できて非常に良かった。他のパーティーも好印象で、ダンジョン攻略に慣れるまでは集団攻略をしようということになった。
…
50回目、ダンジョン攻略がスムーズになってきた。技術師との連携もよくなってきたし、これならあのダンジョンにも挑めるかも。
この次のページも色々書かれている。さっきまで魔法学園の生徒だと思っていた魔法使いに泥臭い記憶が叩き込まれる。
「あたしって魔法学園やめてた?戦士と意気投合したあの日から、魔法学園に何も連絡しないで冒険者してるの?」
気持ちを整理している間にも記憶が流れ込んでくる。魔法使いは無意識に布団の中へもぐりこんだ。
記憶の中のあたし、楽しそう。魔法力は相変わらず変わってないけど、敵の攻撃を邪魔して戦闘に貢献している。そっか、今のあたしは魔法使いでよかった思っているのね。でも魔法学園に連絡を取らないのはよくないわよね…。
記憶の流入が止まる。魔法使いは布団から出て伸びをする。新品だった服がここに来た時の服に変わっている。
「地下27階って、自分を振り返ることができたのはありがたいけど、ちょっと悪趣味なのね」
「本当の願いを聞くにはこれが一番手っ取り早いんだなー」
勉強机に座っている女がニヤニヤしながら答えた。
「ずいぶんと待ったからな、我慢できなくて起こそうと思っていたんだが手間が省けた。それで気分はどうだ?」
「最悪って言いたいところだけど、まあまあね」
「もっと寝ていてもいいんだぜ。…いや、その顔はもう十分な顔だな。じゃあ聞くぜ、お前の願いはなんだ」
「あたしの願いは…」
女は驚いた顔をする。
「それでいいんだな?」
「ええ、これがいいわ」
「わかった。お前の願いを叶えてやろう。…と言いたいところなんだが、あと一つ試練がある」
…
長いこと待っていた戦士の前に女が現れ試練を始めると告げる。
「ダンジョンを攻略せし者よ」
契約書を読み返していた技術師の目の前の女が時間が来たと告げる。
「お前の願いを叶えてやろう」
魔法使いの目の前の女が最後の試練だと告げる。
「その前に最後の試練だ」
戦士、技術師、魔法使いの視界が歪む。歪みが治まると三人は白を基調とした神殿の中にいた。その三人と対面するように三人の女が武器を構えている。
「「「私たちを倒してみせよ」」」
…
その後、彼らが願いを叶えられたのかはわからない。戦士と魔法使いは無事ダンジョンから帰還することができた。そのとき、技術師だけが帰還できなかったが、もとから存在しなかったかのような様子である。戦士はまだ冒険を続けるらしい。魔法使いは以前よりも落ち着いた口調になった。近いうちに魔法学園を訪れるよう戦士と相談しているそうだ。技術師は、あー、彼はダンジョン地下27階の下っ端としてせこせこ働いている。
「先輩、コーヒー持ってきました」
「ああ、ありがとう。…さて、次はどんな冒険者が来るかな?」
どこかのファンタジーな世界
私たちが想像したモンスターが自然に存在し、
私たちがツクったダンジョンに人々は魅了される。
子供は戦闘術や魔法の習得に勤しみ、
大人は栄光を手に入れるか、夢破れて堕落する。
そんな世界の、あるダンジョンに挑む冒険者たちの話を聞きたいと願う。