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009 突然ですが、このたび転入することになった魔石川睡蓮です

「突然ですが、このたび転入することになった魔石川睡蓮です。よろしくお願いします」


 もう少しで腰までとどきそうなくらい長い髪が、勢いよくお辞儀をした為に跳ね上がる。少し上気した表情は凜としていたが、同時に少女らしい愛らしさを残していた。


 視線が合った。気のせいか敵を射るような目で見られた気がする。


 笑顔なのに、笑顔なのに何故か睡蓮の周りに黒いオーラが見えた。


 ………話が違うぞ。花蓮、お前はどういう説明をしたんだ?


 睡蓮が覆う黒いオーラは、憎しみ、怒り、そして殺気だ。前に花蓮から感じたものと似ている。


 なんとなく木広と同じ匂いがする。


 危険だ。


 思わずさっと後ろを向いて視線をそらした。関わってはいけない。と、これまでの経験から本能が警鐘を鳴らしている。


 しかし、関わらざるを得ない。


 視線をそらした先には、サラがいた。目が合う。


 サラはちらに酷薄な暴君のような目を向けている。


「可愛い子で、よ、か、っ、た、わ、ね」


 まるで千枚通りで胸を突かれるような一言一言だった。


「えー、名前から分かる通りこの学園関係者で、生徒会長の魔石川花蓮の妹さんです。今までドイツのハンブルクにある姉妹校に留学していたんだけど、諸事情で急遽日本に戻ってくる事になったみたいなの。みんな、仲良くしてあげてね」


 担任の板倉満里子がクラスに向かって補足するように言った。


「それで、誰かに面倒を見てもらいたいのだけれど………」


 そう言って真理子先生がクラスを見渡すと、ワタル以外の男子生徒が色めき立つ。できれば、みな面倒をみたいと思っているのだ。


 ワタルは面倒みたいヤツが見ればいいと思ったが、世の中はそんなに甘くない。サラが機嫌が悪いのも、そのせいだった。


「先生。姉さまからこのクラスには生徒会関係者がいるから、その方にお世話になりなさいと言付かっているので、できればその方のお世話になりたいのですが………」


「そう?、じゃあ天野ワタル君、この子の面倒お願いね」


 ワタルはまるで油の切れた歯車のようにぎこちなく前を向き直る。


「………分かりました」


 ざわめきが起こる。ワタルはクラス全員の視線がビシビシ刺さるのを感じながら、しかたなくそう呟いた」


「では、席はワタル君の隣にしましょう」


「でも、お隣の方がいらっしゃるので、申し訳ありませんの」


 だったら、何故すぐ横まで、歩いて来ているのだ? それって横に座る前提でいるんじゃないのか?


 ワタルの隣に座っている男子生徒を見つめながら睡蓮が哀しそうな表情をする。すると、


「だ、大丈夫です。移動します」


 隣に座っていた男子生徒が自主的に移動していく。


「ありがとうなの」


 笑顔で感謝を伝えると席を譲った男子生徒は真っ赤になって幸せそうにデレる。そのまま荷物をまとめて、たまたま休んでいる生徒の机に移動していく。


 結局、やはり睡蓮が隣に座った。


「ワタル様、姉さまも御世話になっていると聞いていますの。わたくしもワタル様に御世話をおかけするかもしれませんが、よろしくなの」


 スカートの端を両手でちょこんとつまむ素振りをして、片方の足をトンと後ろに下げて睡蓮が挨拶をして、手を差し伸べてきた。


 その挨拶は辛うじて知識として知っているから、ワタルは伸ばされた花蓮の手の甲に軽くキスをした。


「なっ! あなた何してんの」


 後ろからサラに椅子を蹴飛ばされた。


 周りの男達がモノを投げつけてくる。


「や、止めろ、あぶないだろう」


 ワタルは何かまた自分が失敗してしまったと悟ったが、もう遅かった。全員の非難が集中する。


 そんな中で睡蓮がすぅ~っと顔を近づけてきた。


「ワタル様、わたくしにこの手の事をしても無駄ですの」


「えっ?」


 どきっとして睡蓮の顔を見る。


 意外に睡蓮の顔が間近にあって軽く驚いてしまう。間近で見ると、睡蓮の睫毛はとても長い事が分かった。睡蓮の口元が少し緩む。


「ワタル様、殺してさしあげたい、なの」


 冷笑と共に周りに聞こえないくらいの小声でそう呟かれた。


 また敵を見る目つきをしていた。


 何故だか分からないが睡蓮は自分を敵視しているのは間違いないようだ。


 睡蓮はワタルから離れると、驚いたように目を見開いて、キスされた手をもう片方でそうっと包み込む。そして戸惑ったような顔をして、


「イヤですわ、ワタル様、あたくしは握手させていただこうと思っただけなのに、照れてしまいます」


 頬を朱く染めている。


 ワタルはそれが嘘だと分かっているが、それでも欺されそうになる。


「花蓮、おまえは一体どんなふうに説明をしたんだ? これでは睡蓮が一番危険人物だよ」


 ワタルは溜息とともに、そう心で呟いた。






◇◇◇






 話は数日さかのぼる。


 ワタルが生徒会に顔を出すようになって三日後、花蓮から二人で話をしたいと言われて、生徒会室に残り、みんなが後に、花蓮から妹が今後学園に転入してくるからと言われ、その世話を頼まれた。


「返事をする前に聞きたいが、何でオレなの?」


 世話をする事はやぶさかではなかったが、なぜ指名されたのか理由を知りたかった。


 すると花蓮が近づいてきてワタルの胸に体を預けてくる。


「きみは無理矢理、きっと弱みを握られて仕方なしに双葉花蓮の言う事を聞いているのだろう? どんな弱みを握られているのか、いくら聞いても教えてくれないから、もう訊かないけど、きみの事は私が必ず助ける。


 ………だから、きみが双葉達にいいように利用されて傷付く事がないように、私の妹にきみを守らせようと思う。


 妹と言っても実力はわたしと遜色ないから安心して」


 花蓮はそういってワタルの胸に頬を寄せてくる。


「なぁ、この前から、なんとなく態度がおかしいけど、何かあったのか? 大丈夫か?」


 ワタルとしては訳が分からない。いや、ひとつだけ思い当たる事がある。ただ、そんな子供だましの魔法が花蓮にかかったとは思えないので、ワタルは他の原因を考え探った。


 しかし、原因は分からない。


 花蓮がここまで自分に対して好意を寄せる理由が分からない。


 一度、花蓮にはえっちい事をしたが、その直後は相変わらずワタルに対しては敵対心を向けていたからそれが原因とは思えない。


「えっ、そんなに私の態度は違う? ごめんなさい。そんなんじゃ双葉側に見破られてしまうかも。


 ………この思いを隠すのはつらいけど、きみが双葉から解放されるまでは旨く隠し通してみせる。妹にも秘密にしておくから安心して」


 言っている事も先ほどから要領を得ない。


 花蓮は、ワタルが弱みを握られてしかたなく花蓮の言う事をきいていると思っているらしいが、


 ………んっ? そんなに間違っては、いない?


 契約をしたからサラの言う事をきいているのだが、端から見ると弱みを握られているように見えるのかも知れない。そしてそう見られても、間違っていないきがしてきた。


 別にはじめからサラに協力しようと思ったわけではない。たまたまサラを助けてその流れでサラの願いを手伝う事をなんとなく承諾してしまっただけなのだから、別にサラでなくても例えば花蓮に協力しても自分の使命が達成できれば良いはずだ。


 もっとも、一度約束した事は守り通すつもりだから、そんな事はあり得ないが。


「なあ、おれは別にサラに強制されている訳ではないんだけど」


 花蓮が顔を近づけてくる。


「きみは私の事をすきと言ってくれた。とても嬉しかった。


 でも私の処には来てくれない。そして花蓮をかばうような事を言うし。そんな態度を見せられたら、私には分かるの。


 きみが弱みを握られて、イヤイヤ言う事を訊かされているって事が」


 キスされた。


 花蓮の舌が入ってくる。


 花蓮はクールな表情に中に僅かなに、はにかんだような照れくささを見せている。


 ワタルは花蓮が自分の子供だましの魔術に完全にかかっている事を知った。


 『好き』


 たった二文字のマジックワード。


 花蓮はワタルが言ったその言葉の魔法に、完全にかかっているようだった。



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