076 本当はこのまま魔界に行きたかったけれどサラと睡蓮が許してくれなかった
本当はこのまま魔界に行きたかったけれどサラと睡蓮が許してくれなかった。
「このまま魔界に行ったらヤドリギに食われてしまうだけだよ」
そう睡蓮に言われると、真偽はともかくこのまま魔界に行くことを躊躇してしまう。しかもそれを避ける手段があると知らされてしまうとなおさら行くに行けなくなってしまった。
たとえヤドリギに食われるーー正確には魔界に行くと体を乗っ取られるということーーその可能性が限りなくちいゼロに近いと分かっていても万が一を考えてしまう。
「そんなことはする気はない。だが睡蓮が言うことも可能性としてありうる。安全を考えたら対策しておくべきだろう。わたしも男の体になるのはあまり気乗りがしない」
一体化したヤドリギに頭の中でそうつぶやかれると、やれることはやっておこうと思ってしまう。
「四方のところに行くことは、まあそれなりの理由があるとして何で鎖をつけたままなの? しかも何故に首輪?」
「イヌ? だから?」
「え?」
自分は確かに人間ではないけれど、イヌはひどい。
「発情している畜生に鎖は必要でしょう? それが買い主の義務だし」
「何を言っているんだ。い、痛い、引っ張らないで。サラさん?」
サラに鎖を引っ張られて引き寄せられる。ニコニコしているが目がこわい。
「私はあんたの主人なんだよ」
「そんな関係には、なっていないだろう」
「なのに今まで躾をしていなかったのは私が悪かったわ」
「躾って何さ」
「でも今からでも遅くないから。あんたのこときちんと更正してあげるわ」
「ねえ、聞いてる?」
ジャリ。
サラが鎖を持った拳を捻りあげる。
「ねえ、ワタルくん、もしこれでまともにならなかったら。仕方ないけど最後の手段を使いからね」
「サラさん、最後の手段って? その前に俺の言ってることちゃんと聞いているの」
「わたくしも、この際仕方ないと思うの。ワタル様がこのままでいるくらいなら」
「「去勢するからね!!」」
ワタルは全力で逃げようとしたがサラの掴んでいる鎖からは逃れることはできなかった。鎖の長さはサラの意志で調整できるらしく勢いをつけた為に一瞬伸びた鎖がじりじり縮まっていく。
「逃げられないの」
睡蓮が近づいて腕を伸ばす。その腕から半透明な細い糸が伸びてワタルの指につながっているような気がする。何となく睡蓮のいらだっている気持ちが伝わってくるような気がする。そういてば、なぜ自分はサラのところに歩いているのだろう。なんか体の自由がきかない気がする。
半透明な細い糸が自分の行動を縛っているような気がする。
もしかしたらさっきまでサラに吸い続けられた指の傷から細い糸がでている気がする。
傀儡?
「神経なの。いま、わたくしとワタル様は同じ神経を共有しているの」
……いったい睡蓮は何を言っているのだろう?
「わたくしとワタル様はつながっているの」
ワタルは睡蓮の顔をまじまじと見つめてしまう。
……とうとうバカに。
いきなり睡蓮に殴られた。
「痛い」
「あたくしに向かって、バカとはなんなの。謝るの」
睡蓮は真っ赤になって怒っている。
「えっ? なんで考えていることが分かったの? それになんかいつもより表情が豊かになっているような気が」
「それは気のせいなの。精神がつながっているからそう思えるだけなの。わたくしはいつもと変わらないの」
じっと睡蓮を見つめる。
「何なのよ」
「精神が繋がっているのか?」
「繋がっているの。だからワタル様の考えていることはすべて筒抜けなの」
その瞬間、ワタルは脳の記憶をデリートした。睡蓮は違和感があったのか不思議そうな顔つきをしたが気づかれなかった。
「これでワタル様が何か使用としても事前に分かるの。だからもう、悪さはできないの」
ワタルは頭をかきながらため息をついた。
「きみたち、いったい俺をなんだと思っているの」
「「発情期のイヌ」」
「ひどっ」
ワタルはその場で泣いた。
「それで、なぜ四方に会わないといけないのか?」
ワタルのその言葉にふたりは一言、
「来ればわかる」
とだけ言って理由を教えてくれない。
だいたい四方の事はどこまで知っているのか。遥香の妹であることは調べればすぐに分かると思うが、今の四方の状況の原因が鬼姫であることは誰も知らないはずだ。
ちらと睡蓮を見る。
いまは線が見えていないのでワタルが何を思っているのか分からないみたいだ。どこまで考えが伝わるのか分からないから気を付けないといけない。
「何を気を付けないといけないの」
ちらりと睡蓮が後ろを振り返る。
「いや、なんでもないです」
……無意識に睡蓮の後ろ姿を堪能してしまったので気を付けないと。
ぽっ。と睡蓮が顔を赤くする。
横まで近づいてくると、ピタとくっついてくる。何となくほんわかした雰囲気が伝わってくる。
「後でゆっくりと堪能させてあげるの」
睡蓮の考えている事も何となく伝わってくる。だから常時繋げていることは睡蓮的にも問題があるようだ。それにあまりハッキリと感じるというよりもぼんやり考えが伝わってくる程度だ。睡蓮はワタルに比べると、もっとハッキリ何を考えているのか分かるようだが、全てが分かるわけではなさそうだ。
もし全てを知ったら。
まあ、もしの話しをしても仕方ない。
「ふたりとも、ぐずぐずしないでさっさと歩きなさい」
遥香が鎖をジャラリと揺らしながら二人を急かせる。
「ちょっと待って」
そう良いながらワタルは隣にひっついている睡蓮を引きずるようにしてサラの後ろに付いていった。
……そういえば、睡蓮ってオレのこと嫌いだったのでは?
そう気がつくと、睡蓮にまた指を咬まれた。
余計なことは考えるな。
そんな思念が伝わってきた。
ワタルは溜息をついて、その事はあまり深く考えない事にした。