071 ………はぁ
「………はぁ」
ワタルはボロボロになって気を失っている遥香を抱きかかえながら溜息をついた。
遥香の着ている服はレーザーで焼き尽くされてほとんど全裸になっていたので、自分の上着を駆けてやる。
ワタルはそのまま教会を出た。
座標指定
確認。
GO。
ワタルの背後で教会が崩壊した。
双葉にも魔石川にも見つからないように時間を過ごした後、ワタルは三鷹台の旧採掘場まで来ていた。遥香も一緒だ。
遥香はすでに目を覚ましている。
自分が教会という聖域の中でさえワタルに勝つことができなかった事がよほどショックだったようだ。
「絶対聖域で聖者に勝てるのは神様しかいません。ワタル君は神様なのですか?」
目を覚ました遥香の第一声がそれだった。ワタルが否定しても遥香は納得せずに終わりにはワタルは神様確定されてしまった。
その後に、どんなに否定しても遥香は聞く耳をもたなかった。
「勝手にしてくれ」
ワタルはどっと疲れて両肩を落としてそういうしかなかった。
とはいっても、遥香はワタルが双葉重工と魔石川商事側だと言う事は知っているのでその後は必死で教会側につくように必死で説得してきたので、最後はしばらく黙って欲しいと強く言って黙らせた。
その為、今は遥香は黙ったままおとなしくしている。
まずはサラを見つけることを優先する。
そのあとに遥香の事は考える事にした。解決策がないから、いわゆる先送りをしているだけである。遥香の目を覚ますには四方を復活させるしかないのが分かっているから、いまはどうしようもない。
ラボは有効射程距離まで接近させてしまった為に、ある町に墜落してしまった。さすがに周りに被害がないように、また築かれないように操作したがほとんどの機能が修復不能になってしまったようだ。
鬼姫の恨み節を聞いた気がしたけれど、気付かなかった事にした。後で様子を見に行くのでその時に謝って許してもらう事にした。まあ、魔力結界が拡散されたみたいなのでその範囲であれば鬼姫は実体を持つことができるはずなのでしばらくは勝手にするだろう。
心の中で一度だけ鬼姫にごめんなさいして、目の前の事に意識を戻す。
旧採掘場の入り口には人影がない。
ワタルはその入り口から地下に向かった。なんとなく中に薫とサラがいるような気がしたので奥に向かってすすんでいく。
ワタルの後ろを遥香がついてくる。
本当であればどこかに監禁したかったが、見張りもなく監禁できるほど遥香はおとなしくなかったので結局ここに連れてきたのだ。気休めで後ろ手で手錠をかけている。
十分程歩いたところで広い空間に出た。
その先に薫とサラがいるから、この世と魔界をへだてる境界地点を踏み越えた。両手の聖痕が発光しながら白い煙を上げる。
「ちっ」
焦げる臭いを嗅ぎながらワタルは両手をポケットの中に入れた。少しはましになったけれど白い煙が僅かに立ち上っている。
聖痕が魔界の空気を拒絶しているのだ。ワタルは痛みは我慢する事にした。
「ワタルさん、待っていましたよ。
遥香さん、その様子ではワタルさんに負けてしまったようですね。まさか教会の中で負けた訳ではないですよね?」
ワタルは面倒なので答えなかった。
サラを見ると疲れた表情はしているが問題なさそうだった。薫がサラに何かするとは思っていなかったがそっと安堵した。エー婦で口をきけないようにふさがれているから、もごもご意味不明な事を言っている。
「ここに何があるんだ?」
ワタルは数メートルはさんで立ち止まりそう言った。
「これですよ」
十字の形をした手のひらサイズの装飾品をワタルに見せる薫。
薫が何気なくそれを放ってきたので反射的に受け取ってしまった。その途端、
両手が爆発した。爆風が広場の壁を振るわせる。
真っ赤に血だらけになったワタルは薫を睨んだ。
「なんだ、これは?」
地面に落ちたそれを見ながらワタルはそう呟いた。
手の甲の聖痕が破裂したのだ。
ワタルの手はボロボロになっている。一部の指がもげそうにあり得ない方向に曲がっていた。もっとも、爆発のせいで聖痕が消えたのでよしとする。
「汚れた英雄」
薫がそう言った。
改めて見るとそれは十字架のようだった。別にワタルは十字架を触ると肌が焼けるような事はなかったにも係わらずこんな事になってしまった。
「呪具か?」
であれば納得できる。すると薫が肯定した。
「聖石の一種ですが私にとっては神具です。なにしろ無尽蔵に魔力を吸収するんですから。自ら汚れ(魔力)を取り込むまさに英雄です」
興奮気味に喋る薫の言っている事が理解できない。
「なぜこの世界に魔力がほとんど存在しないか分かりますか? それはこの聖石が全てとりこんだからです。つまりこの聖石はすでにひとつの世界の魔力を吸い込んでいるんです。いえそうではないですね、私の知っている限り千の世界の魔力を吸い込んでいます」
薫がゆっくりと近づいて”汚れた英雄”を拾う。
「もっとも、神力を持つ者は”汚れた英雄”が取り込んだ魔力の影響で先ほどみたいにまるで発火したように全身を焼かれますが、まあ私みたいに魔力も神力も持たない人間にはただの石でしかありませんけれど」
「で、それがどうした?」
ワタルは両手をさりげなく後ろに隠しながらそう尋ねた。石を見せるためにここに呼びつけた訳ではないのだろう。元ゲートが存在するこの場所に呼びつけた理由はなんだ?
サラの様子を見るといつもとそう変わりはない。
ワタルは魔力を感じる事ができないからハッキリとは分からないが、いつもと同じように見えると言う事はサラの魔力は吸われていないはずだ。
「サラを返してもらおう」
嫌な予感がしてワタルはそう言った。何か大切な事を見落としている気がする。それが分からない。分からない事が致命的にまずい気がする。焦燥感にとらわれる。
「サラさんですか? いいでしょう、さあ」
サラの背中を薫が押す。
サラの背中を押す手には”汚れた英雄”が握られていた。
「あっ!」
爆発的な魔力の解放。
魔力を感じないワタルでさえ感じる事ができる程の圧倒的な質量をもった力がサラの体に流れ込んでいく。
遥香が数メートル後ろに飛ばされる。薫でさえその場に止まることができない。
魔力解放。
サラの体が閃光した。