007 これからどうするのよ?
「これからどうするのよ?」
右側には喋れないワタルが寝ているベット。
左側には喋らない木広が寝ているベット。
その隙間にパイプ椅子を置き、サラは座っている。
ふたりからは返答はなかった。
ワタルは声を出すと傷が痛むらしいから、ある意味仕方がない。顔はこちらに向けているので聞いていない訳ではない。
しかし、お姉様は………、
嫌がるタマを後ろから抱き締めながら、髪の毛に顔を埋めている。目を細めて、それはそれは嬉しそうだった。
タマは先ほどからサラに助けを求めてくるが、サラは親指を立てて、「がんばれ」と声援を送る事しかできなかった。お姉様の機嫌がその程度で良いのであれば、タマはあえて犠牲になってもらう。
「神宮庁からの連絡では、ワタルくんは使い魔とは見なせないから、途中からの第三者の助っ人と見なされて、規定により私達は入札失格になった」
先ほど連絡があった内容をサラはふたりに告げた。
ピクッと木広の腕が止まり、顔が引きつった気がする。サラは慌てて、
「ただ、ワタルくんのおかげで、花蓮さんの使い魔はしばらく活動できなくなった事と、圧倒的な力を見せつけたから、本来は魔石の採掘権は魔石川商事が獲得する事になるはずだったけれど、もしも私達がゲートの近くで休眠している魔族を封印できれば、特例で採掘権を得られるみたいだ」
「でも、花蓮が黙ってはいないでしょう?」
木広はタマの耳たぶを甘噛みして、しゃぶっている。タマは逃げ出したがっているが、顎を撫でられて骨抜きになっており、木広のなすがままだった。
「肉球と猫耳が無い」と木広に言われて、少ない魔力をそれの出現に使っている。タマの魔力が復活しないから止めてくれとワタルが頼んだようだが、あっさり木広に却下されていた。
「花蓮さんが気を失ったことも大きいみたい。あっちはあっちで、結構タイヘンらしいわ。だから今回の魔石発掘場まで、手が回らないみたい。だから今がチャンスだ」
これで会社が潰れなくて済む、と思うと、サラは椅子から立ち上がり、よしっと握り拳を作る。
………でも。
こっちもすぐには動く事はできない。
お姉様は見た目は復活しているが、ゲートの魔族を封印する為の知力を溜めなければいけない。自分にそれができれば良かったが、未熟な自分にはムリだった。
それが残念で少しふさぎこむ。
ワタルがもしかして、やってくれるかも、と期待したが、本人からムリだと即答されてしまった。話によると魔石を使って魔族を封印するような繊細な事を行う技術はないらしい。というか、受業で魔石を使った時に、ワタルは魔石を思い切り投げて標的にあてて、高価な魔石をひとつ台無しにしてしまった事があったから、魔石を制御する事が出来ない気がする。
「とにかく、わたしは二,三日は入院していないといけないから、しばらく様子見だわ。そのかわり、サラちゃんとワタルさんは学園に行って花蓮さんの様子を見てきて。魔石川商事だって準備が整ったら封印しようとするはずだから、その時期をできれば調査してね」
「分かった」
「その間のタマちゃんの世話は私がしておくから」
そう言って木広はタマのほっぺたにすりすりする。タマが泣いていた。
「タマ、がんばってね」
「た、たすけてよ」
サラは聞こえなかった事にした。
「ひどっ。呪ってやる」
猫鬼の呪いはちょっとイヤだったが、自分よりも先に木広が呪われるはずなので、やはり無視する事にした。木広を呪いきるのは多分無理だから、自分が呪われることはないだろう。
「とりあえずワタルは今日は入院しても、いいけど、明日は必ず学校に来る事。良いわね」
ワタルを見ると、もの凄く不満そうに、睨んできたが渋々頷いてきた。
「でも、二人が同じ部屋でいいの?」
「よくない」と声が出せないはずのワタルがそう言ってきた。
「いいわよ」と声を弾ませる木広。
二人を交互に見て、「まあ、あたしは気にしないからそれでいいわ」と呟く。
「ワタルさんには色々と話しをしないと行けないかあ、同じ部屋の方が何かと都合がいいのよ」
少し楽しそうな声の木広だったが、一方ワタルの方は、青ざめている。
何となく助けて欲しそうな表情をしている様な気もするけれど、そこまで付き合いが長いわけではないので、気のせいだと思う事にした。
………あなたよりも、あたしは自分が可愛いのよ。
木広を怒らせる事は、なるべく避けるのが賢明だった。
「なんだったら、あなたが好きなえっちい事を、お姉様にするチャンスじゃない。やてみればいいじゃない」
ワタルがとても嫌な顔をする。
そんなワタルの顔を見ると、理由は分からないが、とても気分が良くなる。
「死にたければ試してみてもよいぞ」
木広がニヤリとする。
「やめておく。木広からは女性というよりも捕捉者の雰囲気の方が強くて、危険だ」
かすかにベットの上で、ワタルが木広とは逆の方に体をずらす。よほど舌を咬まれて、腹を潰されたのが堪えたようだった。
「ねえ」
「なんだ」
「あなたホントに強いの?」
「男には強いよ。ただ女の子には………、いや、何でもない」
………あんたは、女の子には弱いのか?
そう思ってしまうと少し頭にくる。それを誤魔化すために無表情でワタルに冷たい視線を送る。
すると何故かワタルが身構える。
「もしかして、女の子には、えっちい事しかできないの?」
「ギク、そ、そんな事はない。とにかくおまえとの約束は守るから心配するな」
「会話が成立していないわ」
焦ったワタルにそう告げて、サラは椅子から立ち上がった。
パイプ椅子を通路の壁の方にある隙間に片付けて、帰る支度をする。
「タマ、ここに残りたいのなら別に構わないけど、私は帰るわよ」
バタバタバタ。
「一緒に帰ります。置いてかないで」
木広の呪縛から何とか逃れて、タマが木広から逃れてくる。
「ちっ」
木広が残念そうに舌打ちするのが聞こえた。
足にまとわりついてくるタマの頭を、つい撫でてやるとタマが目を細めて嬉しそうにする。
まさに猫だった。
ちょっとかわしい。自分を傷付けようとした魔族である事をつい忘れてしまいそうになる。
「お姉様、それではまた明日、学校が終わったら来ます。今日はこれで帰ります」
「分かった。それからもし花蓮と話せたら、すまなかったと謝っておいてくれ」
「わかりました。お姉様が無事な事も伝えておきます」
そう言ってからサラは病室から廊下に出た。
廊下を歩きながら、さっきは気にならなかったが、急に二人が同じ部屋で一晩一緒にいる事が気になりはじめた。
「まあ、お姉様は男の子に興味がないから、大丈夫だと思うけど」
木広の性癖をしているので妙な事になる筈ないと思うが、やはり気になってしまう。
そして、そんな事を気になる自分が何となく許せなかったサラだった。
◇◇◇
「さて、やっとふたりきりになる事ができたわね」
ベットの上で上半身を起こした花蓮が楽しそうにニヤリとする。
「私を襲ってみる?」
怖かった。
サラが恐れている理由が、何となく分かった。もちろんサラは姉として木広を慕っている。木広も妹としてサラを可愛がっている。
それでもサラは木広の事を恐れているのだ。
何が怖いのか、まだよく分からないが背筋がゾッとするような冷気が伝わってくる。めずらしく笑顔なのも不気味だった。ワタルはだけには迂闊に手を出さないことを心に誓う。
そっと木広がベットから抜け出して立ち上がった。
近づいてくる。
「ねえ、助けてくれたお礼を、まだしていなかったわね」
木広がワタルのいるベットの上に腰を下ろしてくる。手を握られた。
気のせいか、とても、とても冷たかった。
「れ、礼なんて、いいよ」
ワタルはベットの反対側に逃れようとするが、それを悟った木広に押し倒された。
木広がまたがってきて、逃げる事ができなくなった。
「ワタル君は、エッチな事が好きみたいだから、そっちの方でお礼をしてあげるわね」
するっと、ボタンを外すと、寝間着を脱いでしまう。
ブラはしていなかったから、形のいい胸が露わになる。
「こ、こういうのは何か違う気がするから、止めてくれ」
ニヤリ、と意地悪く微笑んだ木広はそのまま上半身を倒して顔を近づけてくる。
「ねえ、ワタル君はサラちゃんと花蓮のどちらが好き?」
ワザと自分の胸をワタルに押しつけながら尋ねてくる。ワタルは誘惑に負けないように必死で我慢するが、同時に身の危険というか、死の予感に襲われる。
ふぅー。
「ねえ、どうして我慢するの?」
木広が上半身を起こして、腰を浮かす。
そして、ズボンを脱いでしまう。そのまま腰を落としたから、太ももがワタルの鎖骨にあたり、木広の形のいいお尻が微妙な箇所を刺激する。
木広は脱いだモノを自分のベッドに放り投げる。
「どう? あたしのからだ、気に入ってくれた?」
あやしくもきれいな体だった。普通であれば堪らない気分になるところだが、今はワタルは別の意味、恐怖で溜まらなくなっている。
「これでお礼は終わり」
木広から微笑みが消えた。
殺気。
「ねえ、花蓮は右腕をワタル君に切断されたのよね?」
いきなりで対応できなかった。
木広が隠し持っていたメスで腕を突き刺された。鮮血で木広の顔と体が真っ赤に染まる。
ワタルは悲鳴を上げた。
木広が笑った。
「いくら叫んでも大丈夫。この部屋は防音だから」
別のメスでまた刺された。
木広が血まみれになる。
「まったく、人を刺すと血が掛かるから、イヤなのよね。
サラちゃんったら、お気に入りの寝間着を持ってきちゃったから、着ていたままだと血で汚れて、もう着れなくなるのよね」
ワタルは自分の腕を見る。
流血している割には痛みがない。木広がそれなりに考えて刺している為だと思うが、泣きそうだった。
冷静にこんな事をできる木広について行けない。
「ねえ、ワタル君、さっきの質問に答えてくれないかな。サラちゃんと花蓮のどちらが好きなの?」
しばらく考えてた。でた答えは絶対に木広は納得しないと思ったから、無言でいた。
「言いたくないの?」
木広がワタルの腕に噛みついてきた。
血を吸われる。
「ワタル君の血って、何か変わった味がするわね」
不思議そうに木広が呟いた。
「花蓮の腕の件ははこのくらいで許して上げる。でも今度、花蓮を傷付けたらこの程度では済まないから。分かったかしら」
「わ、わかりました」
頷きながらワタルがそう言うと、嬉しそうに、
「痛かったでしょう。ごめんなさいね。でも、花蓮はもっと痛かったのよ」
それから、木広の厳しい言葉の折檻が始まって、ワタルは結局朝まで一睡もできなかった。