表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/79

067 これは?


「これは?」


「聖石です。浄化作用があるから魔族はもとより人間でも魔に係わっている人が持つ事ができない宝珠です。でもワタルさんならきっと持てますよ」


 ワタルはそれ受け取った。


 掌におかれたその聖石から暖かさを感じる。とくに痛みは感じない。


「聖痕を刻まれて普通に立ち歩けるワタルさんなら、平気だと思っていました。ちょと安心しました」


 ワタルの掌から薫が聖石を慎重に奪う。


「なあ、もしそれを掴んで平気じゃなかったらどうなっていたんだ?」


 ふと興味で聞いてみた。


「うーん、多分浄化されて滅んでしまうかも知れません」


 ことなげに言う。って事はもしかしたら死んでしまう可能性があったという事だ。


「ふざけんな」


 ワタルは少し離れている薫の腕、聖石を狙って右足を伸ばした。


 ひょい。と躱される。


「ひどいですよ。わたしはまだワタルさんに恨まれることはしていない筈なのに」


「睡蓮の事を傷付けただろう? それだけで充分だと思わないのか?」


「では、木広さんを傷付けた花蓮さんはどうなります? それにワタルさんは花蓮さんの腕を切断していますよね? それにもっと酷い事を四方さんにした鬼姫の事は放置しているのに私だけ許せないんですか?」


「………」


 ワタルは黙った。薫はある程度ワタルがいままで何をしたのか調査済みのようだ。


「言いたいことがあるなら早く言ってくれ」


「ワタルさん、しばらく遥香さんを見逃してくれませんか? 四方さんを元に戻すためにはゲートの主になれるレベルの魔族の魔石がまだ数個必要です。それを集めきるまでもうしばらく遥香さんの事を捕まえないで欲しい」


「それはオレが決める。お前に頼まれるような事ではない」


「ワタルさんの事は全て秘密にしておくことが条件でもですか?」


 ワタルは薫に飛び掛かって腕を掴んだ。そのまま脇をくぐり抜けて背後に回りながら足払いをして薫を投げ飛ばした。


「い、痛いですよ」


 腕の関節を決めたまま、ワタルは薫の背中を右足で踏みつける。


 どこまで自分の事を調べたのか分からないが、今は静止衛星のラボが機能衛視しているから隠匿が不完全な可能性がある。このタイミングで色々調べられる野は都合が悪い。


「………」


「止めて下さいよ。ワタルさん、あなたは桁違いに強いくせに本当に仕方が無い時しか暴力を振るわないでしょう?」


「………」


 痛いところをつく。ただ、薫の言っている事は半分しか合っていない。ワタルが暴力を振るえないのは女性だけだ。


 ………警告のために腕を折っておくか。


「ねえ、もし私がどこかの魔族と同じように女性だったらどうします?」


 その言葉にワタルは薫の腕を放してしまった。


 ゆっくりと薫が立ち上がる。


「どうです? 私が女性か確かめてみます?」


 そういって薫がブレザーを脱いでシャツのボタンを外しはじめる。


「やめろ」


 ワタルはそれ以上の事を止めるよう叫んだ。


 薫と目が合った。


 ………負けた。


「ねえ、ワタルさん。別に魔石発掘場がなくても双葉重工を倒産させない手段なんていくらでもありますよ。そうですね。もし遥香さんの事を見逃してくれるのなら、桜ヶ丘が双葉重工を支援する事をお約束します。


 どうです? 悪い条件ではないと思いますが」


「お前の目的は何なんだ?」


 すると桜ヶ丘から微笑が消えて、その代わりに暗い表情を浮かぶ。


「わたしはこの世界から魔族を一掃したいんです」


 薫は真剣だった。本気でそう思っている。


「その為だったら、わたしはどんな事でもしてみせます。どうです? だから私は遥香さんを手伝うし、その為にこうしてワタルさんを説得しているんですよ」






◇◇◇






 隕石の落下、その後の魔界移転。それは決して死者がゼロだった訳ではない。


 薫の両親は魔界転移の際、突然発生したゲートの近くにいたために、現れた魔族に殺されてしまった。


 子供だった薫は自分がどうやって生き延びたのか記憶はなかった。しかし母親が闇に飲み込まれ、父親の喉が魔族の爪で刳られるのを未だに記憶している。それは不意に悪夢となって現れるから風化する事はなかった。逆に時が経てば経つほど蓄積されていく憎しみに心がどうにかなってしまいそうだった。


 悲しみをどこかにぶつける事でしか心を支える事しかできなかった。


 だから薫は全ての魔族を憎んだ。魔族を世界から一掃するための手段を必死で捜し求めた。そしてやっとその方法を見つけた。


 さきほどワタルに渡した聖石を取りだしてかざす。


「ワタルさん。あなたは魔族を本質的に否定している。だからべつに魔族が存在しなくても良いと思っているでしょう? だったら私の願いを聞いてくれても良いのではないでしょうか?」


 ワタルは無言で薫を見つめてくる。哀れみを含んだ表情だった。


「ワタルさん、私の過去を哀れむ必要はありません」


 ワタルが首を横に振った。


「お前の過去を哀れんでいるんじゃない。お前のこれからを哀れんでいるんだ」


「どういうこと?」


 意外な返答に薫は戸惑った。


 しかしワタルは答えずに薫に背を向けてその場から立ち去っていった。


「ワタルさん………」


 薫はワタルの名前を小さく呟いたがその後に繋げる言葉を見つけられなかった。



誤字脱字その他感想受け付けています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ