062 しかし、十字架を逆さまにした途端に結界が崩壊するのは貧弱すぎるよ
「しかし、十字架を逆さまにした途端に結界が崩壊するのは貧弱すぎるよ。私はその方が楽だけど」
「木広、私を巻き込まないでなの。これじゃ喧嘩しに来たみたいなの」
「ん? 何を言っている。殴り込みに来たのよ」
肩越しに睡蓮の方を見てそう言うと、泣きそうな顔をしている。なかなか良い表情だ。睡蓮はある程度の幅から出ると無表情を保てなくなるようだ。ならば今後はそれを意識して睡蓮と接しようと決めた。
睡蓮まで花蓮のような能面になる必要はない………。
「私は聞いてないの」
「言ってないからな。睡蓮、加勢しろ」
「嫌なの」
木広は背後からの気配に気付いて、軽く手を払った。何かが手に当たったので掴む。
見ると襲いかかってきたらしいシスターが床に伸びていた。
「な、なんで、あなたが、そ、それを持てるのよ?」
自分が払った時に奪ったモノを見た。
シスターの武器だった。つい掴み取ってしまったのだ。
「いいじゃない持てるんだから。
死神の武器なんてその気になれば、こんな事もできるわよ」
木広は大鎌の刃を力を込めずに無造作に折った。刃の部分を板倉に向かって投げる。
板倉の足下に突き刺さった。大鎌の刃は、床に突き刺さった痕を残してすぐに消えた。
その場の全員が息をのむ。
シスター達は動けない。板倉も唖然としている。木広のした行為から木広が何者だか分かってしまったから、動けないでいる。
「まだ死神になりきれないヒヨコちゃん達みたいだけど、容赦はしないわよ。双葉に手を出したことを毎夜の悪夢の中で一生恐怖しなさい」
前に出ようとした木広は睡蓮に腕を触られて顔を向けた。
「木広、あなた何者なの?」
ただひとり、その場で理解できていない睡蓮だけが驚きつつもそう尋ねれた。
「………秘密よ」
金縛りが解けたようにシスターが飛び退く。板倉はシスター達を庇って前にでる。それを見て木広は薄ら笑いを浮かべる。
数人のシスターが気を失ってその場に倒れる。
「睡蓮、ちょっと離れてて」
木広は刃が欠けた大鎌を構えて板倉に振り下ろした。
魔族しか攻撃できないそれは、板倉がギリギリで避けた時に髪の毛を数本千切っている。頬に僅かな傷ができそこから血が滲んできた。
「私の事を大鎌で傷つけられるなんて、やっぱりあなたは魔女」
大きく板倉が後ろに後退する。しかし距離を開けさせるほど今の木広は容赦する気はない。そのまま追いすがって大鎌を横殴りにする。
避けきれなかった板倉が飛ばされる。壁に激突しても止まらず壁に穴を作って向う側に消えた。
「あんたたちは、直接恨みはないけれど二度と戦えないくらいの恐怖を味合わせてあげるわよ」
その時の木広は本当の鬼のようだったと後になって睡蓮に言われた。
それから三十分間、そこは木広の殺戮の場とかした。
なお、実際には全員死んではいないから殺戮とは言わないかもしれない。けれど普通の人間だったら全員死亡している。魔石川学園の生徒だからかろうじて復活できたのだ。
しかし、全員、心を折られてしまい、もう戦闘要員として役に立たなくなっていた。
「………姉さまはこんなバケモノと戦ってずっとコンペに勝っていたなの? 信じられないの」
◇◇◇
最後のシスターを倒した木広は血まみれだった。表情は普段と変わらないが、そこには夜叉がいた。
「どうしたの?」
睡蓮は震えて怯えていた。自分では気付かずに睡蓮を睨んでいたようだ。
「睡蓮」
「ひゃい」
「そんなに怖がらなくても。ちょっと寂しいわよ」
花蓮には今日の事は秘密にしてもらう約束をして、穴があいた壁に近づき、倒れている板倉を両手で掴んで引っ張ってきた。
意識を覚まさせる為に頬を何度か叩く。
「うーん」
更に板倉の肩を強く揺すり続けるとやがて完全に覚醒する。
「遥香をかくまっている事は分かっているわ。だから場所を教えなさい」
「………教えるわけないでしょう」
「拷問するわよ」
「勝手にすれば。だけどさすがに私は教師だしそんな事をしたらあなたもただじゃすまないわよ」
「拷問と言っても、苦痛だけではないのよ」
凄んでみせたいがそんな演技力はない。
木広はこういう時にどうしていいのかよく分からない。何度か同じような事を経験した事はあるけれど、一度も聞きたいことを聞き出せたことはなかった。恐らく自分には不得手なのだろうと最近は諦めかかっている。
だからといって放棄することはできない。
「ねえ、別に遥香の命まで取る気はないから」
木広は頼む事しかできなかった。
そっと板倉の髪の毛を触れる。先ほど千切れた髪の毛部分に出来た段差を何度も撫でる。ふと頬にも傷かあるのに気付いて、そっと唇で触れた。
「私は普段はやさしいのよ。先生さえその気なら………」
しかし、板倉は青ざめた表情をして唇を噛みしめ、無言を貫いている。木広は溜息をして睡蓮に代わってもらおうと立ち上がった。
睡蓮は少し離れた場所で先ほどよりも青くなっていた。
「睡蓮、私ではダメみたい。ちょっと代わりに聞いてよ」
「木広、いえ木広姉さま。ちょっと怖すぎなの。そんないたぶられたら何も言えなくなるの。木広姉さまはまるでカマキリが獲物をどこを切り裂こうか悩んでいるような感じでいるの。それでは喋りたくても無理なの」
「ひとを昆虫に例えるなんて失礼よ」
「怖いの。板倉先生だって恐怖で意識が飛んでるの。よく見るの」
言われてみると確かに板倉は目を開けている先ほどに比べて焦点が合っていない。瞳孔は広がってどこか遠くを見ている感じだった。そして、空調は入っているのにダラダラ汗を流している。
「木広姉さま。とても人間とは思えないの」
よろよろ近づいてきた睡蓮に少し離れて欲しいといわれてその場から少し離れて見守る。そんなふうに思われていたと知ってちょっとショックだった。
睡蓮は恐怖で固まっている板倉に近づくと体をさする。胸ポケットから携帯を見つけて取りだした。
何か操作をして電話を掛けはじめる。
「もしもし、遥香? 今どこにいるんだ?」
板倉の口調そっくりだった。
意外な特技に木広は驚いた。
「………大岳山にいるのか。そこはまだゲートが生きているから魔族に襲われる可能性が高い。ひとりでは無理だ。私は遥香の保護者なんだから少しは手伝わせてくれ」
完璧だ。何処にいるかも分かったし、うまくいけば明日会うことができる。
あとで睡蓮を褒めてあげなくては。
電話を切った睡蓮は、板倉をアクアスネイクを使って気絶させる。二,三日は目覚めないらしい。
「遥香は大岳神社を襲うつもりのようなの」
「ああ、そうらしいわね。睡蓮、行くわよ」
有無を言わせずに木広は睡蓮の腕を取って外に向かった。
「あ、でもその前にお礼をしないとね」
そういってまだ少し怯えている睡蓮にキスをした。
ワタルはまだ寝てます。