059 勢いよく花蓮のいる部屋のドアを開け放った
勢いよく花蓮のいる部屋のドアを開け放った。
「ちょっと、ワタルに何かしたらって、………?」
部屋の奥にある大きな机で何かの書類らしきモノを見ていた花蓮が顔を上げて、いきなり入ってきたサラの方を向いた。
ほんの少しだけ見つめ合うと、花蓮は視線を外して横に顔を向けた。そちらを見るとひとりで寝るには広すぎるダブルベッドがあり、そこにワタルが眠っていた。
………あれは花蓮のベットでしょう? なんで自分のベットにワタルを寝かせるかなぁ。は、恥ずかしくないのか。
もし汗臭かったら………、
自分だったらと想像したサラは恥ずかしくなり、慌てて頭を左右に振って考える事を止めにした。
でもワタルなら、いいかも。
「あー、そろそろ姉さまが話しをしたがっているの」
「ひゃぁ」
後ろからわき腹を指で突っつかれてビクビクッとなりながら調子外れな悲鳴をあげてしまう。睡蓮を睨むと、首を傾げて不思議そうな顔をされた。こいつは何をしたいのだ?
「へんなとこ触らないでよ」
睡蓮をけん制してからワタルの寝ているベットに近づいた。
「あまり近づかない方がいいぞ」
花蓮は相変わらず無表情なので何が言いたいのか分からない。無意識に右腕をさすっているのはケガでもしたからなのだろうか。
自分には関係ないから興味ないが。
ベットの横に立ち、そっとワタルの手を掴んだ。
「きゃ」
感電したのかと思った。思わず手を引っ込めたのでワタルの手がはなれる。驚いてワタルの手を離した途端に途端、その感覚は消えた。
「こ、これは」
指先でワタルの手をほんの少しだけ触れる。
指先から強いしびれを感じた。これ以上は触れる事ができない。
「ワタル君の手の甲を見たまえ」
見るとワタルの手の甲に何か痣みたいなあとがある。じっと見てそれが何か分かると、
「なんでワタルに聖痕があるのよ」
思わずワタルの腕を掴んでまた軽く悲鳴を上げた。
「聖痕が有る限り、我々はワタル君に触れると今みたいなしびれに襲われてしまう」
花蓮はそう言って机から離れて近づいて来た。
「狭山湖で何があった?」
サラは遥香の事を話した。はじめはふたりとも意外そうだったけれど、遥香のおかしな行動については納得していた。一応、花蓮が電話で教会上層部に確認をとったところ事実であることが分かった。
「遥香は教会からすでに破門されて異端者になっているらしいぞ。サラよ、事情は知っているか?」
「分からない」
何となくワタルなら知っていると思った。そして余計なお節介をどうせやいているのだろう。
「とにかく、教会からの話しだと、遥香は魔石を集めようとしているらしい。親切にも教会から気を付けるように心配されてしまったよ。
遥香が暴走して魔石発掘場を使用不能すれば一番よろこぶだろうに」
花蓮は教会をしばらくののしった。
「理由は分からないが、狭山湖の発掘場を遥香が使用不能にしたのは本当みたいだ。そして別の魔石発掘場を今後も襲う可能性がある」
「姉さま、それって私達の魔石発掘場を遥香が襲うってことなの?」
双葉の魔石場からはもう魔石は発掘できない。必然的に遥香が襲うのは魔石川商事の魔石発掘場ということになる。
「だから、サラ。狭山湖に代わる魔石発掘場の採掘権を双葉に貸与することはできぬ。それと言いにくいが、狭山湖の貸与の契約はすでに締結されているから、委任状についても返すことはできない。
そして、残念だが
狭山湖の魔石場が封鎖された事による損害賠償を起こすことになるので覚悟してほしい」
「くッ………。分かっているわ」
誰が破壊したかは関係無い。契約ではもし魔石発掘場が自然災害以外の第三者による破壊に見舞われた際にはその管理責任を問うことが出来る事になっているのだ。
これで双葉重工は倒産するしかなくなった。
「頼みがある」
「何だ?」
「ワタルの事をあたしに看病させてほしい」
双葉重工を倒産させないために最後まで頑張るよりもサラはワタルの世話をしたかった。みんなに責められてもワタルと一緒にいたかった。
「ワタル君に触れることはできなくても?」
サラは頷いた。そして頭を下げて、
「頼む」
と言った。
じっと花蓮の視線を受け止める。
「いいわ。遥香の事でいそがしくなりそうだし、ワタルの世話は双葉にまかせるわ」
「ありがとう」
◇◇◇
「これでよかったの?」
サラの手配で意識のないワタルが運び出されるのを見送った後、睡蓮はソファにくつろいでいる花蓮にそう言った。
「問題ない。もともと私が狭山の魔石発掘場を破壊するつもりだったのに、それを遥香が代わりにしてくれたのはとても僥倖だ。木広にバレた時にどう思われるのか考えると、少し辛いモノがあったから遥香には感謝している」
「姉さま」
「これ以上、木広に恨まれるのはもちろんだが、ワタルにどう思われるのか考えてしまうと、ちょっと耐えられなかったところだ」
恨まれなくてもいい方法はいくらでもある筈なのに。
本当は双葉重工を潰したくないはずなのに。
花蓮は自分達も双葉にとっても一番厳しい方法を取っている。このくらいの事を乗り越えられないようなら倒産してかまわないと言う、その考えは分かる。それでも双葉重工を追い詰める必要までする必要はないと睡蓮は思う。
花蓮には花蓮の考えがあるのでそれを否定する気はないけれど、納得しかねる。
「ん? どうした? これで双葉重工は最大の危機を向かえることになる。ここで持ち直せば良いし、無理であれば魔石川商会が吸収するだけだ。そのつもりでいてくれ。
それとこれ以上は遥香に魔石発掘場を使いものにされるつもりはないから、エサは用意しよう」
「分かりましたなの」
ホントは優しい人なんだけれど………。
返事をしながら睡蓮はそっと溜息をついた。